気に入ってくれて良かった
ハイドラ王国に来て4日目の早朝。俺は街の門の前まで、光永君の見送りに来ていた。
「宮間さん、見送りに来て頂いてありがとうございます。すみません、結局余りお話しできなくて」
「いやいや、仕方ないよ。・光永君は勇者役で忙しいんだしね……そう言えば、昨日の演説見たけど、凄く立派だったよ」
「ありがとうございます。まだまだ宮間さんには敵いませんが、少しずつ頑張っていきます」
おかしいな? 今サラッと、光永君が俺に敵わないとかそんな可笑しな事を言ったように聞こえたぞ?
いや、きっと聞き間違いだろう。だって別に光永君が俺に敵わないとかそんな要素無かったもん。
「……い、一応念の為に聞き返すんだけど、光永君今……俺に敵わないとか、言った?」
「え? あ、はい。なにせ宮間さんは六王様と次々に交遊を持ち、幻王様まで配下にして、既に世界の一角を担う権力を持ってますから」
「……い、いや、そんな大層なもんじゃないよ……特に幻王」
「……え?」
光永君はカトレア王女を通じて色々俺の噂を聞いているらしく、どうやら本当に俺が凄まじいと思っているらしい。
だが、それは大いなる誤解だ。凄いのは俺の周りにいる人達であって、決して俺が凄い訳ではない。俺はどこにでもいる平凡な……平凡な……平凡って事じゃ駄目かな? そろそろ自分でも苦しくなってきた気がするけど……
そのまましばらく光永君と雑談をしていると、出発の準備を終えたカトレア王女が近付いてきた。
「ミヤマ様、今回の件は本当にありがとうございました。ミヤマ様が居てくださらなければ、我々はかなり不利な立場になっておりました」
「あ、いえ、あくまで助けたのは幻王なので……」
「ええ、どうか幻王様にも心から感謝していたと、お伝えください」
「分かりました」
俺は知らなかったんだが、勇者役が襲撃を受けると言うのは場合によっては大問題になる事もあるらしい。
しかし今回はアリスが素早く動いてくれ、黒幕も含めて全員早急に確保出来た事もあり、カトレア王女の立場としては本当に助かったと言っていた。
「それでは、ミヤマ様。我々はこれで失礼致します。またお会いできることを、心から願っておりますわ」
「こちらこそ、どうか道中お気をつけて」
「……宮間さんの方も色々大変だとは思いますけど、頑張ってください」
「うん。光永君も勇者役、頑張って」
「はい! それでは!」
その声とともに待機していた馬車が動きだし、光永君は大きく手を振りながら、カトレア王女は小さく会釈して去って行き、俺はその姿を見送った。
そして光永君達の一行が見えなくなってから、街に向かって歩き出し、ついでにアリスに話しかける。
「アリス、カトレア王女がありがとうってさ」
「全く興味ゼロですね~カイトさんに関係なきゃ、私は手助けなんてしませんでしたよ」
「それでも、助かったのは事実だよ……だから、俺からも改めて、ありがとう」
「うっ……ど、どういたしまして……」
俺の口からもお礼の言葉を伝えると、アリスは少し恥ずかしげな声で言葉を返してから姿を消した。
さて、光永君達を見送るという目的を達した後は、約束していたフェイトさんとのデートだ。
どこを回ろうかなんて考えながら、宿屋の前でフェイトさんと合流する。
「カイちゃ~ん。今日はよろしくね~」
「はい。こちらこそ……じゃあ、さっそく行きましょうか?」
「了解だよ! じゃ、出発!」
フェイトさんは普段と服装が変わっていたりはしなかったが、機嫌は非常に良さそうで、ニコニコと笑顔を浮かべながら片手を上げ、俺と一緒に街へ向けて歩きだす。
一歩、二歩、三歩と足と進め……フェイトさんはふいに足を止めた。
「……しんど」
「ダレるのはやっ!?」
まだ三歩しか歩いてないんですけど!? もうだらけ始めたよこの方!? もうちょっと頑張っても良いんじゃないですかね!?
分かりやすいほどテンションが急落したフェイトさんに呆れた目を向けると、フェイトさんはチラリとこちらを見て口を開く。
「カイちゃん、ものは相談なんだけど……部屋の中でいちゃいちゃするとか、合体するとか……どうかな?」
「却下!」
「うぇぇぇぇ……あ、アレだよ。私は日光の下だと体力がぐんぐん落ちるんだよ」
「大丈夫です。貴女はヴァンパイアじゃなくて、神族です」
昨日搦め手も覚えてきたのかと戦慄したが、やはりフェイトさんはフェイトさんだった。清々しいまでのドストレートな要求……さっそく頭が痛くなってきた。
俺が大きく溜息を吐くと、フェイトさんは少し考えるような表情を浮かべた後、両手を広げてこちらを見る。
「じゃ、じゃあ! カイちゃん、おんぶして~」
「却下です。却下」
「うえぇ~」
その姿は大変可愛らしかったが、流石にデート中ずっとおんぶしているのは辛いので却下する事にした。
「うぅぅ、それじゃあ私歩けないよ~しんどいよぉ~」
「……どんだけぐうたらなんですか……」
「あ~失敗した。こんな事なら、クッション置いてくるんじゃなかったよ……」
「……はぁ」
速攻で駄々をこね始めたフェイトさんには呆れ果てたものだが、確かに思い返してみればフェイトさんは普段空飛ぶクッションに乗って移動しており、歩いている姿はほとんど見ていない。
この街に来るまでの間だって、俺の背中に乗ってた訳だし……歩くのすら面倒らしい。
俺は再び大きく溜息を吐きながらも、このままではデートが進まないので、順序は変わるが先にプレゼントとして用意しておいたクッションを渡す事にする。
「……仕方ないですね。本当は最後に渡そうと思ってたんですけど……」
「うん? なになに?」
「どうぞ、フェイトさんの為に用意したプレゼントです」
「お、おぉぉぉ!!」
そう言いながらマジックボックスから取り出したのは、アリス作の人を駄目にするクッション……要するに柔らかいクッションだ。
それを見たフェイトさんは大きく目を見開き、キラキラと輝くような目で俺を見つめる。
「く、クッションだ! カイちゃんが、私の為にクッションを……」
「フェイトさんが好きなものが分からなかったので、思い付いたのはこれでした」
「う、嬉し――はっ!? おっと……言っとくけど、カイちゃん。これでも私は、クッションには凄くうるさいからね。生半可なクッションで、私を満足させられると思ったら大間違いだよ!」
一瞬嬉しいと言いかけたが、なんかクッションに関しては変なプライドがあるらしく、フェイトさんは気を取り直すように真面目な顔で宣言してきた。
そのようすがあまりに可愛らしく、思わず苦笑してしまう。
「大丈夫だとは思いますよ……これは俺の居た世界でも人気だった『人を駄目にするクッション』ですからね」
「なにその物凄く素敵な響き!? 駄目になるの! 駄目になれちゃうの!? 最高じゃないか!」
「……いや、その反応はおかしい」
なんで嬉々として駄目になる事を喜んでいるのかなこの方は……後、安心して下さい。貴女は出会った時から駄目な女神です。その評価に関しては少しも覆っていません。
ともあれフェイトさんはこのクッションに興味を持ってくれたらしく、俺からクッションを受け取り……そして目を見開いた。
「な、なに~!? こ、このクッションは……な、なんて柔らかい。ふ、触れた指が吸い込まれるみたいだよ!」
「中に小さなビーズがいっぱい入っていまして、それで凄く柔らかくなってるんですよ」
「ふぉぉぉ! 凄い、カイちゃん! コレ凄いよ……ど、どれどれ……」
流石は人を駄目にするクッション。駄女神に恐ろしいほど効果的で、フェイトさんは嬉々とした様子でクッションを触りまくり、少しして状態保存魔法らしき術式を展開した後で、そのクッションに飛び乗った。
「あぁぁぁぁ~凄い。これしゅごぃ……ふぁぁぁ、もう、私ここに住む……」
「……」
フェイトさんとクッションの相性は抜群らしく、フェイトさんはもう全身チーズみたいに蕩けた……見るからにだらけきった格好になりつつ、クッションを浮遊させて俺の横に並ぶ。
「カイちゃん……これ、最高……ありがとぉぉぉ~」
「気に入ってもらえたなら良かったです」
「うん、やっぱりカイちゃんは素敵だ~大好きだよ~お礼にキスしてあげよっか?」
「結構です」
「そこは、即断即決で拒否しなくてもいいんじゃないのっ!?」
なんか今までよりだらけてない? ま、まぁ、それだけ気に入ってくれたって事だろうけど……まぁ、いいか。
拝啓、母さん、父さん――フェイトさんとのデートが始まった訳だけど、やっぱりフェイトさんはフェイトさんだった。順序が代わって先にプレゼントを渡す事になったけど、ひとまず――気に入ってくれて良かった。
Q、元々駄目な女神に人を駄目にするクッションを渡すとどうなるの?
A、元々駄目な女神と人を駄目にするクッションが混ざり合い、駄目な方向にケミストリーして、駄目な進化を遂げて、さらに駄目になる。