商会と専用ブラシ⑱
正直頭が付いて行っているかというと怪しい部分があるが、それでも話を進めなければならない。とはいえ、現在の混乱しているといっていい状況で実際に提携や共同開発を行う際の条件の話し合いには移行したくなかった。
「……とても素晴らしいお話だと思いますし、当家に話を持ってきていただいたことは光栄の極みです。しかし、あまりにも大きな話なので、まずは様々な部分の疑問などを解消したいと思うのですが……」
「ええ、もちろんです。私が解答できる範囲であれば、すべてお応えしますので……いまはとりあえず、契約を結ぶかどうかというのは脇に置いておいて、今日の話し合いの中でシャロン伯爵にコーネリア令嬢の不安点や疑問点を解消できたらと考えていますので、どうぞお気軽にご質問ください」
まずはいろいろ質問をしたいというシャロン伯爵の言葉を聞いて、トロワは穏やかな微笑みを浮かべて快く了承する。
柔らかく優し気な雰囲気に、落ち着いた穏やかな佇まい。さすがは世界最大の商会の営業部門のトップだけあって、纏う雰囲気だけで話しかけやすい空気があった。
「それではまず、この新技術において想定している……」
そして、トロワは宣言通りそこからシャロン伯爵とコーネリアの質問にひとつずつ丁寧に答えていった。トロワは非常に紳士的で誠実であり、シャロン伯爵やコーネリアの質問に対して本当に真摯に解答してくれた。
不安に感じる部分があれば、その不安点が解消できるまで丁寧に説明し、小さな疑問点にも言葉を濁したりすることなく答えてくれる。
丁寧で分かりやすい説明、こちらの不安要素を親身に寄り添うように解消、必要とあれば仮に契約を結ぶに至った場合にどういう形になるかの想定、セーディッチ魔法具商会側とシャロン伯爵家側の権利関係の割り当てなども含めて話は進み、当初は緊張気味だったシャロン伯爵やコーネリアもトロワの柔らかな雰囲気にいつしか会話も弾むようになっていく。
そして、ある程度話が進んだところで……コーネリアは背筋が凍りつくような感覚を覚えた。チラリと横を見てみると、シャロン伯爵もどこか青く見える表情で頬を汗が伝っていた。
なぜ? どうして? と疑問が湧いてくるが、答えは出てこない。トロワはずっと優しく紳士的であり、疑問や不安を解消するという宣言通りに、基本的にはシャロン伯爵やコーネリアの質問を待って返答している形だ。
そう、質問をしているのはシャロン伯爵家側であり、トロワはこちらが尋ねたことに解答したり補足を入れたりしているだけ……どの話題を振るかの選択権は、シャロン伯爵やコーネリア側にあるはずだった。
……だが、いつしか気付く。
当初は契約などを実際に結ぶかどうかの前段階の話で、自分たちもそのつもりで質問をしていた。だが、いつからだろう? 会話を思い返してもどのタイミングからかは分からないが……シャロン伯爵もコーネリアも、いつの間にか話の内容を、『契約を結ぶ前提で、条件の擦り合わせ』にしてしまっている。
(……今回は説明だけを受けて、話を一度持ち帰って検討すると……そういう話になるはずだったのに、いつの間にか本当に気付かないほど自然に、優しく手を引かれるように……条件の擦り合わせにまで話が進んでしまっています!?)
そう、いまになって考えてみれば気付けたのだが、先ほどまでは気付くことさえできておらず、もう既に話は条件の擦り合わせにまで進んでしまっており、それこそこの場で条件を話し合って、後日契約書という形にした上で契約の締結という段階に進んでいる。
(で、ですが、凄くいい条件……ですよね? それこそ、こんなにこちらが有利でいいのかと思うほど、好条件で納得できる内容ですし……契約に進んでも問題はないのでは?)
驚きはしたが、実際に擦り合わせている条件はかなり魅力的なものであり、コーネリアだけでなくシャロン伯爵も同じことを考えているように見えた。
コーネリアが快人の友人という立場だからかなり好条件にしてくれたのかもしれないが、ともかくセーディッチ魔法具商会側が、シャロン伯爵家側に有利になるような条件を提案してくれているのなら断る理由もない。
結局そのまま条件の擦り合わせは進んでいき、シャロン伯爵もコーネリアも納得できる話し合いとなったのだが……纏まった条件を、一度紙に書きだす段階になって……ふたりの顔は再び青ざめた。
印象に残っている条件は、確かにシャロン伯爵家側が有利ではある。だが、非常に細かな条件など含めてすべて書き出した上で確認してみると……ほぼ五分五分の条件だった。
「それでは、シャロン伯爵家側が問題無いようでしたら、次回までにこの条件で契約書を作成してきます」
ここまで来れば、理解できる。書き出した紙を見てみれば、確かにどの条件も話し合いを行ったものではある。だが、コーネリアの頭に強く印象に残っている話は好条件のものばかりで、シャロン伯爵家側が不利な条件に関しては、確認してみれば確かに話し合ったと思えるが、驚くほどに印象に残っていなかった。
恐らくというか、これも全てトロワによるものだろう。トロワは、表情や雰囲気だけでなく、声のトーンや会話の間、言葉の順序などを巧みに調整し、どの話がコーネリアたちの印象に残りやすく、逆にどの話が他の話に埋もれて印象に残り辛いかをコントロールしていたのだ。
序盤の質問も、中盤の気付きも、終盤の条件の擦り合わせも……どれも、シャロン伯爵もコーネリアも自分自身で考え、選択をしてきたはずだ。
例えるのなら未知の巨大な迷宮に自ら足を踏み入れ、分かれ道や進む順番、様々な選択肢を選んで進んできたはずなのに……まるで最初から、辿り着くゴールはトロワによって決められていたかのような、そんな錯覚を覚えた。
(……舌戦の怪物)
もう、理解できる。戦慄すると同時に安堵した。おそらくというか、間違いなく快人のおかげだろう。今回の契約の条件がセーディッチ魔法具商会側とシャロン伯爵側で五分五分の対等のものとなったのは……トロワが初めからその割合に持って行くつもりだったからだ。
トロワがその気になれば、セーディッチ魔法具商会側が格段に有利な条件でも容易く契約を結べたと、そう確信できるからこそ、その展開にならなかったことにシャロン伯爵もコーネリアもただただ安堵していた。
シリアス先輩「さすがに、トロワ相手だと伯爵でも分が悪いか……」
???「まぁ年季が違いますからね。いまとなっては、基礎を教えて育てたクロさんでも、トロワさん相手に舌戦で勝つのは難しいでしょうしね。まぁ、わた……アリスちゃんは、トロワさんに舌戦で負けたことないっすけどね」




