なんでもベビーカステラにすればいいってもんじゃないぞ?
カーテンの隙間から差し込む朝日に目を細める。なんで塔の中なのに夜や朝があるのか疑問ではあるが、その辺りはチート集団なのでなんとでもなるだろう。
天国だった……いや、地獄だった? 分からない……ただ、確かなのは、俺は一睡もせずに六王祭の日を迎えたということ……。
いや、正直三人が寝たら、寝返りとかで解放されてある程度の自由が戻ってくるんじゃないかと思ってたけど……甘かった。
クロは寝返り一つせず俺の上で可愛らしい寝息を吐いており、アイシスさんも同様に寝返りをしなかった。アリスは時々していたけど、俺の手だけは断固として離さなかった。
結果として、俺は長く苦しい理性との戦いを強いられることになり、結局一睡も出来なかった。
しかし、しかしである。ようやく、朝が来た……これでやっとこの天国のような地獄から解放される。
そんなことを考えていると、初めに目を覚ましたのはクロだった。
「……うみゅ」
「お、おはよう、ク――はっ!?」
可愛らしい声と共にうっすらと目を開くクロに、俺は完全に油断していたのか『過去の出来事を忘れて』、反射的に声をかけてしまった。
するとクロは半開きでトロンとした目をこちらに向け、口元に笑みを作る。
「あ~カイトくんだ~」
確か、クロの寝起きは……ヤバい!? に、逃げ――れない!?
かつての記憶が頭に蘇り咄嗟に逃げようとするが、俺の両腕はアイシスさんとアリスに捕縛されており、逃げ道はない。
そして慌てる俺の前で、クロの手が真っ直ぐ俺の顔に伸ばされ、両頬をしっかり固定する。
「カイトくん~しゅきぃ~ちゅぅ」
「んんっ!?」
甘えるような声と共に、躊躇なく押し当てられる唇。柔らかく甘い感触を味わう間も無く、唾液をたっぷりと纏ったクロの舌が容赦なく俺の唇をこじ開け、口内に侵入してくる。
「ちゅっ……んぁ……んん……ちゅぱっ、ちゅっ……」
「~~!?!?」
口内全てを塗りつぶすように縦横無尽に動く舌は、すぐに俺の舌を発見し、それを絡め取りなが水音を響かせる。
意識が飛びそうなほどに濃厚なキスは、そのまま数分続き……いよいよ気を失いそうなタイミングで、クロの口が離れた。
クロはボーっとした表情で俺を見つめていたが、少ししてその目に光が宿る。
「……んん? あれ? カイトくん、おはよ~」
「……お、おは……よう……」
もう無理、意識飛ぶ……前よりすごかった。
徹夜からの寝ぼけクロにより、起きて早々激しく疲労した俺は、朝食前にこっそり世界樹の果実を一つ食べた。
コレで疲れは取れるんだけど、眠気とか精神的な疲労はどうにもならない。開始から不安だらけだよ六王祭。
そして、まだかなり早い時間ではあるが、主催者のクロたちは準備があるみたいなので、早目に朝食を食べることになった。
アインさんが用意してくれた朝食は……なんと、味噌汁、白米とたくあん、だし巻き卵に焼き魚と純和風……パーフェクトである。
「……って、俺は和食で嬉しいけど、クロたちは大丈夫なの?」
この世界では米はあまりポピュラーではなく、リリアさん達のように「朝食にご飯はちょっと……」と言う人も多い。なのでクロたちは大丈夫かと思って尋ねてみた。
「うん? ボクは『いつも通り』のご飯だよ?」
「え? そうなの?」
「うん、うちにはノインが居るからね~朝食はいつもご飯だよ」
「ああ、なるほど……」
クロは大の和食党であるノインさんの影響もあってか、日本食は食べ慣れているみたいで、慣れた様子で箸を使いながら食べていた。
「……私は……普段食事しないから……どっちでも」
アイシスさんは基本的にほとんど食事はしないみたいなので、パンや米といった拘りはない感じだ。
「私は……」
「お前には聞いてない」
「え? ちょっ!?」
アリスに関しては初めからなんの心配もしてない。だってコイツなんでも喰うし、焼肉屋ではガンガンご飯食べていたし……。
そんな感じにアリスをあしらったかと思うと、アリスは何故かニヤリと笑みを浮かべる。
「ふふふ、そんな態度をとれるのも今のうちですよ……いまに、カイトさんは『流石アリス!』と、私を称えるでしょう」
「なにを馬鹿な……」
「まぁ、とりあえずこちらを……」
「なっ!? なにぃ……ま、まさかこれは……」
「イエス『アリスちゃん特製海苔の佃煮』です!」
ば、馬鹿な……ここで俺の個人的なご飯のお供ランキングトップである海苔の佃煮だと!? こ、こいつ……な、なんてやつだ。
差し出された佃煮に驚愕しつつ、箸を伸ばして食べてみると……しそ風味でさっぱりとした海苔の風味が口の中に広がり、ご飯をかきこむとその美味さが一層引き立った。
「……う、うぐぅ……さ、流石アリス……」
「ふふふ、でしょう!」
悔しいがコレは完全に一本取られた。しかも、すごく美味い。
アリスが宣言した通りの発言をしてしまった悔しさはあるが、それ以上にこの佃煮の感動が大きい。
「しかし、すごく美味いよこの佃煮。なぁ、アリ……ス?」
感動を胸に抱きつつ、アリスの方を振り返ると……アリスは胸元に一枚の紙を持って、満面の笑みを浮かべていた。
その紙には『アリスちゃん特製海苔の佃煮5種詰め合わせ 金貨1枚。海苔セット 銀貨5枚』と書かれている。
しまった……コレは『罠』か!? あえて最初の一口を無料で提供することにより、その美味しさを実感させ、財布の紐が緩むように誘導する。なんて効率的な作戦だ。
「……4つずつくれ」
「まいどあり~」
完全敗北ではあるが、葵ちゃんや陽菜ちゃんにも食べさせてあげたいので、ここは潔く購入しておくことにした。
いやはや、本当にどんどん商売が上手くなるな……対俺限定で……。
「ねぇ、シャルティア。それボクにも一つ買わせて」
「へ? ええ、構いませんよ」
「ありがと~」
アリスにお金を払いセットを受け取ってマジックボックスにしまっていると、食事の手を止めたクロが自分にも売って欲しいと告げる。
「……なぁ、クロ。一応聞くんだけど、それなにに使うの?」
「え? 新作のベビーカステラに……」
さて、どうするべきか? 海苔入りベビーカステラ……どうなんだ? 分からない。味の想像が出来ない。
ただ、甘い生地とはあまり合いそうにない気がするから、そこは加減して欲しいものだ。
「あっ、大丈夫だよ! ちゃんとカイトくんに『一番先に食べさせてあげる』からね!」
「……そ、そっか……」
気のせいだよね? 今の発言は純粋な好意からだよね? なんか実験台になれって聞こえたんだけど……気のせいだよね!?
拝啓、母さん、父さん――六王祭開始前からガッツリ疲れつつ、美味しい朝食をいただいた。しかし、アリス作海苔の佃煮は本当に美味しかったけど……クロ、なんていうか――なんでもベビーカステラにすればいいってもんじゃないぞ?
~退院~
シリアス先輩「ふはははは! 読者よ、私は帰ってき――がはぁっ!?(糖血)」




