閑話・地球神~進化する冥王~
異世界の神……地球神が姿を現すと、シャローヴァナルはそのまま正面に立ち、クロムエイナは一歩後方に下がって片膝をつく。
クロムエイナはシャローヴァナルの半身ではあるが、あくまでこの世界の神はシャローヴァナル。そして今回来訪したのは異世界の頂点。
この場において、地球神とシャローヴァナルは同格で、クロムエイナは一つ格下の扱いとなる為、後方にて待機していた。
「ようこそいらっしゃいました。異世界の神よ……こうして顔を合わせるのは初めてですね」
「挨拶、不要、質問、一件」
「なんでしょうか?」
「待機者、能力、強大、何者?」
地球神は淡々とした口調で、シャローヴァナルの後方……クロムエイナが何者なのかと尋ねてきた。
地球神程の力があれば、クロムエイナの力がシャローヴァナルに匹敵するものである事は即座に理解できていた。だからこそ、その正体が気になった。
「こちらは、クロムエイナ。私の半身であり、対存在です」
「汝、自身、分割?」
「その通りです」
「納得」
シャローヴァナルの説明を受け、地球神は納得したと告げてからクロムエイナの方に視線を動かし、そして軽く顔を縦に動かす。
それが発言しても構わないというサインであると認識し、クロムエイナは一度深く頭を下げてから口を開く。
「お初にお目にかかります。異世界の神様……クロムエイナと申します」
「敬語、敬称、不要、汝、同格」
「……分かった。じゃあ、改めて、よろしくね」
「承知」
地球神がクロムエイナを同格であると告げた事により、この場においてシャローヴァナルと同様に自由に発言する権利を得た。
その事を理解して立ち上がり、いつもの口調でよろしくと伝えると、地球神は変わらぬ表情のままで頷く。
「……折角同格だって言ってもらえたわけだし、ボクから一つだけ、いいかな?」
「許可」
「ありがとう……大体の事はシロから聞いてる。カイトくんに危害を加えないって約束も聞いた……だけど、それだけじゃなくて、この世界の生物に対して、自己防衛以外で危害を加えないと約束してもらえないかな?」
「可能……条件、一」
地球神の言葉を聞き、クロムエイナは微かに眉を動かす。
正直言って彼女としては、この要求が素直に通るとは思っていなかった。相手は異世界の頂点、その行動に制限をかけるような要求は不敬ととられても仕方が無い。
しかし地球神は特に気にした様子もなく、クロムエイナの要求を飲む事は可能であると伝え、その為には条件が一つあると続ける。
「……条件?」
「我、分体、初作成。故、試運転、必要……戦闘、要求」
「初めて造った分体だから、慣らす為に戦えって事かな?」
「肯定」
「……シロ」
「ええ、すぐに空間を造ります」
地球神が提示した条件は、クロムエイナとの戦闘。
地球神は分体を造るのは初めてらしく、試運転として全力で戦闘を行いたかった。元々はシャローヴァナルに要求するつもりだったが、クロムエイナを一目見てシャローヴァナルに匹敵する力を持つ事は分かった。故に相手はどちらでも良かったが、要求をしてきたクロムエイナの方がスムーズに話が進むと判断し、そちらと戦う事にした。
クロムエイナが頷きながら立ち上がると、シャローヴァナルが神界に被害が及ばないように、普段クロムエイナと喧嘩をする時と同じ空間を造り出し、そこへ両者を転送した。
片や、この世界の頂点たるシャローヴァナルの半身。片や、異世界の頂点たる神の分体。その戦いは苛烈を極めた。
この空間でなければ、世界が数個滅んでいた程の凄まじい戦闘……その戦いは、全くの互角と言って良かった。
「……はぁ……カイトくんの世界の神……強っ……こんなに疲れたのは、いつ以来だろう」
「感嘆、汝、強者」
黒い髪のシャローヴァナルと同じ姿になっているクロムエイナが呟くと、地球神は軽く手を叩き賞賛の言葉を告げる。
「そりゃ、どうも……そろそろ、良いかな?」
「肯定、戦闘、感謝」
このぐらいで切り上げるかと提案したクロムエイナ言葉に、地球神も同意する。
その反応を見たクロムエイナは、シャローヴァナルと同じ姿のままで一度頷き……少し間を開けてから口を開く。
「……これだけは、言っておくよ」
「……?」
「もし、君が、約束を破ったら……その瞬間、ボクはその分体を消し飛ばす」
「汝、我、能力、互角、実行、不可能」
鋭い目に殺気を込めながら告げるクロムエイナに対し、地球神はあくまで淡々と返答を行う。
お前と私の実力は互角……仮に約束を破ったとしても、その瞬間に私を倒すのは不可能だと……
「……そうだね。ボクと君の力は殆ど互角……『このままの姿だったら』ね」
「理解、不能」
「前までのボクにとって、一番力を発揮できるのはこの姿『だった』……でも、それはさ、口では違う存在だって言いながらも、ボクが心の底で自分はシロの半分で、それが本当の姿だって考えてた証拠だった」
「……」
今まで、クロムエイナにとって最大の力を発揮できるのは、シャローヴァナルと同じ姿の時だった。
それはクロムエイナにとって、その姿が己の本当の姿だと認識していたからこそ……ならばもし、それが変われば?
「……君と『前までのボク』は互角だった……でも……ボクを変えてくれた愛しい子がいる」
その言葉を共にクロムエイナの体を黒い霧が包み込み、その霧が収束するように集まったかと思うと……そこには、普段の少女の姿であり、髪だけが長くなったクロムエイナが現れた。
「ボクの心を抱きしめてくれて、暖かく支えてくれて……だから、ボクは、カイトくんの為なら……もっと、どこまでも、強く進化できる。だから……」
「ッ!?」
そこで今まで表情の変わらなかった地球神の顔が変わり、驚愕と共に大きく目が見開かれる。
いつの間にかクロムエイナは地球神の眼前にいて、その顔の前で拳を寸止めしており、地球神の力を持ってしてもその動きを見る事が出来なかった。
「今のボクは『シロより強い』よ」
「驚愕、知覚、不可」
「覚えておいて、カイトくんに掠り傷の一つでも負わせたら……ボクは絶対に許さない」
静かにそう告げた後、クロムエイナは拳を引き、その空間を後にした。
戦いが終わり、いくつか言葉を交わした後で、地球神はこの世界を見学してくると告げて姿を消した。
神域に残ったクロムエイナとシャローヴァナルは、静かに顔を見合わせて言葉を交わす。
「……どうでした?」
「……正直、なに考えてるか全然分からない。結構強めに牽制してみたけど、反応は淡々としてたし……どこまで本気なのかも分からないよ」
「そうですか」
戦闘という機会を得て、クロムエイナは地球神という存在を測っていた。しかし、残念ながらその結果は彼女にとって満足のいくものでは無く、依然疑問は大きいまま。
「……戦いも、まるで予め設定した動きをなぞってるみたいだったし、誘いやフェイントには全く乗ってこなかった。凄く不気味だね……まるで、物凄く高性能のゴーレムみたいだったよ」
「……気は抜けないと、そういう事ですね」
「うん。目的も真意も、全然読みとれなかった……しばらくは、動きに注意しておこう」
結局彼女達にとって、地球神の真意は謎のまま……果して、先程の戦いが『本気だったかどうか』さえも分からなかった。
クロムエイナとシャローヴァナルは、険しい顔のままで、地球神が現れた金色の門を見つめる。
これからなにか、大きな波乱が起るのではないか? そんな不安を心に宿しながら……
Q、アリス編はいつ始まるの?
A、いつから錯覚していた? まだアリス編が始まっていないと……