商会と専用ブラシ⑰
ご心配をおかけしました。心の中の烈●王が叫ぶぐらいには復活しました。
来客の前で短時間とはいえ気を失うなど、貴族としては大問題ともいえる行為ではあるが……今回ばかりは、シャロン伯爵もコーネリアを責める気にはならなかった。
なにせ、シャロン伯爵も必死に耐えてはいるが、体の震えを完全に止めることが出来ず、机の下では手が微かに震えていた。それほどまでに、今回の話というのは大きなものである。
そもそも、トリニィアにおいて魔法具とは人々の生活に欠かせない品だ。魔法具をまったく使わないという者など果たして存在するのかというほど、必要不可欠なものであり、その魔法具に大きな改革がもたらされるとなると世界的な事件とすら言えた。
いまの段階では、サラッとトロワから概要を聞いただけであり詳しい話はまだこれからなのだが、それでも決して魔法具が専門でとは言えないコーネリアですら、話の大きさに思わず意識を飛ばすレベルである。
特に使用者の魔力を魔水晶の魔力として流用できる技術が、あまりにも凄まじすぎる。転移魔法具などが代表的ではあるが、強力な効果の魔法を使用した際は魔法具を再使用可能になるまである程度の時間がかかる。
転移魔法具であればグレードによって差はあるが、おおむね平均で2時間ほど、騎士団や冒険者などが用いる認可制の攻撃用魔法具なども再使用にはそれなりの時間がかかる。
それを、本人の魔力を補充することで短縮できるというのは、これまでの魔法具の使い方が変わると言っても過言ではない。
さらに使用者の魔力を流用することを前提に、本来であれば魔水晶の魔力では発動せず、魔法具にすることが不可能な魔法を用いた魔法具の作成。これもまた多くの常識を塗り替えるであろうし、それこそこれまでは不可能……ないし現実的ではない数の魔水晶を使用する必要があった大規模な術式の行使も可能になるかもしれないと考えれば、六王祭でアリスが潤沢な資源で作った仮想空間を作り出す魔法具など、コストの問題で断念していた品も作成可能かもしれない。
それだけではなく、既存の魔法具の効果を拡張することもできるだろう。例えば転移魔法具であれば、魔力消費の大きさから現在では最高グレードのものでも同時転送可能なのはせいぜい3~4人といったところだ。それが、使用者が魔力を注ぐことで一定範囲内の人や荷物を纏めて転移などと言うことも可能になるかもしれない。
本人が魔力を追加で注ぐことを前提に、魔水晶の質を落として価格を大きく下げた魔法具も作れるかもしれないと考えれば、その技術ひとつでも起きうる変化は凄まじい。
(……お父様もまったく思考が追い付いてないという表情。気持ちは痛いほどに分かります。私程度では、どれほど影響があるのか想像するのも難しいですが、ただひとつハッキリしているのは、これがとてつもない利益をもたらすということ……)
革命的な新技術に関して、世界最大の商会であるセーディッチ魔法具商会と共同開発という形なり、利権なども十分に得られるとすればシャロン伯爵家に入ってくる金銭の領は、想像するだけで眩暈がするほどだ。
そして、それと同時に改めて実感するのは快人の影響力の凄まじさだった。
……正直な話、セーディッチ魔法具商会側にこの共同開発や研究を持ち掛けてくるメリットはない。名目上は切っ掛けとなったのはヴィクター商会の専用ブラシということになっているが、実際は専用ブラシにはなんの新技術もなく、カナーリスが作った追加の品こそが革命を起こす逸品だったわけだ。
こんな薄い繋がりしかない状態で、仮にシャロン伯爵家側が今回の理屈で利権を主張すれば失笑を買うだけなのだが、セーディッチ魔法具商会側から提案されるのなら話は変わる。
なにせ、セーディッチ魔法具商会は自力で開発研究するだけの余裕などいくらでもあり、人界の中では大きめとはいえ、わざわざシャロン商会に話を持ち掛けるメリットはない。
となると、コーネリアにもシャロン伯爵にも、いまのこの状況が誰の影響で構築されているかは容易に想像ができた。
(推測ではありますが、セーディッチ魔法具商会側に新技術に関しての話を持ち掛けられた際に、カイト様が専用ブラシが切っ掛けだから、シャロン伯爵家に配慮して欲しいとか、そんなことを言ってくださったのではないでしょうか? カイト様自身は、本当に所持している金銭を持て余しているという印象だったので、莫大な利益を欲しがるとも思えません……という想像はできるのですが!? 気軽に放り投げて来るには、話があまりにも、あまりにもっ! 大きすぎるのですが!!)
そう、想像はできる。ただでさえお金を持て余している快人が、この利権を欲しがらないであろうということは理解できるし……快人の性格上、割と気軽に「じゃあ、コーネリアさんのところに配慮してもらえたら大丈夫ですよ」とか、そんな風にポンッと軽い感じで振ってきたのだろうが、渡された側としては利益が大きすぎて申し訳ない通り越して、胃に穴が開く思いである。
とりあえず、詳しい話に移行する前にコーネリアとシャロン伯爵は、揃って胃痛に効く紅茶を持ってくるように傍に控えていたメイドに命じた。
シリアス先輩「快人が利権とか欲しがらないのは分るし、詳しく聞かなくても大体の流れは想像できる……が、それはそれとしてポンと渡される利益が大きすぎてお腹痛いって感じか……可哀そう」




