商会と専用ブラシ⑲
トロワとの話がある程度まとまり、コーネリアはドッと疲れたような気持ちになっていた。貴族令嬢としては、ここは疲労を飲み込んで何事もない表情をすべきなのだが、それほどの余裕はなく疲れが表情に出てしまっている。
これがただの夜会の場などであれば、周囲に侮られるような隙を見せるなと叱咤したであろうシャロン伯爵も、今回ばかりは娘を咎める気にはならなかった。
なにせ伯爵家当主として様々な駆け引きを経験してきた己でさえ、気を抜けば疲労が表情に出てしまいそうなのだ。まだまだ経験の浅いコーネリアが顔に疲れを出してしまうのは、仕方ないとすら思えた。
(……これで、すべてが終わったわけではありませんし、まだまだ備えるべきことはあるのですが……とりあえずいまは考えたくないです。ゆっくり温かい風呂に入って、心を落ち着かせたい……アロマオイルとアロマキャンドルを使って、できるだけリラックスして……)
魔法具の歴史を大きく変えるであろう新技術に、気付いた時には掌で踊らされているほどに格上のトロワという舌戦の怪物との話し合いと、精神的疲労がたまる要素は多かった。
まだまだ、今後を思えばバッカス、グラトニー、アメルと名立たる者たちが控えているのだが、それをいま考えたくはなかった。
そんな風にコーネリアが考えていると、そのタイミングでトロワが口を開く。
「さて、セーディッチ魔法具商会としての話は終わりなのですが、それとは別件でコーネリア令嬢に伝言を預かっているのですが、お伝えしてもよろしいですか?」
「え? わ、私にでしょうか?」
「ええ、当商会の経理部の特別顧問であるとテトラからなのですが、あくまで特別顧問としてではなく、テトラ個人としてのものです」
「テトラ様が……えっと、どのような内容でしょうか?」
トロワの言葉を聞いて、コーネリアは首を傾げた。確かにテトラとは、以前に快人の紹介で知り合って挨拶もしているが、魔法具商会としてではなく個人としてコーネリアに伝言と言われても、用件が想像できなかったからだ。
「その前に確認をさせていただきたいのですが、我々の掴んでいる情報ではヴィクター商会に関してはコーネリア令嬢が今後代表になっていくという認識でよろしいでしょうか? もし、まだ話せない内容であればお答えいただかなくても大丈夫です」
「そうですね。近い内に、ヴィクター商会に関してはコーネリアを代表に据える予定ですが……それが、テトラ様の伝言に関係するのでしょうか?」
トロワがヴィクター商会に関する情報を掴んでいるのは問題ない。正式に決定したのは数日前ではあるが、コーネリアがヴィクター商会の代表になること自体は、事前に想定して準備をしていたので、その情報を掴んでいたとしても不思議ではないし、特に隠す必要があるものではない。
「ええ、それではテトラからの預かっているこちらを確認ください」
「この魔法具は?」
「音声を記録して再生できる魔法具です。性能に対してコストが高すぎるため商品化は見送りましたが、テトラは試作品を買い取って個人的に使っています。まぁ、この魔法具に関しても新技術で商品化が現実的になるかもしれませんが……ひとまず、テトラからのメッセージが記録されていると認識していただければ大丈夫です」
トロワがテーブルの上に置いたのは、音声記録魔法具であり、せいぜい数分の音声しか記録できないにもかかわらず製作コストがやたらと高く術式も複雑で、商品化を見送った試作品である。軽く説明してからトロワがその魔法具に触れると、記録されていたテトラの声が再生される。
『コーネリア令嬢、以前軽い挨拶を交わした程度の間柄でいきなり伝言を送り付ける無礼を許してもらいたい。さて、あまり長いメッセージは記録できないのでさっそく本題に入らせてもらうが、用件はトロワから少し聞いているかもしれないがヴィクター商会に関してだ。コーネリア令嬢が代表になるということだが、施設拡大などそれなりに大きな投資が必要であるにも関わらず、出資者を募ると他の貴族が絡んでくる可能性があって難しいのではないだろうか?』
テトラの指摘はその通りであり、確かに工房の拡大やコーネリアを代表とした体制の変更、今後の販売展開などを考えれば相当の金額が必要であるのは間違いない。
通常であれば出資者などを募るのも手なのだが、それをすると利権に噛みたい貴族が手を回してくる可能性もあり、コーネリア自身がいま金の卵を産む鶏状態であり、あまり他の貴族につけ入る隙を与えたくはないという状態ではあった。
現時点ではコーネリアに強い後ろ盾も無いため、シャロン伯爵家が少々無理をしてでも大金を投じるつもりではあった。
『……そこで提案なのだが、ボクを出資者にする気は無いかい? セーディッチ魔法具商会は関係なく、あくまでボク個人の出資だ。金脈の覇者と呼ばれたボクの名において、満足いくだけの資金を用意することを約束するよ』
「ッ!?!?」
テトラは経済界でも非常に名のしれた存在であり、世界一の金持ちと言えばクロムエイナだが、テトラも個人資産で言えば世界で十指には確実に入るであろう存在であり、アルクレシア帝国貴族の中ではそれなりに資金力があるシャロン伯爵家であっても、まるで歯が立たないほどの財力を持つ存在だ。
『なぜ、という疑問を抱いているとすれば、その答えはシンプルだ。実は以前に、カイトにコーネリア令嬢に配慮して欲しいと直接頼まれてね。ボクは大好きな相手の頼み事は断れないタイプでね。頼まれたからには全力で君の力になるつもりだ。なんなら、煩わしい周囲を牽制……ボクが個人的に、コーネリア令嬢の後ろ盾になっても構わないと思っている』
「あわわわ……」
『是非、一度検討してみてくれ。それでは、また』
その言葉と共にメッセージは終わり、極寒の地に取り残されたかのように小刻みに震えるコーネリアが残る結果となった。
(……テトラ様が後ろ盾に? あ、あの、話が!? 話があまりにも大きくなっているのですが!? カイト様ぁぁぁぁぁぁ!?)
あまりにも凄まじい快人の影響力に戦慄しつつ、コーネリアは心の中で悲痛な叫びを上げていた。
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快人くん「コーネリアさんに配慮お願いしますね」
テトラ「任せておきたまえ、愛する君の頼みだ。全力で彼女をサポートしよう」
コーネリア「ひぇっ……」
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シリアス先輩「すげぇだろ、これ善意100%なんだぜ? 快人としては、ちょっといい感じに配慮してあげて~的な意味合いで言ったんだろうが、テトラがガチで快人LOVEなせいで、快人の願いだからを本気出した結果、コーネリアの胃が吹き飛ばされると……おかしいな? 皆、善意で動いてるはずなのに、なんで悲劇が生まれてるんだろう……」




