似た性格をしているらしい
光の月7日目。明日はハイドラ王国にて俺のド忘れが発覚し、早急に行う事となったアリスとのデートの日だ。
殆どいつでも護衛についていて、常に傍にいるような感じなのに改まってデートというのもくすぐったいが、メインは豪華なランチとディナーである。
豪華と銘打つからには、いつものように焼肉という訳にもいかないだろう……しかし、そもそも俺は高級料理=フレンチ程度の認識しかない庶民な訳で、豪華な食事と言われても店が思い浮かばなかった。
なのでシンフォニア王国に帰ってきてから、数日時間を貰いリリアさん達に聞いて店を探し、そのかいもあって無事に明日の目処がたったので、今日は別の用事で出かけてきている。
「……うん、このぐらいでいいかな? ありがとう、ミヤマくん」
「あっ、終わりましたか?」
明るい笑顔で採血が完了した事を告げるフィーア先生の言葉を聞き、捲っていた服の袖を元に戻す。
以前したノアさんの貧血治療の為に献血をする約束。フィーア先生曰く、月に一回程度都合のいい日に採血をさせてくれればいいと言う事だったので、予定のない今日は診療所に足を運んだ。
ちなみに血はやっぱり新鮮な方が良いらしく、俺が事前に訪問を伝えるハミングバードを飛ばすと、フィーア先生の方からノアさんにも連絡が行くようになっている。
そしてフィーア先生は俺から採った血を、別の血が入っている容器に入れ、混ぜ始めた。
「あぁっ……ま、混ぜてしまうのですか?」
「うん。この前みたいな事になったら困るからね。混ぜて少し薄めるよ」
「そんな……私は、ありのままのミヤマさんを味わいたいのに……」
「……うん。ノアさん。もうちょっと、言い方考えよ?」
血を混ぜると言う行為に抗議したノアさんだが、なんか妙に表情というか口調が色っぽい。体型は小柄だが、やはり未亡人というべきか、頬を染めながらの流し目はとんでもない色気で、妙にドキドキした。
しかも、なんか以前会った時より露出が多いと言うか……なんでスリット入ってるスカート履いてきてるのやら、健全な男としては非常に目のやり場に困る。
「と、ともかく、ノアさんとミヤマくんの血は、相性が良過ぎるから駄目」
「……相性が良過ぎると駄目なんですか?」
なんだか変にいたたまれない気分になっていたので、気持ちを切り替える為にフィーア先生が口にした言葉について質問してみる。
相性が良過ぎると駄目というのはなぜだろう? 薬も効きすぎると体に悪いって言うし、そんな感じなのかな?
「……あ~いや、えっとね」
「うん?」
そんな純粋な疑問からの質問だったが、なぜかフィーア先生は困った表情を浮かべ、視線を泳がせ……少ししてから、溜息を吐きつつ口を開く。
「……ええと、ヴァンパイアにとって吸血行為ってさ、その『性的興奮』に繋がるんだよね」
「……へ?」
「ノアさんは、ハーフだから、よっぽど相性の良い血じゃないとそうはならないんだけど……ミヤマくんの血は、相性が良過ぎるから……」
「……な、成程……」
フィーア先生の言わんとする事は分かった。そしてなぜ言いにくそうにしていたのかも、理解出来た。
つまるところ、本当に極端な言い方をすれば……俺の血はノアさんにとって媚薬みたいなもので、薄めて飲まさないと以前みたいに我を忘れてしまうらしい。
……てかそれ、ノアさんの方は承知の上だよね? やたら色っぽい視線を向けてたのはそのせい!?
気持ちを切り替えるどころか、余計変に意識してしまい気まずさを感じつつ、コップに入っている血を飲んでいるノアさんをチラチラと見る。
時々目が合うと、ノアさんは優しげに微笑んでくれ、それが変に気恥ずかしくて目を逸らす。
「……はぁ、やっぱりミヤマさんのはとても美味しいです。ですが、やはり私は、もっと濃くてねっとりとした……ミヤマさんだけを味わいたいですね」
なんでこの人はいちいち誤解を招くような言い方するの? わざと? わざとなの?
「あっ、そうそう、ミヤマくん……はい、これ」
「え?」
「少ないけど、謝礼だよ」
「え? い、いや、別にお金とかはいいです」
フィーア先生が謝礼だと言って、恐らくお金が入っているであろう小さな袋を持ってきたので、反射的に断ってしまった。
「いやいや、治療に協力してもらってる訳だから、そこはちゃんとね」
「いえ、あくまで俺は知り合いであるノアさんの為に協力してるだけなので……なんかお金とかを受け取ってしまうと、その為にやってるみたいで……」
「き、気持ちは分かるよ。だけど、それじゃあ私の気が済まないから……」
「い、いえ、結構です。それに、俺の居た世界では、献血は善意で行うもので、基本的に無償でしたからね」
「こ、ここで別の世界の話を持ち出すのはずるいよ!」
……ずるいって、なにに対してだろう? ま、まぁ、ともかくフィーア先生はなんとかお金を渡したいみたいで、喰い下がってくる。
「と、ともかく受け取って、ミヤマくん」
「いえ、ここは断固として遠慮させてもらいます」
「そ、そうだ! 前にミヤマくんには迷惑もかけちゃったし、そのお詫びも兼ねて……」
「それに関しては謝罪を頂きましたし、ルナマリアさんのせいなので、フィーア先生が責任を感じる事はありませんよ。むしろ、良い骨休めになりましたし、今は感謝してます」
「で、でも、ほら、ミヤマくんだって若いんだし、色々お金はいるでしょ?」
「お金がかかる趣味がある訳でもないので、本当に大丈夫です」
「む、むむむ……が、頑固者めぇ……」
「フィーア先生こそ……」
互いに譲らず、結果としてそのまま長い事不毛な争いを続け……最終的に、フィーア先生の作っている美味しいハーブティーを、お礼として少し分けてもらう事で合意した。
そんな俺達の喧嘩とも言えない争いを、ノアさんだけは微笑ましそうに見つめていた。
「……似た者同士、ですね」
拝啓、母さん、父さん――以前の約束通り、ノアさんの治療に協力したよ。ただ、そのお礼をめぐって、少しフィーア先生と衝突した。ノアさん曰く、俺とフィーア先生は――似た性格をしているらしい。
神界にある神域、普段は空中庭園となっており、不要な建造物は基本的に存在しないその地に、現在は巨大な黄金の門が出現していた。
明らかに異質であり、それでいて神々しさを感じる門の前には二つの影。
「……どういう事? ボクに力を貸してほしいって……それにこの門、これって……」
「……近く、快人さんの世界の神……便宜上『地球神』と呼称しましょう。ここにやってきます」
「カイトくんの世界の神?」
「言い方を変えましょう。近くここに、私の加護下にある『快人さんを殺せる存在』がやってきます」
「ッ!?」
シャローヴァナルが告げた……否、言い直した言葉を聞き、クロムエイナの目が鋭いものへと変わる。
現状、この世界においてシャローヴァナルの加護下にある快人を、『本当の意味で殺せる』存在はシャローヴァナルとクロムエイナだけ。
単純に殺すだけであれば、六王或いは最高神であれば可能だが、シャローヴァナルの力なら快人が死んでも生き返らせる事が出来る。
つまりこの場において、シャローヴァナルが告げた言葉の意味は、今からここにくる地球神がその気になれば、快人の存在自体をこの世界から抹消出来る。シャローヴァナルの力をもってしても、蘇生が不可能な状態にする事が出来る存在という事。
その言葉は、クロムエイナにとっては聞き捨てならないものだった。
「……凄い神なの?」
「ここに来るのは分体という事ですが、本体の力は『完全な状態の私』とほぼ同等と見て良いでしょう」
「……成程、それなら分体でも、一体しか作らないなら……ボク達と互角の力を持っててもおかしくないね」
「ええ」
地球神の力は完全な状態のシャローヴァナル……即ち、クロムエイナと分離する前のシャローヴァナルと互角。それは正しく全能と言って過言ではない、絶対的な力といえた。
しかし、あくまでこの世界に来るのは分体……本体に比べれば力は数段落ちる。ただ、それでも現在この世界において最強の存在である両者と互角程度の力は持っている可能性が高い。
「その地球神が、カイトくんに危害を加える可能性があるって事?」
「……その可能性は低いでしょう。地球神は非常に冷淡で、効率を重視する性格ではあります……が、少なくとも私に対しては、勇者召喚という行為を容認する程度には友好的です。事前に釘もさしましたので、短絡的に私と敵対する行為を取るとは思えません……が」
「絶対とも言いきれない?」
「はい。あの神の事は、私もよく分かっているとは言い難い……もし仮に、強硬な手段に出てきたとしたら、私だけでは対応が間に合わない可能性があります」
「……だから、ボクを呼んだんだね」
「はい」
相変わらず抑揚のない声ではあったが、シャローヴァナルの声にはどこか緊張の色が見て取れ、それは即ち地球神という存在が、シャローヴァナルをもってしても一筋縄ではいかないというなによりの証明だった。
それを理解したからこそ、クロムエイナも真剣な表情に変わり、静かに黄金の門を見つめる。
「……その地球神は、なにをしに来るの?」
「私に変革をもたらした快人さんに興味があり、直接接触するつもりみたいです。正直言って、私も驚きました……あの神は『監視はしても管理はしない。人間は既に己の手を離れた』と公言していましたので……」
「なんか、昔のシロみたいだね」
「まぁ、そのような感じでしょうね。石頭です」
「……シロが他者を石頭って……変われば変わるもんだよね。まぁ、うん。分かった……いくらでも協力する」
「助かります」
言葉を交わすクロムエイナとシャローヴァナルの前で、ゆっくりと……黄金の門が、淡い光に包まれ始めた。
光は徐々に、しかし確実に強く眩くなっていき……それに呼応するように、少しずつ黄金の門が開いていく。
「っ……成程、凄い魔力だ」
「……」
その瞳は虹の如く何色もの色が折重なっているようにも、騙し絵の如く濃淡の違うだけの一色にも見える極彩色で、まるで見る者によって姿を変える幻想にすら見えた。
性別の垣根を越えるあまりにも整った中性的な顔立ちは、黄金に輝く癖の強い髪と相まって、幻想的な美しささえ感じる。
そしてなにより目を引くのは、その背にある10対、20枚の純白の羽……後光と共に見えるその姿は……人知を超えた存在だった。
「出迎、感謝」
奇しくも同じ構え
快人・フィーア「(まさか、同じお人好しタイプの……)」