バレンタイン番外編~楠葵&柚木陽菜~
本日七話目! クリスマスに並んだ!
2月21日。春が近付いたとはいえ、まだ肌寒さを感じる季節。フード付きパーカーを着て、下はレギンスとホットパンツという活発な印象を受ける格好の少女……陽菜は、買い物袋を片手に一件のマンションへと向かう。
セキュリティのしっかり整った一階でインターホンを押し、扉が開くのを確認してから中に入る。
そしてエレベーターで目的の階へ移動し、一つの部屋の前で再びインターホンを押す。
「……葵先輩、来ましたよ~」
「陽菜ちゃん、いらっしゃい。さぁ、入って」
「お邪魔しま~す」
中から扉を開いた葵は、白い無地のシャツに紺色のジーンズというラフな格好で、長い黒髪はポニーテールに纏めていた。
高校時代よりも背が伸び、少女の可愛らしさに大人の美しさを兼ね備えた葵は、その整った顔を笑顔に変えて陽菜を迎える。
綺麗に整理された室内は、生活感の中に上品さも感じる雰囲気で、陽菜はその部屋を見渡すように視線を動かしてから、葵に話しかける。
「……なんていうか、葵先輩もすっかり庶民派お穣様になりましたね~」
「もうお嬢様じゃないわよ? 『絶縁』されてるんだし、普通の大学生」
「う~ん。葵先輩を普通って表現すると、来年からの私が冴えない大学生になっちゃうので、却下です」
「ふふふ、なにそれ……」
異世界での生活を経て、実家と縁を切った葵は現在、自由を思う存分謳歌していた。
そんな葵を微笑ましそうに見つめつつ、陽菜は買い物袋をリビングのテーブルの上に置く。
「……にしても、このマンションって家賃とか高そうですけど、お金は大丈夫なんですか?」
「ええ、『向こうの世界』で買った宝石とか美術品を、こっちで売ってるから、結構余裕あるわ」
「……うん? 葵先輩、いまなんて言いました?」
「え? だから、向こうの世界で買ってきたものを、宝石商とかに売ってるから……お金はいっぱいあるよって……」
「そ、そんな手段が……なんか、ずるくないですか?」
「ずるくはないでしょ……ちゃんと向こうの世界で『冒険者』として稼いだお金で買ったものなんだから」
「むぅ……今度行く時は、私もクエストに連れて行ってください」
葵と陽菜は高頻度で遊びに行っている異世界の話題で会話をしつつ、台所へ移動して準備をする。
エプロンを身に付けた葵は、陽菜が買ってきてくれた材料を確認した後で頷く。
「うん、大丈夫そうね。それじゃあ、チョコレート作りを始めましょうか……って言っても、向こうの世界のバレンタインとは時期がずれちゃってるけど……」
「こっちの世界でもずれてますよ……私は先週作ろうって言ったのに、葵先輩がゲームのイベントがあるからって、一週間遅らせたんじゃないですか」
「うぐっ……だ、だって、今年のバレンタインイベントの装備は性能が良くて……こ、この機会を逃すと手に入らないから……」
「ゲームも良いですけど、やり過ぎは駄目ですよ」
「うぅ、はい」
そう、彼女達は実は先週2月14日にチョコレートを作り、異世界に行って快人へ渡そうとしていた。しかし、葵がプレイしているオンラインゲームのイベントと時期が重なり、葵がそちらに集中してしまった為に一週間流れてしまっている。
「う~ん。なんだか、最近受験で忙しかったので、あっちに行くのは久々な気がしますね」
「って、行っても一ヶ月くらいでしょ? まぁ、むこうだと十ヶ月経ってるけど……」
「今回は『何年』ぐらい向こうに居ます?」
「う~ん。快人さんとものんびり過ごしたいし、冒険もしたいし……五年ぐらいかな?」
「体はこっちに戻る時に、シャローヴァナル様に戻して貰えますし、時間も一日しか経過しないとはいえ……なんか精神的には老けてる気分です」
「向こうでの生活を換算するなら、私達七十歳ぐらいだからね」
「……やめてください。私はまだ十八歳です」
二人はたびたび向こうの世界に遊びに行っており、向こうから帰る際にはシャローヴァナルの力により、変化した体型等は元に戻り、こちらの世界での一日後に帰ってくることができる。
その為二人があちらの世界に行く時は、大抵数年は滞在しており、こちらの世界よりよっぽど長く生活していると言っていい。
「あ~でも、折角『大きくなった胸』も元に戻っちゃうのはちょっと残念です」
「……ま、まだ大きくなってるの?」
「え? ええ、向こうで一年ぐらい過ごすと、いまのブラは入らなくなりますし……」
「……」
高校時代から周囲と比べかなり大きかった陽菜の胸は、いまだ成長しているらしく、葵は高校時代からほとんど変化していない自分の胸を見て、大きなため息を吐く。
身長は葵の方が勝っているのだが、胸の大きさだけは圧倒的に負けている。そんな相手がいまだ成長途中……世界とは残酷である。
「も、もう、それ以上大きくなる必要ないでしょ……」
「え? で、でも、快人先輩も喜んでくれますし、リリウッド様とかには敵いませんし……」
「う、うぅ……陽菜ちゃん、ずるい……」
「あっ、え? い、いや、でもほら、葵先輩の胸ってすっごく形が良くて綺麗じゃないですか! そ、そういうのは少し羨ましいなぁって思いますし、快人先輩もきっと好きですよ」
思った以上にショックを受けている葵を見て、陽菜はやや慌てつつ、わけのわからないフォローを入れ始める。
その言葉を聞いた葵は、ゆっくりと顔を上げながら、自分の胸に手を当てて呟く。
「……そ、そうなのかな? でも、快人さんは優しいから言わないだけで……本当は大きな胸の方が好きなんじゃ……」
「う、う~ん……」
葵の呟きを聞き、陽菜は腕を組んで困った表情を浮かべる。
葵を慰めるために肯定することは可能だが、それは快人が自分の胸より葵の胸の方が好きというようなものなので、乙女として少々複雑だった。
どう答えるかと、悩んだ末……陽菜は控えめに呟く。
「……揉んでもらうと、大きくなるらしいですよ」
「そ、そう言えば聞いたことある……そ、そうね! 快人さんに頼んでみるわ!」
「……まぁ、こっち戻る時に元に戻っちゃいますけどね」
「うん? いまなんて?」
「なんでもないです! さぁ、チョコレートを作りましょう!」
「え? えぇ……」
陽菜が呟いた残酷な真実には気付かないまま、葵は希望に満ち溢れた顔でチョコレート作りを始める。
そして、元の世界に戻る時に胸の大きさも戻ってしまうことに気付き、すっかり落ち込んでしまった葵を快人が優しく慰めて、葵が快人に惚れ直すのは、まだ先の話……。
大学生な葵ちゃんでした。




