見覚えのある天使だった
すごろくを終えて昼食を食べた後、俺とアリスはのんびり並んで座っていた。
「……客、来ないっすね」
「そうだな……」
雑貨屋のカウンターで、のんびりと本を読みつつ店番をしているわけだが、まぁ、予想された結果ではあるが全然客は来ない。
しかしアリスもそれは分かっているのか、緩い口調で話しながら、なにやら小さなアクセサリーを作っていた。
「……本当に、全然来ないな」
「……まぁ、そうっすね~」
「というか、この店……俺以外で客来ることあるの?」
「う~ん『一月に一人』くらいはきますね~」
「……それ、店の意味あるのか?」
どうやらアリスの雑貨屋は、本当に常時閑散としているらしい。
まぁ、確かに大通りから外れた店ではあるが……そこまで来ないものなのか? もしかしたら、怪しい着ぐるみの現れる危険な店として、避けられてるんじゃないだろうか……。
そんなことを考えつつ、ふとカウンターの横に置いてある商品が目に止まる。
「……これって、マジックボックスか?」
「うん? いえ、違いますよ。それは『ランダムボックス』です」
「……ランダムボックス?」
カウンターの横にある小さな箱には、黒く四角い物体……俺の持っているマジックボックスによく似た物があおいてあり、どうやらそれはランダムボックスという名前らしい。
「使い捨てのマジックボックスを使った商品です。魔法具を作る時に削った魔水晶の粉を加工した『魔法紙』ってもので作られてます。再使用はできませんが、一回分ぐらいなら術式を保存しておけますし、魔水晶に比べて安価なので冒険者がよく使いますね」
「へぇ、つまり一回だけ中に物を入れられるってことか……」
「ええ、まぁ、小さなタンスぐらいの容量しかないですが、持ち運びには便利ですしね……で、そのランダムボックスは、その言葉通りランダムに品物が入ってる商品……まぁ、分かりやすく言うと『ガチャ』ですね!」
「……なるほど、もの凄く分かりやすい」
「ひとつ10Rで、開けてみないとなにが入ってるかは分かりませんが……貴重なものが入ってることもあります。ちなみに、セーディッチ魔法具商会製です」
ひとつ1000円か……。
つまりお金を出してこのランダムボックスを買えば、中にある商品を手に入れられる。たぶん中には、価格以上のものも入っていたりするんだろう。
「わりと人気のある商品ですよ」
「……まぁ、客が来ない状態だと、人気商品仕入れてても意味無いだろうけど……」
「ですよね~」
「……」
「おっ、カイトさん? 興味ありますか?」
「う、うん。ちょっと引いてみたいかなぁ……10Rだっけ?」
「5つ買うなら、45Rにしますよ?」
ちょっと興味があり、引いてみたいと思ったので財布を取り出すと、アリスは商売チャンスを逃すまいと、まとめ買いならお得と言ってくる。
「じゃあ、5つで」
「まいどあり~さっ、好きなの選んでください」
アリスにお金を支払ってから、沢山あるランダムボックスを適当に5つ選ぶ。
「……あれ? これ、どうやって開けるの?」
「底に付いてる紐を引けば、解除されて中身が出てきますよ~」
「どれ……うん?」
箱の底に付いていた小さな紐を引っ張ると、一瞬ランダムボックスが輝き、それが消えた後で目の前に一枚のカードみたいなものが出てくる。
よくあるトレーディングカードぐらいのサイズだが、いい紙を使っているのか綺麗だ。
「むむっ、それはもしかして……」
「え? なんか珍しい……って、これ、クロじゃん」
カードを引っくり返してみると、そこにはベビーカステラを食べているクロの絵が描かれていた。
かなり腕の良い画家が描いたのか、柔らかい色合いでクロの可愛さが引き立ってる気がする。
「おぉぉぉ、凄いですよ! 流石カイトさん、クロさんのブロマイドを引き当てるとは……それ滅茶苦茶レアですよ」
「ぶ、ブロマイド?」
「ええ、六王や最高神のブロマイドが超レア商品として入っていますが……中でもクロさんのは、本人が恥ずかしがってて……一番初めに自分の商会の商品だからって、了承した数枚しか存在しません」
「そ、そうなの?」
「です……なので、初期ロットにしか入ってないので普通はもう手に入らないんですけど……ほら、うちのはずっと初期から売れ残りなので……」
世界に数枚しか存在しないクロのブロマイド……うん、可愛い。大事に保存しておこう。
「ちなみにそれ、オークションに出せば、冥王愛好会がとんでもない金額で落札してくれますよ」
「そ、そうか……怖いから自分で持っとくよ」
「それがいいかもしれませんね……まぁ、それはそうと、次も空けてみてくださいよ」
「あ、ああ……って、でかっ!?」
アリスに促されて次のランダムボックスを開封してみると、今度は50cmくらいはある大きな……ドラゴンの模型が現れた。
「おっ、これはまた……ランダムボックス限定の古代竜模型じゃないですか」
「……これ、どうしよう……」
「ちなみにこれ、リリア公爵が欲しがってますよ」
「そうなの?」
「ええ、現在は製造終了しているので……手に入れられなくて泣いてたそうです」
「……リリアさん」
そう言えばリリアさんはドラゴンが好きだったか……よし、これは後でリリアさんにあげよう。
さて、それじゃあ次は……。
「……王冠?」
「おもちゃの王冠ですね。そういう子供のおもちゃも入ってます。その王冠は、わりと本格的なので高いですよ」
「なるほど、それじゃあ次は……え、え~と」
4つ目を開封すると、なんだか見覚えのある……というか、横に居る奴がいつも被ってるのによく似た仮面が現れる。
「おっと、これは大当たりですね! 幻王様手製の仮面、激レアですね!!」
「なんだ、外れか……」
「流れるように捨てた!?」
まぁ、ガチャなわけだから……大当たりもあれば、完全な外れもある。
手に入れた仮面を、そのままゴミ箱に放り込み、最後のランダムボックスを開封する。
すると今度は、植木鉢に入った植物が現れる……なるほど、マジックボックスの中だと劣化しないから、こういうのも入ってるのか……。
「アリス、これは?」
「クリスタルハーブですね」
「珍しいやつなの?」
「結構希少ですね。単品だと効果は無いですが、他のハーブの効果を高めてくれますので、結構高値で取引されます」
ハーブか……これも当りなんだろうけど、俺が持ってても使い道に困るな。
ああ、そう言えばフィーア先生ってハーブを育ててるんだったっけ? だとしたら、フィーア先生にあげてもいいかもしれない。
「……しかし、カイトさんの運は恐ろしいですね。普通もっと、ペン一本とかしょうもないものが入ってるんですが……5個買って、全部当たりとは……」
「いや、外れが一つあった……変な仮面」
「カッコいいじゃないですか!? カイトさんも付けて、私とお揃いにしましょうよ!」
「死んでも嫌だ」
「これ以上ないほど強い拒否!?」
ガックリと肩を落とすアリスを見て、思わず苦笑を浮かべる。
そんな風にアリスとくだらない雑談をしながら、のんびりと過ごしていると……店のドアに付いた鐘の音が聞こえる。
「……おっ」
「……え? まさか客が来たんすか……珍しい」
まさか客が来るとは俺もアリスも予想外で、二人揃ってドアの方を向く。
「いらっしゃ……」
「観光、雑貨屋、来訪」
「……即座に帰れ、ゴーホーム!」
明るくいらっしゃいませと言おうとしたアリスの言葉は途中で止まり、すぐに引きつった顔で現れた客に帰れと告げた。
拝啓、母さん、父さん――アリスと二人でのんびり店番をしていると、驚くべきことにアリスの雑貨屋に客がやってきた。そう思っていたんだけど、現れたのは――見覚えのある天使だった。
アリス編、残り……う~ん三話かな? 始まりと終わりに出てくるエデンは、本当にアリス編のキーパーソン……かも?




