しっかりリードしよう
意図せぬところでアイシスさんにとって良いことがあり、嬉しそうな表情を浮かべるアイシスさんを見て、俺も幸せな気分になる。
まぁ、少々自分の噂についてはへこんだが……完全には否定しきれない部分もあるので、聞き流しておくことにした。
改めてアイシスさんと一緒に歩き始め、そろそろどこかの出店を見てみようかと考えていると、ふとあるものが目に映った。
フワフワとまるで雲のように柔らかそうな見た目、大きめの魔法具で大きな円を描くように棒を動かし、どんどんと形作られていくソレはまさに芸術。
……つまるところ、綿菓子である。ま、まぁ、フリーマーケットが中心とはいえ、食べ物の出店があってもおかしくない。
そして綿菓子は定番中の定番……やや子供っぽくはあるが、安定した美味しさだろう。
とはいえ、大人である俺にとっては少々子供っぽ過ぎるように映ってしまう。まぁ、要するに……『超食べたい』!!
い、いや、だって祭りといえば綿菓子で、綿菓子といえば祭りだ。ここで綿菓子を食べないのは、ある意味祭りに対して失礼だと考えてもいいと思う。いや、決して俺が子供っぽいとかじゃなくて……綿菓子は大変美味しいので、こう思ってしまうのも仕方が無い。
いまここに居るのが俺ひとりだったなら……躊躇なく綿菓子を購入しただろう。しかし、現在俺の隣にはアイシスさんという恋人がいる。
そうなると、綿菓子が食べたいと口にするのは……なんか、恥ずかしい。で、でも、食べたい。この機会を逃すと次に食べられるのはいつになるやら……。
よ、よし、ここは遠回しに提案する感じで……。
「あ、アイシスさん。わ、綿菓子の出店がありますね。お、俺の世界にもあるお菓子なんですよ……せ、せっかくですし、ちょっと、た、食べてみませんか?」
「……うん? ……カイトが食べたいなら……いいよ……私も……カイトと一緒に食べれたら……嬉しい」
「ぐふっ……」
「……カイト?」
天使の笑顔に、良心が尋常ではないダメージを受ける。
ごめんなさいアイシスさん……俺は醜い人間でした。自分が食べたいのを、あたかもアイシスさんに俺の世界のお菓子を紹介したい風に装いました。
「……な、なんでもないです……お、俺が奢りますよ!」
「……え? ……いいの?」
「はい! こういう時ぐらいは、カッコつけさせてください」
「……カイトは……いつも……カッコいいよ?」
「がはっ!?」
アイシスさんが天使すぎて辛い……己の醜い心を焼き尽くされている気分だ。
アイシスさんをダシに使おうとしてしまった罪悪感を感じつつ、俺はアイシスさんを連れて出店に移動する。そして、俺はこの迂闊な行動をすぐに後悔した。
「すみませ――「ひぃっ!? ぁ、ァァ……」――え?」
「……あっ……ご、ごめ……」
完全に迂闊だった。アイシスさんの死の魔力による影響が改善されていたとしても、それはある程度の距離をとればの話。
先ほど見た限りでは目算で三メートル……それ以上近付いてしまうと、アイシスさんの死の魔力は本来の暴威を発揮する。
さらに運の悪いことに、その出店は六王の配下が用意したものではなく、一般参加者の出店だった。
アイシスさんがすぐに離れようとするが、それより早く出店の店主は逃げ出した。商売道具もなにもかも投げ捨て、一目散に……。
「……」
それを見てアイシスさんの表情が悲しそうなものに変わる。分かってはいた筈だ……まだ完全に死の魔力をどうにか出来たわけではない。ほんの少し改善の糸口が見えてきただけだと……俺がもう少し気を付けておくべきだった。
「……カイト……ごめん……」
「アイシスさん?」
「……やっぱり……私と一緒じゃ――んんっ!?」
強引な手段だったかもしれない。けど、それ以上言わせたくはなかったので、俺はなにかを言いかけたアイシスさんの口を強引に塞いだ。
しっとりとしていて、少し冷たい唇の感触を味わった後、顔を離す。するとアイシスさんは、驚いたようですで目を大きく見開いていた。
「……カイト?」
「すみません! 俺が迂闊でした……次は、六王の配下の方がやってる店に行きましょう!」
「……え? ……で、でも……」
「アイシスさんはなにも悪くありませんよ。俺が……」
「いや~悪いのは『おじさんだね』」
「……え?」
俺が悪かったと告げようとすると、それを遮るように聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……オズマ?」
「オズマさん?」
「いやはや、すみませんアイシス様。この店は俺が任されてたんですけど、ちょっと煙草が吸いたくて知り合いに店番してもらってたんですよね。不愉快な思いをさせて申し訳ない、お詫びと言っちゃなんですが、一本ずつサービスさせてもらいますんで、勘弁してください」
現れたオズマさんは、ボサボサの髪をかきながら苦笑を浮かべて告げる。
そして慣れた手つきで綿菓子をふたつ作り、まずはアイシスさんにそれを手渡し、次に俺に手渡しながら……俺にだけ聞こえる小さな声で呟いた。
「……出遅れて悪かったね。ある程度はこっちでフォローするから、気にせず楽しみな」
「……ありがとうございます」
どうやらオズマさんは、店主に逃げられた俺達が、微妙な空気のままでデートを再開しないようにフォローに出てきてくれたらしい。
そのありがたい気遣いに感謝を告げてから、アイシスさんの手を強く握る。
「さっ、アイシスさん! デートを再開しましょう!」
「……え? ……う……うん」
「あと、俺に迷惑がかかるとかそういう発言は禁止ですからね? 同じこと言おうとしたら、また口を塞ぎますよ?」
「……カイト」
おどけるようにそう告げながら、アイシスさんの手を引っ張って歩きだす。絶対にこの手を離さないと、強い意志を込めながら……。
そして、その気持ちはちゃんと通じたみたいで、アイシスさんは少し頬を染めはにかむように微笑んだ。
「……うん……塞いで……欲しい」
「ワザと言うのは駄目ですよ?」
「……ふふ……うん……分かってる……でも……あとでもう一回……して?」
「……が、頑張ります」
「……楽しみ」
どうやら少し沈んでしまった気持ちは持ち直せたみたいで、アイシスさんは満面の笑顔でギュッと俺の手を握り返してきた。
拝啓、母さん、父さん――やっぱり、そうなにもかも上手くいくわけじゃないみたいで、少し失敗してしまった。でも、いまの一件はいい教訓になった。改めて、アイシスさんが嫌な思いをしないように、恋人として――しっかりリードしよう。
快人の味覚はおこちゃま、お祭りでは焼きそばやたこ焼きより真っ先に綿菓子を食べるタイプです。
シリアス先輩「ば、ばかな……『糖力』1000……2000……まだ上がる!? ば、化け物め……」




