巨乳は兵器である
光の月16日目。俺は魔界にあるリリウッドさんの居城を訪れていた。
忙しいところに申し訳ないとも思ったが、一つ提案したいことがあったので、事前にハミングバードを送ってから訪れた。
リリウッドさんの配下に案内された居城の大広間で、ひとりポツンと待っていると、少しして扉が開きリリウッドさんがやってきた。
『お待たせして、申し訳ありません』
「あ、いえ、こっちこ……そ?」
声の聞こえた方へ顔を動かし、リリウッドさんの姿を見て……リリウッドさんが滅茶苦茶疲れているということが理解できた。
何故か、なんて考える必要もない……だって『枯れてる』から、髪が……いや葉っぱが……。
いつもは深い緑色の葉っぱが幾重にも折り重なり形を作っているリリウッドさんの髪が、いまは『茶色』になっていた。
いや、まぁ、茶髪は茶髪で似合ってはいるけど……それを抜きにしても、げっそりとした表情だ。
「……えと、リリウッドさん……大丈夫ですか? その、えっと、枯れてますよ?」
『え、ええ、お見苦しいところを……私は極度に疲労すると葉の色が枯れたように変わるんです。疲労が抜ければ元に戻りますが……』
「お、お疲れなんですね」
『……はい。疲れています』
普段なら「いえ、そんなことはありませんよ」とか言いそうだけど、もはや取り繕う余裕もないらしい。
なんというか、想像以上に大変そうなリリウッドさんを見て、話そうと思っていた内容が中々口から出てこない。
するとリリウッドさんの方から、助け船を出すように声をかけてくれた。
『……なにか話したいことがあるとハミングバードに書かれていましたが、どうかしましたか?』
「あ、はい……えっと、その、別に直接会う必要があったわけではないんですけど……一つ提案が」
『提案、ですか?』
そう、実際はハミングバードでも十分な内容なんだが、リリウッドさんの様子が気になったので直接会ってみることにしただけだ。
しかし、想像以上に疲労しているリリウッドさんを見ると、それが非常に申し訳なくなってきた。やっぱりハミングバードで済ますべきだったか……いや、もうここまで来てるんだし、早目に用件を伝えよう。
「えっと……例えば、ですよ? 俺がアイシスさんをデートに誘って……そうですね。一日ぐらいリリウッドさんがフリーになった場合って、助けになったりします?」
『……』
「あっ!? いえ、別にアイシスさんを騙そうってわけじゃないですよ! デートしたいのは本心ですから……ただ、逆に不都合があったりしてもいけないので、一応確認をと……」
『……カイトさん』
「あ、いえ、勿論無理にとは……あくまで、提案です」
俺がアリスからリリウッドさんの現状を聞いて思いついたのは、一日アイシスさんと過ごすことで、リリウッドさんの負担を減らそうという案だった。
まぁ、俺がアイシスさんとデートしたいっていう願望もあるので、善意100%というわけではないが……。
俺はアイシスさんとデートが出来て嬉しく、リリウッドさんは作業に集中出来て嬉しい、さらにアイシスさんに楽しんでもらえればアイシスさんも嬉しいと、そんな一石二鳥ならぬ一石三鳥を狙った策。
しかし、俺の提案を聞いたリリウッドさんは顔を俯かせ、プルプルと震え始めた。
もしかしたら余計なお世話だったかもしれないと、少し慌てつつ提案だけだと伝えようとすると……リリウッドさんの両手が俺の後頭部に回り、思いっきり抱きしめられた。
『あ、ありがとうございます! わ、私の味方は貴方だけです!!』
「むぁっ!? り、リリウッドさん、ま、待って……」
胸に顔が埋めるという比喩ではなく、現在俺の顔は本当に胸に埋まっている。
リリウッドさんの大変豊満なバストは、俺の顔を挟み込み、鼻と口の隙間を形を変えて塞いでくる。
マシュマロのような柔らかい弾力に、温かい体温……それを幸運と思うより先に、呼吸が出来ないという悲劇が襲ってきた。
『うあぁぁぁ、も、もう、本当にいっぱいいっぱいだったんです……アイシスは、頑張ろうとしてることだけは凄く伝わってくるので、あまり強く邪魔だとも言えませんし……他の六王達は、アイシスのことは全部私に丸投げ……もう、私に味方なんていないと思っていました!!』
「まっ、ま……くるし……いき……」
必死にその巨大な胸から逃れようともがくが……メギドさん曰く「スライム以下」の俺が、リリウッドさんの抱擁を引き剥がせるわけがない。
前にも胸、右にも胸、左にも胸……顔全体が胸に圧迫され、二重の意味でクラクラしてきた。
しかしそんな俺の声は、感極まっているリリウッドさんには届かず……リリウッドさんは手を緩めるどころか、より強く抱擁してくる。
『アイシス抜きで一日あれば、ほとんどの作業を終わらせられますぅぅぅ! 本当に、本当に、ありがとうございます!』
「……む……むね……溺れ……」
『……おや? カイトさん?』
「……」
『え? あ、も、申し訳ありません! カイトさん、しっかりしてください! カイトさん!!』
柔らかく温かで、生命の息吹を感じる豊満な……胸の大海……飲み込まれた俺を待つのは、胸に溺れて気絶という情けない結末だけ。
慌てて俺に呼びかけるリリウッドさんの声を微かに聞きながら……俺は意識を手放した。
『……本当に申し訳ありませんでした』
「い、いえ、だ、大丈夫です」
今日、この日、俺の心の黒歴史に新たな一ページが刻まれた。
胸に呼吸を圧迫されて気絶……巨乳とは兵器である。いや、本当に……。
『……それにしても、本当に助かります。なんとお礼をしていいか……』
「そんな、お礼なんて……俺はあくまで、大切な恋人とデートがしたいだけですから」
『……アイシスが、少し羨ましいですね』
「……え?」
『いえ、なんでもありません。カイトさん、一つお願いをしてもよろしいですか?』
「え? ええ、どうぞ?」
穏やかな微笑みを浮かべながらお願いがあると言ってくるリリウッドさんに、俺は首を傾げながらも頷く。
なんだろう? リリウッドさんのことだから、変なお願いってわけじゃないだろうけど……。
『六王祭……よろしければ、私が主催の祭りの日に、よろしければ一緒に回っていただけませんか?』
「……へ? あ、えっと、はい。それは構いませんが……」
『ありがとうございます。では、今回のお礼はその時にでも……』
「い、いや、だからお礼とかは……」
『いえ、それでは私の気が済みません。我儘と思われるかもしれませんが、溜まりに溜まった貴方への恩を、少しでも返させてください』
「……は、はぁ、まぁ、リリウッドさんがそれでいいなら……」
『はい。それでは、楽しみにしていますね』
アリスから聞いた話だと、六王祭に関してリリウッドさんは、俺が了承すれば一緒に回るのもやぶさかではないと言っていたみたいだし、律儀な彼女らしくこの機会に確認をとったってことかな?
う~ん。まぁ、俺もリリウッドさんと回るのは楽しそうだと思うし、二つ返事で了承した。
こうして六王祭に関して、既に俺の意思とは関係なく決定している予定に加え、リリウッドさんと回ることが決まった。
拝啓、母さん、父さん――まさか、人生において胸が原因で気絶するとは思わなかった。いや、なんだろう? 思い出すと結構恥ずかしくなってきた気がする。本当に、色々な意味で――巨乳は兵器である。
シリアス先輩「やだ……デートやだ……早く魔王編やって……」




