バレンタイン番外編~エデン&快人~
本日六話目
バレンタインという行事は、俺の居た世界からこの世界に伝わり、今ではすっかりこの世界にも浸透している行事。
そんなバレンタインの前日……俺の前で、バレンタイン発祥の世界の神が、不思議そうに首を傾げていた。
「……疑問。行事、打算」
「……あの、エデンさん? 出来れば普通に喋ってもらえませんか?」
「……バレンタインは、チョコレートを対価に好意を求める行事。打算ありきの菓子を貰って、嬉しいものなのですか? このような行事が必要なのでしょうか?」
「身も蓋もない……」
「汝はどう思いますか? 宮間快人」
「俺ですか? そうですねぇ……」
心底不思議そうに告げるエデンさんの言葉を聞き、俺は苦笑する。
相変わらずストレートな物言いではあるが、別に馬鹿にしているというわけでもなく、単純な興味からの言葉だろう。
「……皆が皆、エデンさんみたいに包み隠さず感情を伝えられるわけでもありません。伝えにくい思いを伝えるきっかけにもなり、普段からの好意をチョコレートという形で表現出来るバレンタインは、やっぱり、必要だと思います。絶対、とは言いませんが……」
「なるほど、勉強になります。流石は……『愛しい我が子』です」
「……」
エデンさんがそう呟いた瞬間、俺の全身に鳥肌が立つ。
やばい……これはヤバい……『スイッチ入った』……。
エデンさんとも、それなりに長い付き合いになり……この方の性格もある程度分かってきた。
普段は淡々としていて、凄く冷静に見えるエデンさんだが……その真の恐ろしさは、スイッチが入ってからになる。
俺のことを「宮間快人」と呼んでる間は大丈夫だ。しかし「我が子」と言い始めると、スイッチが入ったサインであり、大変危険だが……もう、逃げられない。
「では、我も、我が子にチョコレートを贈りましょう」
「あ、ありがとうございます」
「良いのですよ。愛しい我が子が喜んでくれる……我は、それがなにより嬉しいです」
「そ、そうですか……」
突如出現したチョコレートを振るえる手で受け取ると、エデンさんは俺の手に自分の手を重ね、ゆっくりと撫でまわす。
明るい極彩色のはずの瞳の奥に、ドロドロとした黒いなにかが見えた気がして、背筋に寒気が走る。
「ああ、そうです……我が子よ、我がチョコレートを手ずから食べさせてあげましょう」
「え? あ、いや……」
こうなったエデンさんはたいへん危険で恐ろしい。なにが恐ろしいかというと……。
「だ、大丈夫です! 自分で食べます」
という風に、エデンさんの要求を突っぱねたとしても……。
「まぁ、我の手助けが必要ないとは……流石、愛しい我が子、立派です」
「……」
とまぁ、こんな感じで何故か好感度が急上昇する。
スイッチが入ったエデンさんのなにが怖いかというと、どんな発言をしても、どんな行動をしても、なぜか好感度が爆上げされるという点だ。
全肯定とかそんなちゃっちなものじゃない。恐怖すら感じるほどに、どんな行動や発言をしても、好意的に受け取られ強制的に甘やかされる。
「あぁ、我が子……とても逞しいですよ。やはり、男性というのはしっかり一人立ちをするものなのですね。チョコレートを食べようとしている我が子もとても素敵です。男らしい指も、チョコレートを摘むしぐさも、艶のある唇も、端正な顔も、全て、全てが愛おしい。あぁ、我が子よ……もっと我に、汝の顔を見せてください。その目で我の姿を捕らえてください。その耳で我の声を聞いてください。その肌で、我を感じてください。ああ、とても素敵ですよ。愛しい我が子……一つ目のチョコレートを食べられたのですね。立派です。さぁ、まだ数はありますよ。遠慮などせず思う存分に食べてください。我はずっと見ています。汝の姿をコンマ数秒すら逃しません。あぁ、大丈夫ですよ。撮影機器などなくても、神である我は汝の姿を永遠に頭に焼き付けておくことができます。細胞の動き一つ一つすら、美しく雄々しい……あぁ、愛しい我が子よ。汝はどうしてそんなに我の心を惹きつけてやまないのでしょう。神をここまで虜にするとは、罪作りな人間ですね。でも、大丈夫です。我は汝の味方です。全てを肯定します。ドロドロに甘やかします。蕩けるほどに愛してあげます。あぁ、そう、そうです……汝に既成の品など似合わない。汝の為だけに新しい食材を作りましょう。ソレを贈る記念日を作りましょう。汝の為の祝日を作りましょう。そう、それがいいです。あぁ、でも、それだと汝の素晴らしさを理解できない、有象無象の虫が群がってしまいますね。ソレはいけません。愛しい我が子が汚れてしまう。もちろん、そんなことになれば我が全て消し去ってあげますが、優しい汝は心を痛めてしまうでしょうね。ならば祝日を作るのは先送りにしましょう。あぁ、でも安心してください。その代わりとても甘美な食材を作りましょう。汝の為だけに、そう、そうです。汝以外が口にする必要はない。汝だけの……」
ひ、ひぃぃぃぃ!? やっぱこの方、怖すぎる!? 俺一切喋ってないのに、滅茶苦茶話が進んでるというか、俺の為に祝日を作るとか言いだしてる。
エデンさんの狂気とすら言える非常に重い愛情を目の当たりにして、体が震えたからだろうか? 手に持っていたチョコレートが上手く食べれず、唇の横に当って落ちてしまう。
「あっ……」
「あぁ、いけません……我が子よ。肌が汚れてしまっています……れろ」
「なぁっ!?」
ソレを見たエデンさんは、一切の躊躇すらなく、チョコレートが当った俺の唇を舐める。
「え、エデンさん!? な、なにを……」
「愛しい我が子の体に汚れなど、我が許しません。安心して下さい。我が綺麗にしてあげますよ……汝の体の隅から隅まで、余すところなく……綺麗にしてあげます」
「ちょっ!? まっ!?」
「汝の為に調整した体です……きっと、気に入ってもらえますよ。さぁ、愛しい我が子よ……我の体を、思う存分味わってください」
そのまま流れるように押し倒され、エデンさんは狂気に染まり、中にハートマークが見えそうな瞳で俺を見つめ、深く笑みの刻まれた顔を俺に近付けてくる。
エデンさんと俺の力の差は歴然であり、完全にまな板の上の鯉……溢れまくってダムが決壊しているような愛情を向けてくる、エデンさんに怯えつつ……俺用に調整したという体が、俺に触れ……。
「ふんっ!」
……る直後に出現したクロに殴り飛ばされた。
しかしそこは、流石エデンさんというべきか、特にダメージは無いみたいで……すぐに戻ってきて、クロに冷たい目を向ける。
「……なにをするのですか、神の半身……愛しい我が子との逢瀬を邪魔しようなど……許しませんよ」
「許さないのはこっちの台詞だからね! ちょっと目を離したら、すぐこれだ! カイトくんを無理やり襲うなって、何度言えば……」
「無理やりなどではありません。この体は我が子の為にあるのですよ? 我が子に奉げるのが自然の摂理です……邪魔をするなら、排除しますよ」
「……やってみろ、色欲神……」
そして、天地を揺るがす喧嘩が始まった。
ちなみにこれは、一度目ではない……なにかにつけては、俺を押し倒そうとしてくるエデンさんを、怒ったクロが殴り飛ばすのは八度目である。
亜空間を作り出し、喧嘩を始める二人を遠目に見ながら……俺はエデンさんから貰ったチョコレートの残りを口に運んだ。
快人くん連続登場……出ないと言ったな、あれは嘘だ。




