バッカスさん逃げて!
開催宣言に沸き立つ人達、その歓声が収まるのを待ってからクロが再び口を開いた。
「……六王祭は七日間。最終日を除いた六日間は、ボクたち六王がそれぞれ企画したお祭りを楽しんでもらうよ。順番は……戦王、界王、死王、竜王、幻王、それからボク。つまり、今日は戦王メギドの企画したお祭りになるよ」
ここでクロから順番の発表……もっとも、招待状にもこの順番に関しては書いてあったので、俺も事前に把握していた。
俺のように七日間全て参加する者にはあまり関係ないが、フィーア先生みたいに七日間の参加が難しい人は、それを見て参加する日を選ぶらしい。
「……ちなみに、順番はくじ引きです」
「なるほど」
……やっぱり仲良いな六王。
アリスの補足に俺が頷いていると、壇上のクロが後ろに下がりメギドさんが前に出てきた。
「よし、じゃあこっからは俺が説明するぞ」
今日はメギドさん企画の祭りなので、メギドさんが説明をするというのはごく自然な流れだ。けど、う~ん……メギドさんの企画、どう考えても戦い以外にないし結構不安なんだけど……。
「俺の祭りのテーマは、まぁ、分かっちゃいるだろうが『戦い』だ!」
デスヨネー。むしろそれ以外だったら驚きです。
「まぁ、だからって身構える必要はねぇぞ。基本的には祭りだ。楽しくいこうじゃねぇか!」
う~ん。まぁ、メギドさんはああ見えて結構考えてる方だから、そこまで酷いことにはならないだろう。
「ごちゃごちゃ説明するのも面倒だから簡潔に言うぞ。この都市全体に様々なアトラクションを用意してある。アトラクションにはそれぞれ俺の配下が一体ずつ配置してあってな。そいつらが出す条件をクリアすれば、スタンプを手に入れられる……スタンプカードに関しては、最初に訪れたアトラクションで渡すようにしてある」
う~ん。あまり行ったことがないから想像だけど……遊園地のスタンプラリーみたいな感じかな? アトラクションの内容次第ではあるけど、結構楽しそうな気がする。
「ああ、安心しろ。なにもアトラクションは戦いばかりってわけじゃねぇ。クイズもあればスポーツもある。ガキでも楽しめるように考えてある。んで、集めたスタンプはこの広場に用意する交換所で景品と交換できる。スタンプ一つから交換可能だが、当然多く集めたほうがいい景品になるわけだ。理解したな? 二度は言わねぁぞ?」
どうしよう。普通に楽しそうなんだけど……スポーツやクイズでスタンプを集めて、それに応じた景品をもらう。うん、戦闘系は無視すれば良いわけだから……俺でも十分楽しめそうだ。
「ああそれと、俺の配下がアトラクションを担当してるってことは……当然『戦王五将』も居る。戦王五将のアトラクションは『戦闘のみ』だが、もちろん参加者の強さに応じてハンデは用意する。戦王五将に勝てば、特大スタンプが手に入って、それを五つ集めたら……まぁ、要するに戦王五将全員に勝ったら、中央塔にこい! そいつには『俺と戦う権利』をくれてやる!」
「……」
あちこちから野太い歓声が上がるが、まぁ、俺には関係ない。だって戦闘系だからね。俺はメギドさん曰くスライムレベルだからね。
だから、俺には全く関係……。
「おぉ、そうだ! おい、『カイト』! お前は絶対、全員倒して俺のとこにこいよ!? リベンジマッチだ!」
うぉぃっ!? なに、指差しながら名指ししてんの馬鹿ゴリラ!! 滅茶苦茶注目されてるんだけど!? いや、それ以上に……なにその無茶振り!? なにスライムに幹部倒せとか言っちゃてるの!?
「最初はバッカスのところに行け! 話は通してある。いいな? カイト。絶対だぞ!」
「……」
「おっと、話が逸れたな。まぁ、そんな感じだ。もちろんアトラクション以外に出店もある。存分に楽しみやがれ!!」
メギドさんの声を聞き、再び周囲は大きな歓声に包まれるが……俺の方はもうそれどころではない。口を開いたまま、ただただ茫然としていた。
メギドさんの説明の後は、各六王がそれぞれの企画を順に説明し、開催式は終了となった。
そして、俺とリリアさんは皆と合流した訳なんだけど……。
「……流石ですね。ミヤマ様、戦王様直々のご指名、羨ましい限りです」
「……なら喜んで代わりますから、ルナマリアさん行ってきてくださいよ」
「ははは、御冗談を」
生き生きとした顔してやがるこの駄メイド……そんない俺の不幸が面白いのか……。
「快人先輩、頑張ってください! 私と葵先輩は普通にスポーツのエリアで遊んできます」
「快人さんの無事を祈ります」
「……ふたりとも、逞しくなったよね」
厄介事は即効で切り捨ててくる同郷メンバー……年下ふたりの成長に、お兄さんは涙が出そうだよ。
「えっと、幻王様のガイドブックによると……バッカス様の居る場所は……広場から北の位置ですね」
「では、一度皆でそちらに行ってみますか?」
アリス作のガイドブックを見ながらジークさんが告げ、リリアさんが全員でそちらに向かうことを提案してくれる。
一先ず皆で行けることにホッと胸を撫で下ろしかけたが、世の中そう上手くはいかなかった。
フィアさんとレイさんが、ジークさんの後ろからガイドブックを覗きこみ、なにかに気付いたような表情を浮かべた。
「ちょっと待って、ジークちゃん。注意書きが書いてあるわ……」
「なになに『戦王五将への挑戦はスタンプを10個以上集めた者に限る。ただしブラックランクの招待状を持つ者は無条件で挑戦可能』だってさ」
「……」
制限付いてた!? しかもご丁寧に俺だけ例外扱い!
「……う~ん。では折角ですし、適当に回ってスタンプを集めてからにしましょうか?」
「……お嬢様。提案なのですが、まずは『ミヤマ様だけ先に現地へ向かう』のはどうでしょうか?」
「ルナ?」
「わざわざ最初にバッカス様を指定するぐらいですから、なにか説明や伝言があるのではないでしょうか? あまり待たせてしまっては無礼に当りますし、ミヤマ様には先に向かってもらって、話だけ聞いておいてもらうのがいいかと思います。挑戦せずに待っておけばいいのですしね」
「なるほど……どうですか、カイトさん?」
ルナマリアさんの言葉には納得できる。あえてバッカスさんのところへ最初に行けというぐらいだから、なにかがあるのだろう。
先に現地へ行って、リリアさん達がスタンプを集めてから来るのを待つのが最善に思える。
「……ええ、分かりました。じゃあ、俺は先に行っておきます」
「ご主人様? もしよろしければ、自分はアトラクションには参加せずとも構いませんので、同行いたしましょうか?」
「大丈夫だよ。アニマも、せっかくなんだし楽しんできてよ」
「……分かりました。ご主人様がそう仰られるなら」
俺がひとりで行くことを了承すると、アニマが心配そうに自分も同行しようかと尋ねてきてくれた。その気持ちは本当に嬉しかったが、アニマにもしっかり楽しんでもらいたいし、別にひとりで行ったところで取って食われるわけでもないので大丈夫だと返した。
そして俺はいったん皆と別れて、一足先にバッカスさんの待つアトラクションへ向かうことにした。
「おぉ、来たかミヤマカイト! 久しいな!」
「お久しぶりです、バッカスさん。もう怪我は大丈夫ですか?」
「うむ、しっかり完治しておる」
ガイドブックを見ながら目的の場所に辿り着くと、そこは大きめの闘技場のような場所だった。ただ観客席のようなものはないので、あくまで戦うためだけの場所といった感じだ。
バッカスさんは闘技場の前で待っていて、豪快な笑顔で俺を迎えてくれたが、挨拶を交わした後で怪訝そうな表情を浮かべた。
「うん? しかし、お主……ひとりで来たのか?」
「ええ、他の皆は挑戦に必要なスタンプを集めに行きました」
「ぬっ、知っておったのか……こちらに来てから説明するつもりであったが……なるほどのぅ」
「はい。それで、俺が先に話だけでも聞こうと思いまして……」
「あい分かった。では軽く説明をしよう」
バッカスさんは俺の言葉を聞いて、一度大きく頷いてから大きな水晶玉を取り出した。
「ここで行うのは戦闘じゃが、もちろん挑戦者の力量によってハンデがある。この水晶はソレを決めるための道具じゃな……試しに少し、触れてみよ」
「はい」
バッカスさんに促されて水晶玉に触れてみると、なにやら空中に光る数字が浮かび上がった。
「これは触れた者の魔力から『大まかな強さを測る魔法具』じゃ……もっとも、細かな技量までは調べようがないので、あくまで大まかにじゃな」
「ふむふむ」
「ミヤマカイトの強さは……ふむ『3』か、スライム以上ゴブリン未満といったところかのぅ」
俺、弱っ!? い、いや、でも今回はスライムよりは強いって言われたよ! 進歩だね! ……嘘でももうちょっと上がよかった。
「この場合、余はハンデとして『攻撃禁止、両手使用禁止、片足使用禁止、魔力使用禁止、移動制限』の状態で、お主が余に僅かでも触れられたら勝利となる」
「……も、ものすごいハンデですね」
「まぁ、それでも簡単には負けてやらんがな」
うん、なんというか、とりあえず攻撃禁止とかついてたのはよかった。いや、本当に色々な意味でよかった。
「ちなみに制限時間は20分で、挑戦できるのは一度のみじゃ……つまり負ければ、メギド様の元には辿り着けぬと言うことじゃな」
「……う~ん。なんでメギドさんはあんなことを……」
「う~む、メギド様はなにやらお主に『どうしても教えたいこと』があるらしい」
「教えたいこと……ですか?」
「うむ、詳しくは知らぬが……是非、メギド様の期待に応えてくれ」
「……が、頑張ります」
「ははは、じゃからといって、手は抜かんがな」
絶対に自分に挑戦しろと告げたメギドさんの真意はまだ分からないが、バッカスさんの言う通り出来ればその期待に応えたい。
まぁ、どうにもならなかった時は……謝ろう。
「おっと、いい忘れておったが挑戦には『代理』を参加させることもできるぞ」
「え? そうなんですか?」
「うむ。ただし、お主の代理となれる者は『お主の招待状での同行者』に限られるがな。その場合は、再度この魔法具で強さを測って、それに応じたハンデで勝負することになる」
「……なるほど、分かりました」
「ははは、まぁ、どのような者を代理に立てようと、そう簡単にはクリアさせてやらんぞ。余は戦王五将の一角じゃ、以前のような無様は晒すわけにはいかぬ」
代理か、同行者に限定されるとはいっても、アニマとかも居るわけだし、それなら結構勝算も……。
「さて、説明はこんなところじゃな……ミヤマカイト、さっそく挑戦するか?」
「あ、いえ、その、出来れば代理を立てたいので、皆を待ってから……」
「委細、承知」
「……は?」
皆を待ってから挑戦する……そう言いかけた瞬間、スッとひとつの影が俺の前に現れた。
背にある純白の翼、美しい金髪……そして、圧倒的な威圧感……。
「え、エデン……さん?」
「ほぅ、お主がミヤマカイトの代理か? 凄まじい魔力、相当の強者と見た! どれ、さっそくこの魔法具に手を……」
「肯定」
「ぬぅ!?」
当り前のように現れたエデンさんが頷き、差し出された水晶に触れると……水晶は粉々に砕け散った。
「……ほぅ、まさか測定不能とは、ふふふ、血湧く……相手にとって不足はない!」
いやいや、バッカスさん!? その方は駄目だから、本当に駄目な方だから!!
「ば、バッカスさん! 駄目です! 逃げてください!!」
やる気満々といった感じで大斧を構えるバッカスさんを見て、混乱から立ち直った俺は反射的に叫びを上げる。
逃げて、本当に逃げて! エデンさんが殺る気に満ち溢れてるから!?
「ふふふ、なにを言っておるミヤマカイト。余は戦王五将の一角、鉄血のバッカス! いかな強者が相手でも、背を向けて逃げるなどという恥は持ち合わせておらぬ!!」
「……不敬」
いやいや、カッコいいこと言ってる場合じゃないから! バッカスさん、早く逃げてえぇぇぇぇ!?
拝啓、母さん、父さん――メギドさんからの壮絶な無茶振りにより、戦王五将に挑むことになった。そして代理を立てられると言うことになり、現れたのはまさかのエデンさん……何度でも言うけど、お願いだから――バッカスさん逃げて!
Q、バッカスさん、なんですぐワンパンされてしまうん?
A、相手がいつもチート。
~今日のエデンママン~
「……不敬(喋る肉の分際で、愛しい我が子の提案に応じないとは……万死に値しますね。我が子の言葉は天啓です。絶対に厳守されるべきものであり、もはやそれ自体が世界の法をいっても過言ではない。それを、このゴミは……ああ、嘆かわしい。まだこの世界には我が子の素晴らしさが一億分の一も理解されていない。ああ、なんと悲しいことでしょうか……私がやらなくてはなりませんね。母として、我が子の素晴らしさをしかとゴミどもに教育してやらねば……)」
バッカス逃げて! 超逃げて!!