商会と専用ブラシ⑬
シャロン伯爵家の一室では、当主であるシャロン伯爵、伯爵夫人、跡取りである長男、そしてコーネリアが席に着き、アンネとその旦那と他側近数名が傍に控えていた。
皆一様にぐったりと疲れ切った表情であり、大きなトラブルでもあったかのような状態だが……あくまでコーネリアから届いた手紙の内容を聞いただけである。
もちろん、それだけでもあまりにも状況の動きが大きすぎて、シャロン伯爵であっても頭を抱えたい気分ではあった。しかしそこは、高位貴族として辣腕を振るってきただけあって経験も深く、大きくため息を吐いて口を開いた。
「……考えるべきことは山ほどあるが、こういう様々な事態が複合した時は、確定しているものから順に片付けるのが一番だ。コーネリア」
「はい」
「元々その想定で動いてはいたが、ヴィクター商会の経営権はウチで買い取り、代表にはお前を据える。当面は今の商会長に続投してもらう形で、最終決定権をもつ者がお前という形だ。ある程度安定したら、商会長を別の者に任せるなども必要だが、あくまで現時点ではヴィクター商会内部の変更は最小限にして、シャロン伯爵家の内側に入れるという認識でいい」
「畏まりました」
これに関しては元々、竜王配下からの多くの注文がきて現在のヴィクター商会では対応できないと判断した時点で、経営権を買い上げてコーネリアが代表の席につくことは決まっていた。
実際コーネリアも急いでの詰込みではあるが、商会経営の勉強を集中的に行っているため、こうなる可能性は高いと理解していた。
「いちおう、お前の希望も聞くが……婚約者が欲しいという気持ちは?」
「いまの時点で私に婚約者ができるのは争いの種にしかなりませんし、私自身の気持ちとしても……正直いまは、自分のこと以外を考えている余裕がありません」
「そうだな。いまのお前は金の卵を産む鶏のような存在……付け入る隙は与えない方がいいだろう。対外的な理由としては……そうだな、伯爵家内でお前の価値が高まりすぎているため、嫡子が正式に後継者指名を受けるまでは、お家騒動を避けるため婚約者は作らないことに決まったとでもしておくか……あとで必要になれば、後継者指名式とでも銘打って指名をすればいい」
嫡子でもなく婚約者がおらず莫大な利益を生むであろう商会のトップに就くことが決まった貴族令嬢ともなれば、婚約の申し込みは殺到するのは想像に容易い。
故に後継者争いを起こさないために、現時点では婚約者は作らないとしておくことに決めた。事実上「いまの状況で婚約申し込みなんてしてくる相手は敵に等しい」と言っているようなものなので、牽制としては十分すぎる効果があるだろう。
実際のところ、コーネリアと長男の兄妹仲は良く、長男が跡を継ぐのはほぼ確定事項であり、コーネリアはそもそも跡取りの教育を受けてないので後継者争いは起こらないのだが、あくまで周りへの牽制用の理由である。
「早急に行うべきは工房の拡張だな……とはいえ、職人の確保も必要。早急に生産量を増やすのは難しいか……優先順位を付けるしかないな」
「そうですね。カイト様の紹介を受けた者を優先しているという形はどうでしょう? それなら文句なども出にくいとは思いますが……」
「貴族相手はそれでいいかもしれないが、竜王配下の方々や有翼族の方々にミヤマカイト様の名は認識されているのだろうか?」
長男が口にした疑問に、コーネリアは悩むように首をかしげる。確かに貴族相手であれば、快人の名は間違いなく知られているが……快人は一般市民にはあまり知られていない存在だ。
膨大な数の竜王配下や、多種族とほぼ関わらない有翼族が快人の名前を出して納得するかは未知数だった。
もちろん実際のところは、竜王配下は末端に至るまでマグナウェルより快人の存在は通達されているし、有翼族に至っては神の使いとして称えているレベルではあるのだが……流石に、シャロン伯爵家の面々がそこまでは把握していない。
「そこは一度確認してみるのがいいだろうな。竜王配下に関しては、竜王様方の手紙に返事を出す際に合わせてうかがい、有翼族に関しては交渉の際に確認しよう……しかし、有翼族か……本当に専用ブラシを目当てにウチと取引を?」
「……有翼族は特に翼の美しさを誇りとするようなので、ありえない話では無いかと思います。ただ、有翼族との取引に関しては、いままで独占状態だった子爵家にも一度話は通すべきかと……」
シャロン伯爵の言葉に伯爵夫人が答える。もちろん、どこと交流を行うかは有翼族の自由ではあるのだが、それでもいままでは独占状態と言える形だったところに、別の窓口ができる形になる。
最低限伯爵家が子爵家を軽視してると取られないような配慮は必要だ。
「……ただ、あそこの子爵家は革新派ではあるが、ウチとは派閥が違う。陛下に間に入って貰うのが確実だろう」
「この、アメル様の手紙に関しては……カイト様に確認を取るべきでしょうか?」
「……取るしか、あるまい。アメル様には失礼ではあるが、意図を読み違えてしまう方が問題だろう」
アメルの中二病的な言い回しの手紙に関しては、快人に確認を取る方向で話がまとまる。まさか本人に内容が分かりませんと返すわけにもいかず、かといって間違った解釈をするわけにはいかないので、アメルと盟友と呼ばれるほどに仲がいい快人に聞いてみるのが正解だろうとの判断だ。
もちろん正解ではある。正解ではあるのだが……それをした場合、快人が気を利かせて「アメルさんとの交渉の席に同席する」と言い出す可能性があった。
そしてそうなった場合……有翼族の好感度が激烈に高い快人が間に入るような形になれば、現在取引のある子爵家とは比べ物にならないほどの好条件での取引が確約され、再び伯爵家の面々は頭を抱えることになるのだが……この時点でそんなことを予想するのは不可能だった。
シリアス先輩「中二病が原因で二次災害が発生してる……アメルが変に高い立場と実力があるせいで、ややこしい感じに……伯爵家の被害は続く。サラッと、クリスも巻き込まれそうな感じになってるが……」




