たぶんリア充への階段を上ったよ
今目の前で繰り広げられている光景を何と表現したらいいのか……いや、表現するも何も見えない訳だが……
「ひっ!? きゃっ!?」
アインさんと時の女神の喧嘩が始まって数分、両者の姿は視界から完全に消え、時折何やら炸裂音の様な音が響いて神殿全体が揺れる。
たぶん衝撃波とかも凄い事になってそうだが、大広間の壁や床、そして俺とリリアさんに衝撃波が襲いかかってくる事はないみたいなので、一応加減はしていると言う事だろうか?
印象としては断続的に地震が発生している様な状況だ。俺達、ここに何しに来たんだっけ?
「って、何でそんなに落ち着いてるんですかカイトさん!!」
「いや……もう、理解の及ばない事態が突発的に発生する事に慣れてきました」
「嫌な達観をしないで下さい! ひぃっ!?」
隣で青ざめた表情で、時折悲鳴を上げているリリアさんの体は小刻みに震えており、小動物的な可愛らしさがある。普段の落ち着いた様子との大きなギャップは場の異常性を感じさせ……あ、いや、最近結構こんな感じにテンパってる場面あった気がする。
いや、しかし、ある意味これが正常な反応だろう。むしろ可笑しいのは異常事態に慣れてきてしまった俺の方かもしれない……大半は、というか今回も含め9割方クロのせいではあるが……
「どうしてこうなったんでしょうね?」
「私が聞きたいですよ! ひぅっ!? か、カイトさん、何とかして下さい!」
震える手で俺の服を掴みながら、リリアさんは縋る様な目を向けてくる。
どうやらリリアさんはかなり恐慌状態にある様で、必死に俺に助けを求めてくるが――無茶振りにも程がある!
この怪獣大決戦の様な状態で、ごく普通の……いやむしろ平均的な成人男性よりやや貧弱な俺に何が出来ると言うのだろうか?
「いや、流石にこの状況は……嵐が過ぎるのを待つしか……」
「で、でも……カイトさんなら、止められるんじゃ……」
「……」
おかしい、何かがおかしい。どうやら、リリアさんは本気で俺ならあの二方を止められると思っている様だ。リリアさんの中で、俺は一体どれだけ高い評価になってるんだろうか?
美女が涙目で震えながら助けを求めてくると言う、健全な男性にとっては大変胸の熱くなるシチュエーションではある。ここで要望に応えてカッコいい所を見せれば好感度はうなぎ上りかもしれない。
しかし要求されている難易度は鬼畜通り越して無理ゲーである。ラスボスと裏ボスが戦ってる所にレベル1の初期装備で乱入しろと言われている様なもので、これがゲームなら俺は全力で画面を叩き割る事だろう。
だが残念ながらこれは現実であり、無理なものは無――いや、待てよ。
この戦いに乱入するのは無理、二方を力づくで止めるのはもっと無理、言葉はたぶん届かない……でも喧嘩を止めるだけなら、何とかなるかもしれない。
この手なら……勝算は低くはないし、失敗した所でリスクもないだろう。
正直俺としてはこのまま静かに嵐が過ぎ去るのを待ちたい所ではあるが、目下深刻なのは、先程から怯えて俺にしがみ付く力をどんどん強くしているリリアさん……そして不可抗力ながら腕に押し当てられている男には無い膨らみ。
その柔らかな果実にタコ糸程度しか強度の無い俺の理性が焼き切れるよりも先に、恐慌状態にあるリリアさんの腕力で俺の腕が物理的に引き千切られそうだ。
ほんとこの細腕のどこにそんな力があるのか分からないが、腕はミシミシと嫌な悲鳴を上げ始めていて一刻を争う。
今にも棒状チョコレート菓子の様にへし折れそうな腕を守る為、俺は決意を固めて目を閉じて魔力を練り上げる。
これから俺が使おうとしている魔法は、本来は初心者の俺が発動できるようなものではない。しかし幸いな事に、異世界人である俺はその系統の魔法にだけは異常な適性がある。
感応魔法……クロが見つけてくれたそれは、魔力の感知能力に秀でた力であり、本来なら察知する事が出来ない様な魔力に込められた微弱な感情をも感知する事が出来るが……それだけでは無く、逆も行える。
俺の感情を魔力に乗せて、周囲の相手に強制的にそれを認識させる事。それがクロから教わった感応魔法の使用方法の一つ。言ってみれば強制的なテレパシーの様な物で、複雑な内容は伝えられないが、クロ曰く上手く使えば言葉を介せない相手とも意思疎通が可能らしい。
「「「ッ!?」」」
そしてそれはこのような状況……頭に血がのぼって、声が届かない相手にも有効である。
数秒の後に俺の体から喧嘩を止めてくれという感情の籠った魔力が放たれ、直後にアインさんと時の女神、その両者が拳を突き合わせた状態で姿を現す。
「今のは……カイト様が?」
「……ほう、感情を魔力に乗せて放ったのか? 面白い魔法を使う……」
アインさんと時の女神は殆ど同時に俺の方を向いて呟いた後、どちらともなく拳を降ろす。
「失礼致しましたカイト様。お恥ずかしい話ですが、つい感情に身を任せてしまいました」
「……我とした事が本来の目的を忘れるところであった。ミヤマと言ったな? すまんな、我からも謝罪しよう」
「あ、いえ」
まずアインさんが頭を下げて俺の後方に戻り、続けて時の女神も謝罪の言葉を口にして少し顎を引く。
どうやら上手くいってくれたみたいだ。これで止まらなければ、もうどうにでもなれと思っていたが、何とか俺の腕の命は守れたらしい。
守れた……よね? 何か腕痺れてもう殆ど感覚とか無いんだけど、これ大丈夫だよね?
「リリアさん、何とかなりましたよ」
「か、カイトさん? 今一体何を……表現は難しいですが、急にカイトさんの気持ちが伝わってきたというか、何と言うか……」
「えと、なんか、そう言う魔法らしいです。クロに教わった魔法なんですが、こっちの気持ちを周囲に伝達する感じで……」
リリアさんが驚いた様な表情でこちらを見上げてきていたので、新ためて距離の近さにドギマギしながら言葉を返す。
リリアさんはクロから教わったと言う部分で納得してくれ、感心したように何度か頷く。
「あ、あの、それで、リリアさん……その、腕を……」
「……え? ッ!? す、すみません!?」
リリアさんが少し冷静さを取り戻してくれたところで、色々な……主に耐久力的な意味で限界が近かった腕の事を告げると、リリアさんは顔を真っ赤にしながら俺の腕を離して頭を下げる。
今まで何度も思った事ではあるが、リリアさんはとても美人である。生まれ持った高貴さとでも言うのか、貴族らしい凛とした所もあれば、親しみ深い年相応の女性らしさもある。胸も大きすぎず小さすぎずバランスの良いサイズで、正しくお姫様の様な愛らしさと美しさを持った女性と言える。
そんな美女と偶然とはいえ腕を組む様な形になった俺は非常に恵まれているのだろう、異世界に来てついに俺はリア充のみに許された美女と腕を組むと言う偉業を成し遂げた訳だ。
世の男性が今の俺を見ればきっと嫉妬の炎を身に宿す事だろう。
いや、本当……知らなかったなぁ、腕組むと手から血の色が引いて跡みたいなのが残るんだ……それに腕の感覚も完全に無くなってるんだけど、これちゃんと腕付いてるよね? 成程、恋は戦いとはよく言ったもので、恋愛とは正に命がけの行為という事だろう。
リア充達は皆そう言った試練を乗り越えて、幸せになる権利を勝ち取った訳だ……凄いなリア充って、たぶん奴等の腕はチタン合金か何かで出来てるに違いない。
拝啓、母さん、父さん――魔法を使って何とか喧嘩を止める事が出来た。そしてその御褒美かどうかは分からないけど――たぶんリア充への階段を上ったよ。