七夕番外編『小さく可愛い願いごと』
季節ネタの番外編です。
時系列は本編終了より後をイメージしています。
火の二月7日目。日課であるベルのブラッシングを終え、さてこれからどうしようかと考えていると、突如聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「カイトクンさん! カイトクンさ~ん!!」
「……ラズさん? こんにちは」
「こんにちはですよ! カイトクンさん、たた、大変です! 大変なんです!!」
「ど、どうしたんですか? そんなに慌てて……」
小さな体を大きく動かし、大変だということをアピールしてくるラズさんを見て、俺は首を傾げながら聞き返す。
するとラズさんはなにやら警戒するように周囲を見渡し、俺の耳に近付いて小さな声で告げる。
「……ラズは……た、大変なことを知ってしまいました」
「……大変なこと?」
「……はいです。大好きなカイトクンさんだけには教えてあげます」
「え、ええ、ありがとうございます?」
いまだ話の意図は読めないが、本当に重要な情報だというのはラズさんの態度から伝わってきた。
俺もやや緊張しながら、ラズさんの次の言葉を待つ。
「……な、なんと……今日は……『お願いが叶う日』らしいんですよ!」
「……は?」
「ですから、今日はお願いごとが叶う日なんです!」
「……そ、そうですか……」
なにを言ってるんだろうか? そして、声が大きくなってるけどその辺り大丈夫なのか?
い、いや、まぁラズさんが突拍子もないことを言うのは、いつものことといえばいつものことだけど……。
「……『タナボタ』と言うらしいです!」
「……七夕のことですか?」
「知ってるんですか!? カイトクンさん!」
「え、ええ……俺の居た世界の行事ですし……」
なるほど、七夕か……確かにいまは、光の月が終わり一年の後半である火の二月……地球の暦に当てはめるなら七月だ。
さて、どうするか……短冊のことを言ってるんだとは思うけど、願いが叶うなんて確証はないぞ?
「そうですか……カイトクンさんの世界の『儀式』なんですね。これは、信憑性がぐ~んと上がりましたね!」
「……」
むしろ下がるのでは? だって俺の居た世界は、この世界ほどぶっ飛んだ方々はいなかったし……いや、まぁ、エデンさんがいるけど、あの方は基本的に人間の生活に干渉しないし……。
「カイトクンさん! 教えてください、どうすればお願いごとが叶うですか!?」
「え、ええと……短冊に願いごとを書いて、笹に……」
どうしよう? 下手なこと言ってラズさんの夢を壊すのも忍びないし、かといって無責任に願いが叶うなんて言えない。
サンタを信じる子供に説明する親って、こんな心境なのだろうか?
「タンザク? ササ? な、なんですかそれは!?」
「えっと、短冊は細長い紙で……笹は、木ですね」
「は、初めて聞く名前です……そ、そのササさんじゃないと、お願いごとは叶わないですか?」
「そ、そうですね。や、やっぱり、笹じゃないと……確実性が……」
そういえばこの世界で笹って見たこと無いな。こ、これは上手いことお茶を濁せるんじゃなかろうか? 笹じゃないと確実性が無いけど、他の木でも少しは効果があるとか言えばいい。
それなら気休め程度に出来るだろうし、ラズさんも七夕を体験できる。願いごとに関しては、俺になんとか出来るものであれば、俺が叶えてあげればいいだけだ。
「笹でしたらありま――ふぎゃっ!? な、なんで殴られ――みぎゃっ!?」
しかし、現実は非情である。空気を読まない馬鹿……もといほぼなんでも揃えられる雑貨屋店主が、ご丁寧に笹を持って登場しやがった。
「わぁっ! 幻王様、ありがとうですよ!! わ~い、これでタナバタさんが出来るです~」
「……」
もう駄目だ。いまさら誤魔化せない。
笹を置いて消えるアリスに恨めしい視線を送ってから、俺は大きく溜息を吐いてラズさんの方を向く。
「……七夕、しましょうか?」
「はいです!」
ああ、満面の笑顔だ。いたたまれない……どうか、願わくば、ラズさんが短冊に書くお願いが、俺になんとか出来るものであってくれますように……。
笹があれば、後は短冊を用意するだけだったので、それほど時間はかからなかった。
ラズさんは相変わらず楽しそうな様子で、ウキウキと短冊に願いごとを書き、俺が教えた通りに笹に結ぶ。
「これで、願いが叶うんですね! 嬉しいです!!」
「……ら、ラズさん」
「なんですか?」
「実はシータが作ってくれたケーキがありまして、一緒に食べませんか?」
「ケーキですか! 食べたいです!!」
「じゃ、じゃあ、家の中にどうぞ……俺は笹を、ちゃんとした場所においてきますので」
「は~い」
俺の言葉をまったく疑わず、元気よく手を上げてから家の中に入っていくラズさんを見送る……いまだ!
俺は素早く笹に結んであるラズさんの短冊に手を伸ばし、その内容を確認する。頼む、どうか簡単な願いであってくれ……。
って、字ちっちゃい!? い、いや、まぁラズさんのサイズを考えればこんなものかな? 顔を近づければなんとか読めそう……。
『カイトクンさんと、ずっと仲良しでいたいです!』
……え? あれ? な、なにこの不意打ち……え? これが、ラズさんの願いごとなの?
小さな字で書かれた願いごとを見て、俺が茫然と固まっていると……俺が来ないことが気になったのか、ラズさんが家の中から出てこちらに近付いてきた。
「カイトクンさん? どうしたですか?」
「……ラズさん……えっと、ちょっと、普通の人間のサイズになってもらっていいですか?」
「へ? いいですけど?」
呟くように告げた俺の言葉を聞き、ラズさんは首を傾げながらもそれに従ってくれた。
ラズさんの体が光に包まれ、人間の子供位のサイズに変わる。
「ラズさん! すみません、一回抱きしめさせてください!」
「はわっ!? か、カイトクンさん? ど、どうしたですか? う、嬉しいですけど……まだ、お日様が出てるですよ!?」
ラズさんがあまりにも可愛かったので、我慢できずに小さな体を思いっきり抱きしめた。
俺の突然の行動に、ラズさんは戸惑ったような声を上げるが……それでも、抵抗はしなかった。
少しの間そのままラズさんの温もりと、花の香りを楽しんでから手を離す。
「……カイトクンさん?」
「あ、え~と、すみません……つい。ビックリしましたよね」
「はいです。びっくりはしました……でもラズは、カイトクンさんにぎゅっとして貰えて嬉しかったですよ!」
「……」
「はわわっ!? またですか? きょ、今日のカイトクンさんは、積極的なのです……」
なんだこの可愛い生き物は……。
この沸き上がる愛しさが、ラズさんの願いごとを見たおかげなのは間違いないと思う。少なくとも、彼女が叶えたいと願ってくれたことは……天に願わなくても、叶えてあげることが出来ると確信した。




