プライバシーなんてなかった
ある程度時間も潰れ、夕食を食べる場所を考えようと思っていると、アリスが行きたい店があると提案してくれたので、そこに向かうことにした。
どんな店かというのには若干の不安はあるが、豪華なディナーが食べたいと言っているのはアリスなわけだし、ここでネタに走るとは考えにくい。
むしろ貴族御用達の超高級店とかを嬉々として選んで来そうな感じがする。
「まぁ、いいじゃないですか、カイトさんさっきいっぱい稼いだんですし、ガッツリ奢ってくださいよ」
「……う、うん。まぁ、それはいいんだけどさ……」
「心配しなくてもちゃんとした店ですよ?」
「いや、そうじゃなくて……」
俺の隣を歩きながら、明るい笑顔で話しかけてくるアリスに、俺はなんとも微妙な表情で返答する。
う、うん。ハッキリ言って、今俺は困っている。それは別に夕食に関しての問題ではない。いや、もしかしたら少しは関係しているかもしれないが、大事なのはそこではない。
「どうしたんすか? 不思議そうな顔して」
「……なんで、いや、というか……お前、いつの間に『ドレス』を……」
そう、問題は現在のアリスの格好だった。
つい先ほどまではいつも通りの、ポケットが複数あって機能的な長袖長ズボンのスタイルだった。
しかし、俺が一瞬視線を外した直後、いつの間にかアリスはドレス姿に変わっていた。
淡いオレンジ……蜂蜜色でレースの付いた可愛らしいドレスは、アリスの明るい金髪とマッチしており、本当によく似合っていると思う。
それに普段見ない格好だからか、また違う面を見たようでドキドキしてしまう……まぁ、仮面付けてるせいで、仮面舞踏会の参加者みたいになってるけど……。
「可愛いでしょ?」
「ま、まぁ、それは確かに……いや、そうじゃなくて! なぜドレスを着ているのかを聞いてるんだけど……」
そう、別に一瞬で姿が変わっていたことについてはどうでもいい。アリスがその気になれば、1秒もかからず家に戻って着替えてくるなんて芸当も出来るだろうし、それはもういまさらだ。
ただ、今までデートでもいつも通りの格好をしていたアリスが、別の服を着ている……それはつまり、なにかしら理由が……。
「え? だって、これから行く店『ドレスコード』ありますし」
「……え?」
ドレスコード……書いて字のごとく服装制限。
主に冠婚葬祭の場や、高級フレンチレストランなどで用いられるもので……簡単に言ってしまえば、小奇麗な格好じゃなきゃ駄目だよってことだ。
式典とうに比べ、レストランのドレスコードというのは店によって色々違うと聞いた覚えがあるが……俺の服装は、どうだろう?
白いシャツに、薄手の黒色でゆったりめの上着、ジーンズっぽいズボン……微妙である。
「……ドレスコード、あるの?」
「はい。結構厳しい店で『準礼装』くらいが定番ですね」
「……」
準礼装……あっ、駄目だこれ、俺門前払い喰らう。
日本とは服装が若干違う部分もあるとはいえ、準礼装は正礼装に次いでカッチリした服装……平服じゃ駄目ってレベルであるのは間違いない。
となると、俺の現在の服装は完全にアウトだろう。
「……俺は入れなさそうだし、別の店にしない?」
「ふふふ、大丈夫です……こんなこともあろうかと! じゃ~ん! カイトさん用の礼装を用意してきました!」
「……お前が確信犯なのはよく分かった」
「あ、あはは……ま、まぁ、ちゃっちゃと着替えちゃいましょうよ。え~と、あっ、あそこでいいですね」
今から行く店を提案したのはアリス、そしてその店にはドレスコードがあって、俺の服はドレスコードに合ってなくて、アリスの手には俺用の礼服……完全に確信犯である。
俺が服装に関して慌てるのが分かってて、ワザとその店を選んだ事は明白だが、今はソレをぐっと飲み込むことにして、アリスの言う通り着替えよう。
しかし、こんな街中のどこで着替えればいいのかと思ったら、アリスは一軒の家に向かって歩いていく。
「お、おい、アリス? そこ、人の家……」
俺が慌てながら声をかけるが、アリスは気にした様子も無く家の前に立つ。すると即座に中の住人が出てきて、アリスの前で片膝をついた。
「部屋貸してくださいね」
「はっ! どうぞ、ご自由にお使いください。幻王様」
「……」
あ、あぁ……例によって例の如く……その家の住人もアリスの配下か。
アリスの配下の家で礼服に着替え、着替えた服をマジックボックスに入れてからアリスと合流し、改めて店を目指すことにする。
現在俺が着ている礼服は、黒色ベースの落ち着いたデザインだが、派手すぎない程度に銀色の糸が編み込まれて模様になっており、かなりお洒落な逸品と言える。
まぁ、それはそれとして……この礼服、伸縮性が凄いのか、物凄く着心地が良い。こうして歩いていても全く動きにくさも窮屈さも感じない。
「……凄く動きやすいってか、俺の体にピッタリのサイズなんだけど……」
「そりゃあ、私がカイトさんの為に作った一点ものですからね。素材にも拘って最高品質で仕上げました」
「い、いや、それはありがたいんだけど……なんで、お前当り前のように、俺の体のサイズ知ってるの?」
そう、この礼服は裾の長さも含め完璧に俺の体にフィットしており、俺専用のオーダーメイド品って感じがするが……俺、アリスに体のサイズ教えたことないんだけど……。
「ははは、なにをいまさら。私はカイトさんの体にあるホクロの数だって知ってるんですよ!」
「……前も聞いた気がするけど、お前、プライバシーって言葉知ってる?」
「知ってますよ。カイトさんにないやつですね!」
「……否定できないのが辛い」
俺のプライバシーはどこいったんだ。いや、まぁ、シロさんが居る時点でプライバシーとかあってないようなものなのは、分かってるんだけど……。
(私は貴方が元の世界で所持していた年齢制限のある品々まで、全て把握しています)
おっと、それに関しては、絶対に口外するなよ天然女神。恥部ってレベルじゃないからね。思春期の男なら、自殺ものだからね。
(快人さんが望むなら、全く同じものを造り出して、差し上げますよ?)
……ちょっと、後で詳しい話を聞かせてください。
「……カイトさん?」
「ッ!? あっ、いや、悪い。じゃあ、行こうか」
「了解です」
シロさんとの会話はアリスには聞こえない。なので、俺は少し慌てながら首を傾げていたアリスに返事をして、改めて夕食を食べる店に向かって歩き出した。
拝啓、母さん、父さん――夕食はドレスコードのある超高級店で食べることになった。アリスが用意してくれたサイズが完璧な礼服はありがたい。しかし、まぁ、分かってはいたけど……俺に――プライバシーなんてなかった。
出勤前の更新。感想返信は帰ってからになります。




