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心の扉が静かに開かれた



 アリスの事を知る為に、しばらくアリスの雑貨屋に泊まる事にした。

 戸惑うアリスを強引に押し切って泊まることを了承させた後、アリスの用意してくれた部屋に荷物を置いてから、リビングに戻った。


「……ちなみに、カイトさん。どのぐらい滞在のご予定で?」

「う~ん。アリスの事をよく知れたら、かな?」

「それは性的な意味で――ふぎゃっ!?」

「……なんか言った?」

「ナンデモナイデス」


 そして、夕食用に買ってきておいた食べ物をアリスと一緒に食べ、色々あったのですぐに寝る事になった。

 やはりアリスの様子はいつも通りに見えたが、やはりどことなく違和感があるというか……わざと明るく振る舞い、話題を逸らそうとしているようにも見えた。

 

 いや、もしかしたらそれは今まで俺が気付いていなかっただけで、ずっとそうだったのかもしれない……








 一夜明け光の月9日目。今日は朝から、アリスの工房で物作りを見学させてもらう事にした。

 まぁ、実際アリスは普段俺の護衛についているので、雑貨屋の商品を作っているのは分体なんだけど……今回は本体に造ってもらえるようにお願いし、アリスも了承してくれた。


「……あの、カイトさん?」

「うん?」

「そ、そんなに、食い入るように見つめられると……やり辛いんすけど……」


 ジッと見られているのが落ち着かないのか、鍛造用のハンマーを手に持ちながら、アリスはチラチラとこちらを見る。

 今作ってるのは剣だろうか? 鍛冶仕事って初めて見たけど、なんかカッコいいな。シロさんの祝福のお陰で熱さも感じないし、純粋に作業の見学を楽しむ事が出来る。


「……なんか、アリスが物作りしてるの、こんなに真剣に見たのは初めてだけど……なんか、カッコいいな」

「ッ!? あっ……」

「あっ……」


 微笑みながら褒め言葉を口にすると、直後にボキンという音と共に、アリスの作っていた剣がへし折れた。


「か、カイトさん、いきなり何言ってるんですか! アリスちゃんは、いつでもカッコ良くて可愛いに決まってるじゃないですか!」

「まぁ、確かにそうだな」

「うぐっ……い、いやいや、カイトさん? 今のツッコムとこですよ!? なに馬鹿な事言ってるんだって、ゲンコツの一つでも落とすところですよ!! なに普通に褒めてるんですか!?」


 褒めた筈なのに、何故か文句を言われているこの状況……解せぬ。

 まぁ、しかしそれはさておいて、実際アリスは駄目な所も沢山……それはもう山盛りであるし、すぐにふざける困った奴ではあるが、強いし知識が豊富だし、頼りになる存在なのも確かだ。

 それに、仮面のインパクトで薄れがちだけど、素顔のアリスは人形みたいに可愛らしいし、あながちカッコ良くて可愛いってのも間違いではないと思う。


「……う~ん。まぁ、しょっちゅうふざけるのはアレだけど……アリスは頼りになるし、可愛いと思うよ」

「なっ!? かっ!? ……ぅぅぅ……な、なんか調子狂います……」


 俺の言葉を聞いたアリスは、仮面をしていても分かる程顔を赤くし、気を取り直すように鍛造に取り掛かった。

 今まであまり無かった反応を見て、ほんの少しかもしれないが新しいアリスを知れたような気になって、俺の口元にも自然と笑みが浮かぶ。

 そしてそのまま俺は、しばらくアリスの作業を見つめ続けていた。







 日が暮れるまで特になにがある訳でもなく、雑談をしたり、アリスを眺めたりしながら、のんびりと一日を過ごし、夕食を食べた後で風呂に入る。

 アリスの所に押し掛けて一日が経ち、大きな収穫はないものの小さな収穫はあった。褒められると照れたり、慌てて話を逸らそうとしたり……そんな女の子っぽいアリスを見れたのは新鮮で、なんだか嬉しくもあった。


 ただ、残念な事に当初の目的は未だとっかかりも掴めていない。アリスも話す気はないみたいだし……いや、時々意味もなく俺の方を見ていたから、もしかしたらアリスも話すか話さないか迷っているのかもしれない。

 どちらにせよ、現状以上に俺からアリスに踏み込める状態ではないし、今は待つべきだろう。


 そんな事を考えながら風呂からあがり、アリスが居るであろうリビングに移動する。


「アリス、あがった……よ?」

「……」

「寝てる?」


 リビングに戻ってみると、これはまた初めて見る光景……アリスが机に手を置き、仮面を脱いで眠っていた。

 う~ん。エデンさんの一件があった後だし、いくらアリスが凄い存在だとは言え……やっぱり疲れがあったのかもしれない。

 エデンさんとの一戦で疲労したところに、俺が急に押しかけてきて慌てて……ふと気が緩んで寝てしまったんだろう……もう少し日を開けてから押しかけるべきだったかな?


 起こすのも悪いだろうし、このまま少し寝かせてあげよう……確か、宝樹祭の時に使った毛布を、洗濯してマジックボックスに入れていた筈……

 

 可愛らしいアリスの寝顔を見て微笑みながら、マジックボックスから毛布を取り出し、それをアリスの肩にかけようとして……気が付いた。

 眠っているアリスの目から光るもの……涙が流れている事に……そう、アリスは眠りながら泣いていた。


「……」


 ……アリスは、この小さな身体にどんな重いものを背負っているのだろう? それが分からない事が、どうしようもなく悔しかった。


 そっとアリスの顔に手を伸ばし、指で涙を拭おうとすると、アリスの青い瞳が開かれる。


「……え? あれ――ッ!?」

「……」


 目を開き俺の姿を確認したアリスは、ハッとした表情に変わり、大慌てで目元を手でこすって仮面を被る。


「お風呂から上がってたんですね~いや~流石カイトさん。水も滴る良い男って感じですね! あはは……」

「……アリス」

「……カイトさん……その、どうしても……知りたいんですか?」

「……」


 即座に誤魔化しながら話題を逸らそうとしたアリスだが、俺が真剣な目で見つめているのに気がつくと、顔を伏せ小さな声で呟く。


「い、いいじゃないですか……そんなの、知らなくても……今のままで……私が馬鹿やって、カイトさんが叱って……楽しくて、幸せて……それで、いいじゃ、ないですか……」

「……」

「私は、カイトさんに……昔の私を知られるのが……怖いんです」


 それは、彼女が初めて見せた、明確な弱さだった。

 今まで通りでいいじゃないか、これ以上自分を迷わせないでくれ……そんな、悲痛で弱々しい声……アリスの気持ちはよく分かる。

 アリスはきっと、俺がアリスの過去を知る事で、今の関係が壊れてしまうんじゃないかって思ってるんだ。

 その気持ちは、俺にもある……クロノアさんに指摘された通り、俺が回りくどい手段を取ろうとしていたのは、今のアリスと同じ気持ちだったからだ。


 だからこそ、ここでその嘆きを肯定してあげたかった……だけど、もう、残念ながら俺はその扉に手をかけてしまった。アリスの深奥に踏み込む覚悟を決めてしまった。

 そしてなによりも……願ってしまった……今の関係以上を……


「……アリス。俺は、アリスの事を……『守れるように』なりたいんだ」

「……守る? カイトさんが、私を?」

「ああ。勿論、俺の力なんてアリスの足元にも及ばない。それは分かってる……アリスは俺よりずっと強くて、沢山の事を経験していて、なにもかも俺より上だって事はちゃんと分かってる」

「……」

「でも、俺は、苦しんでいるアリスに手を差し伸べられない自分を許せない。守られているだけの自分が嫌だ……俺もアリスを……『アリスの心を守りたい』んだ」

「……なんで……」


 静かに告げる俺の言葉を聞き、アリスは今にも泣き出しそうな声で問い返してくる。

 詳細は口にしていなかったが、なにを聞きたいのかは理解出来る。だから、俺は、自分の想いを素直に口にする事にした。


「……アリスはもう、俺にとってかけがえのない存在なんだ。アリスは、今のままでいいじゃないかって言ったけど……俺はそれよりもっと先の関係になりたいと思ってる。アリスに守られるだけじゃなくて、アリスを守ることのできる……互いに支え合える関係に、なりたいんだ」

「……」

「だから……アリス……お前の事が、知りたい」

「……」


 言うべき事は言った。これでアリスが拒否するのであれば、それ以上は彼女を苦しめるだけ。

 ……だからもう、これ以上はなにも言わない。アリスの返答を静かに待つ。

 アリスはそのまま無言で顔を伏せ、俺達の間には静かな沈黙が訪れる。


 どのぐらいの時間が経っただろうか? 一分? 十分? それ以上? 時が止まったかのような長い沈黙の後で、アリスはゆっくりと口を開いた。


「……面白い話じゃ……ないっすよ?」

「……うん」

「後悔……するかもしれませんよ? 聞かなければ良かったって……」

「絶対にしない」

「……分かりました」


 俺の決意が固い事を確認すると、アリスは溜息を吐いた後で……首を縦に振った。


 拝啓、母さん、父さん――アリスの過去、それは俺にとって重く固い扉のようなイメージだった。彼女が小さな身体で背負い続けたもの、隠し続けた過去。ここがようやくスタート地点、そんな言葉が頭に思い浮かぶ中、アリスの――心の扉が静かに開かれた。

 




活動報告には記載しましたが、バレンタイン番外編はアリス編の流れを切ってしまうので、アリス編が終わってから一気に投稿します。結構なボリュームですよ。

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