愛が重すぎる
アリスとのんびり店番をしていると、突如現れた見覚えのある天使……エデンさん。
その姿を見てアリスは、警戒心を強めながら口を開く。
「……貴女が、どこの世界の神かは知りませんが、一体なんのつもりですか……」
「……別の世界の……神?」
「ええ、コイツの力は明らかに、クロさんやシャローヴァナル様と同格です。この世界で、そんなふざけた力を持つ存在を私が知らないなんて、ありえません……なら、別の世界から来たと考えるのが妥当でしょう」
「肯定」
エデンさんのことをどこかの世界の神だとアリスは口にし、エデンさんもその通りだと頷く。
シロさんに匹敵する力を持った神ってことは……どこかの世界の頂点? だとしたら、アリスの言う通り、なぜそんな存在が俺達に接触してきているのか分からない。
そう考えていると、エデンさんと目が合い……何故かエデンさんは、俺を見て優しげに微笑んだ。
「……前は対話って言ってましたね。今回はなんですか?」
「……」
しかしアリスが話しかけると、エデンさんは再び無表情に戻り、アリスの質問に答えない。
いやな緊張感を実感しつつ、俺も恐る恐るエデンさんに話しかけてみる。
「……その、また、俺になにか用事ですか?」
「肯定、我、汝、会話、希望。身体、調整、完了、嗜好、網羅」
「なんで私は無視して、カイトさんの質問には喰い気味に返答するんすかねぇ……というか、前みたいに普通に喋ってくれません? 分かりにくいです」
「……」
「こ、このっ……」
あまりにも俺とアリスで対応の差が露骨であり、アリスは引きつった笑みを浮かべる。
「……えっと、俺からもお願いします。普通に喋って頂けるとありがたいんですが……」
「分かりました」
「……ぶん殴っていいっすか? コイツ……」
「黙れ、汝の実力は認めています。が、汝は我が子ではない。故、話すことなどありはしません」
「……よ~し、その喧嘩買いましょう。ぶっ飛ばしてやりますよ!」
「あ、アリス。落ち着いて……」
エデンさんの対応に、アリスは珍しくイラついているみたいで、本当に今にも殴りかかりそうだった。
しかし、それ以上にエデンさんの発言が気になる。
「……あ、あの、エデンさん。質問してもいいですか?」
「勿論ですよ。愛しい我が子、なんでもお答えしましょう」
「は、はぁ……えと、その我が子っていうのは、どういう意味ですか?」
「汝は『我の造った世界』で生まれました。故に、我が子です」
「え? えぇ!?」
ちょ、ちょっと待って……俺がエデンさんの作った世界で生まれた? それってつまり、エデンさんは……。
「なるほど、貴女はカイトさんの世界の神ですか……」
「その通りですが、我はいま、我が子と会話しています。邪魔をするな」
「……かっち~ん。これは仏のアリスちゃんと呼ばれる私でも、ブチ切れ案件ですよ。というか、絶対喧嘩売ってるでしょ貴女!」
その仏のアリスちゃんとやらは初耳だが、このままでは本当に以前みたいなバトルに発展してしまうので、とりあえずアリスには落ち着いてもらって、俺がエデンさんと会話することにした。
「なるほど、それで、エデンさんはなんの用事でいらっしゃったんですか?」
「汝に会いに来ました。愛しい我が子よ」
なんでだろう? なんか今背中に氷でも突っ込まれた気分だったんだけど……鮮やか極彩色のはずの瞳が、なんかドロドロした黒色に見える……え? なんで?
「お、俺に会いに……な、なぜでしょう?」
「汝が、我が求め続けた存在だからです」
「……そ、その心は?」
「我はずっと待っていたのですよ。我の造り出した世界で生まれた我が子が、我に歯向かってくれるのを。そう、そうです……汝のことです。汝は以前、我に正面から立ち向かってきました……とても雄々しく、凛々しい目で……あぁ、素晴らしいことです。我の言いなりになるだけの存在などいくらでも作れる。我は、我に歯向かう者にこそ寵愛を与えたい。そう、そうなのです。汝こそ我の理想、我の至高。愛しい我が子……あぁ、感謝しましょう。汝に巡り合えた奇跡を……もっと我に、いえ、『母』によく顔を見せてください。とても力強い輝きのある目、なんと美しい。あぁ、怖がらなくて大丈夫ですよ。我は汝を蕩けるほどに甘やかしましょう。燃やし尽くすほどの愛を囁きましょう。しかし、そんな愛おしい我が子が、この世界の空気を吸っているなんて……あぁ、駄目、駄目です。こんな有象無象と同じ空気など、汝に合わない。汝の為だけに『空気を造りましょう』。そう、それがいいです。汝だけのために、汝だけが吸える、そんな空気を造り出してあげましょう。安心してください、愛しい我が子よ。我はちゃんと、一度元の世界に戻って『記録を全て』覚えてきました。そう、愛しい我が子のことは、我が一番よく知っているのです。生まれた時の体重も、いままで食べた食材の種類も数も、何度呼吸したかまで……我は、全て知っているのですよ。そんな汝に合わせて、この『体も調整』してきました。汝の好みに合わせて、汝が最も心地良いと感じるものへ、全て一から『造り変えて』きたのですよ」
こ、怖えぇぇぇぇぇぇぇ!? なにこの方、かつてないほどの恐怖を与えてくるんだけど!? 俺なんにも言ってないのに、延々と話し続けてるし……なんか、目からハイライト消えてるんですけど!?
「……カイトさんの世界の神って、ぶっとんでますね。完全に目が逝っちゃってますよ……」
「知りたくなかった。こんな事実……」
俺の世界の神がヤンデレで、それに完全にロックオンされてるとか、出来るなら知りたくなかった。超逃げたい。
なんか、いまだ壊れたラジオみたいに話し続けている、目の奥にどす黒いもの見えるし……マジで、怖い。
流石のアリスも引いてるみたいで、さっきまでの怒りを引っ込めて微妙な表情に変わっていた。
「……ああ、そう、そうです。我が我が子のことを一番分かってる。我が、一番我が子を愛してあげられる。あぁ、ならばいっそ、汝のために『世界を造りましょう』。そう、それがいいです。汝を肯定する存在だけを生み出しましょう。汝に相応しい品々を用意しましょう。その世界で、我が蕩けるほどに愛してあげます。そう、それが我が子のためなのです……さっそく……」
「ふんっ!?」
どんどんエスカレートして恐ろしいことを言っていたエデンさんの前に、突然クロが出現し……有無を言わさず、エデンさんを殴り飛ばした。
エデンさんは黒い渦に吸い込まれて消えていったが……そこは流石というべきか、すぐになんでもないような顔で戻ってきた。
「……なにをするのですか? 神の半身よ。我はいま、我が子との輝かしい未来について考えていたのです。邪魔立てするなら、許しませんよ」
「こっちの台詞だからね、それ! いきなり元の世界に帰って、戻ってきたと思ったら、なにふざけたことを……カイトくんに迷惑かけるなら、排除するって言ったでしょ!」
「迷惑などかけていませんよ? 我が子は、我に愛されることこそ、幸せなのです」
「……いや、違います」
なんか勝手に恐ろしい幸せを組みこもうとしてきたので、それに関しては即座に否定する。
流石に怒るかと思ったが……何故かエデンさんは、俺の冷たい言葉を聞いて目を輝かせる。
「あっ、ぁぁ……また、我に反抗してくれた……なんて逞しいのでしょう。あぁ、やはり汝は至高の存在!」
「……」
駄目だこの神、手がつけられねぇ……。
「わけの分からないことを……ともかく、これ以上カイトくんを怖がらせるなら……殴り飛ばすよ」
「……出来るものなら、やってみなさい」
「……」
「……」
完全に切れているクロにも、一切躊躇なく喧嘩を売るエデンさんは、本当に凄まじく……そして、なにより始末に悪い。
これから先が、凄く不安になってきた。
「……カイトさん、お茶飲みます?」
「……渋いの頂戴」
バチバチを火花を散らすクロとエデンさんを見つつ、俺は疲れ切った顔でアリスが淹れてくれたお茶を飲む……湯気が目に染みるよ……涙出てきた。
拝啓、母さん、父さん――エデンさんはなんと俺の世界の神だったみたいだけど、いままで俺があった中でも、突出して濃い存在だったよ。そして、完全にロックオンされてる。なんていうか――愛が重すぎる。
本格派のヤンデレ?




