『おかえり』
ゆっくりとクロがフィーア先生に向かって足を進める。
フィーア先生は青ざめた表情で、クロが一歩近づくたびにビクッと肩を動かす。
「……ク……ロム様……わた、私は……」
「……」
そしてクロがフィーア先生の前に辿り着くと、直後に空気が震えるような轟音と共にクロの手が振り抜かれる。
……ビンタ? いま、ビンタしたの? クロの力でビンタ? ……フィーア先生、生きてる? 首吹っ飛んでない?
とんでも威力のビンタ……俺が喰らえば確実に頭と体が分離するような一撃を受けて、フィーア先生の頬には赤くモミジが現れていた。てか、ダメージそれだけ!?
ミサイルでも着弾したかと思うような音だったが、フィーア先生のダメージと言えば頬が赤くなっているだけ……頑丈すぎる。
俺が別の意味で驚いていると、クロは唖然とするフィーア先生を真っ直ぐ見つめながら口を開いた。
「……ボクが、なんで怒ってるか分かる?」
「……そ、それは……私がかつて、クロム様に……多大な迷惑を……」
「違う!」
「……え?」
明確な怒りを込めながら告げるクロに怯えつつ、フィーア先生が青い表情で答えるが、それは即座に否定された。
「……あの時のことは、ボクも悪かった。ちゃんとフィーアに事情を説明しなかったから……後悔もしてる。でも、ボクがいま怒ってるのはそのことじゃない!」
「え、あ、あの……」
「なんで……なんでっ! ボクに一言も相談せずに出ていって、1000年以上も帰ってこなかったの!!」
「ッ!?」
「勝手に居なくなって……一人で全部背負い込んで……ボクがどれだけ心配したと思ってるの? そんなことして……ボクが喜ぶとでも……思ったの?」
「そ、それは……」
クロの目には涙が浮かんでおり、本当にフィーア先生を心配していたという思いが伝わってくる。
だからこそフィーア先生も酷く動揺していて、上手く言葉を口に出来ていない。
クロは一度服の袖で涙を拭いてから、もう一度フィーア先生の目を真っ直ぐに見つめながら、ゆっくりと悲しそうな声で告げる。
「……ボク、何度も何度も、手紙を送ったよね? でも、一度も返事をくれなかった……ねぇ、フィーア? もう、ボクのことは嫌いになっちゃった? 話したくもない?」
「ちがっ、違います! 私が、クロム様を嫌うなんてある筈がありません!!」
そうか、クロは直接会いにこそ行かなかったものの、フィーア先生に何通も手紙を送ったりして、関係を修復しようとしていたのか……。
でも、フィーア先生はそれに返事をしなかった。たぶん、だけど……『もし絶縁の手紙だったら』とか考えて、怖くて読めてすらいなかったんじゃないかと思う。
「……じゃあ、なんで今までボクと会ってくれなかったの?」
「そ……れは……私には……クロム様と会う資格なんて……」
「家族と会うのに資格なんているもんか!!」
「……クロム……様……え?」
再び自分にはその資格が無いと告げたフィーア先生を、クロが一喝する。
そしてその後でクロは、フィーア先生の手を引っ張り、胸の前でフィーア先生の方間を抱えるように抱きしめた。
「……本当に、こうして……元気な姿が見れて……安心したよ」
「あ、ぁぁぁぁ……クロム様……わ、わた、私は……」
「フィーア……やっと会えたね」
「ぁぁぁ……うぁ……あぁぁぁぁ!」
フィーア先生の頭を撫でながら、優しく語りかけるクロの言葉。それを受けて、フィーア先生の体は震え、目には大粒の涙が浮かび始める。
そして震える手で、クロの服を掴みながら……フィーア先生は絞り出すように言葉を発した。
「……いいんですか? 私が……こんな愚かな……私が……まだ……クロム様の家族と呼んでもらえて……本当に……」
「当り前だよ。フィーアがどう思っていようと、ボクにとってフィーアは『大事な家族』だよ。それは、どんなことがあったって変わらない」
「ぅぁぁ……あぁぁ! く、クロム様っ!? クロム様!!」
「……うん。ずっと、辛かったよね? 一人でいっぱい頑張ったよね?」
「うあぁぁぁぁぁぁ!? わ、わだし……ごめ……ごめんなさい! 怖くて……あえなぐてぇ……ごめんなざぃ……」
優しくクロが受け止めて迎えてくれること、それはきっとフィーア先生が心の奥で願い続けていたことなんだろう。
まるで溜まり続けた全ての感情を吐きだすように、フィーア先生は溢れる涙を流しながら、母親に甘える子供のようにクロに縋りつく。
「ごめんね。フィーア……ボクにもっと勇気があれば、もっと早く会いに行ってあげられたのに……ボクも、フィーアに嫌われちゃってるんじゃないかって、怖くてなかなか会いに行けなかったんだ。時間がかかっちゃって、本当にごめんね」
「ちがうんでず! わだしが、全部……あぁぁ……ひぐっ……わるぐて……臆病で……あぐっ……会いたかったのに! 本当はずっと、クロム様にあいだがっだのにぃ!? ごめんなさい、ごめんなさい……素直になれなぐて……ごめんなざい……クロム様! クロム様ぁ!!」
「うん、もういいんだ……『おかえり』フィーア」
「あ゛ぁ゛ぁぁぁぁ!?」
1000年以上、溜まりに溜まった気持ち……それは堰を切ったかのようにフィーア先生の口から溢れだし、クロは優しくそれを受け止め続ける。
互いに想い合っているからこそすれ違ってしまっていた二人は、いま、ようやく……再会することができた。
その光景を目頭が熱くなるのを感じつつ眺めていると、軽く肩を叩かれた。
「……カイトさん」
「……そうですね。エデンさん」
「?」
ノインさんに名前を呼ばれ、それが「二人きりにしてあげよう」というサインだとすぐに気付いて頷く。
なにせ1000年以上ぶりの再会なわけだし、積もる話はいっぱいあるだろう。
そう思いつつ、この場にいるもう一人……エデンさんにも声をかける。
しかしエデンさんはまったく意味が分かっていないのか、心底不思議そうに首を傾げていた。
どうやら世界を作った神は皆、空気を読むという機能がOFFになっているみたいだ。
その素とも言える反応に苦笑しつつ、なんとかジェスチャーでこの場から離れることを伝えると、エデンさんは頷き、俺とノインさんと一緒にクロとフィーア先生を残してこの場を後にする。
「……クロム様、私……私……」
「うん……大丈夫、ボクはここに居るよ」
去り際に聞こえてきた言葉……涙に震えながらも、フィーア先生の声には……確かな喜びの感情が宿っていた。
~おまけ・今回のエデンママン~
(我が子じゃないので、まるで興味がわきません。我が子の手前この場にいますが、いい加減我が子を連れて帰りたいものです。きっと我が子もお腹をすかせているでしょうし、特別な食事を用意しましょう。そう、それが良いです。素材から我が子の為だけに生み出しましょう。細胞単位で最高のものを用意しましょう。至高の我が子が口にする食材は、すべて究極でなければなりません。むむ、そういえば、我が子にはビタミンAが不足していますね。我が子の体の適正量を考えると、現時点で後『25μgRAE』は摂取すべき……いけません、これは早急に我が子の体内の栄養バランスをいじらねば……)




