一日遅れのバレンタイン番外編
トリニィアにおけるバレンタインとは、簡単に言えば異世界の行事のひとつという位置づけである。過去の勇者役から伝わって行事であり、詳しい由来などは知らない者が圧倒的に多いが好意を持つ相手にチョコレートを贈る異世界の文化として、それなりに広く知られていた。
また、当然と言えば当然ではあるがその行事を真似するものも多く、幾度となく勇者召喚が行われてきたトリニィアにおいては、そこそこ定番の行事と言えるものだった。
「……」
友好都市ヒカリの中央大聖堂にある教主の間では、オリビアが難しい表情で目の前の品を見つめていた。彼女もバレンタインという行事は知っており、好意を持つ相手……敬愛する相手である快人にチョコレートを贈ろうと考えるのもある意味では自然と言えた。
特に快人はオリビアと香織とのデートの際にチョコレートが好きだという旨の発言をしていたので、信仰心に溢れるオリビアがチョコレートを贈る行事をスルーするのはありえない。
そしてオリビアは極めて真面目な性格であり、心より敬愛して信仰する快人に贈る品に関して妥協できるかと言えば……できるはずもない。
彫刻の時もそうではあったが、時間の流れを操作した特殊な空間においてこれでもかというほど研鑽を積み、既にオリビアのチョコレート制作技術は超一流パティシエレベルに到達している。
もちろんオリビアにとってそれは必要だから身に付けた技術であり、快人に贈るチョコ以外に使う気も無いので、殆どの者が知らないままになるであろう隠れた特技になるのだが……。
元々鋭い味覚を持っており、研究と厳選を重ねてオリビアの伝手で手に入れられる限り最高の素材を用意し、磨き抜いた技術によって作成したチョコレートは、もはや芸術品と呼べるレベルではある。
ではなぜ、現在オリビアが難しい表情を浮かべているのか……その答えはオリビアが作成したチョコレートにあった。それは、極めて精巧なチョコレート細工で作られた快人の姿であり、オリビアの目から見ても完璧な出来と言えたのだが……。
(……勢いのままに作成しましたが、自分の姿を模したチョコレートなど渡されてもミヤマカイト様が困惑するだけでは? そもそも、己の姿をした食品を食べるのも、いい気持ではないように思えます)
そう、オリビアは信仰心こそ極まっているが、基本的には常識的な考えを持つ者である。彫刻を行った際と同じように、快人の姿を模したチョコレートを作っては見たのだが、いざそれを贈ることを考えると……どうにも適していないと判断を下すほかなかった。
オリビアはチョコレートに軽く手をかざし、元の素材にまで時間を巻き戻してから思考を巡らせる。
(そもそも、最終的に食すということを考えれば、形に凝り過ぎるのも悪手といえるでしょう。食べやすく、それでいてミヤマカイト様への敬愛の念が伝わる形状が望ましい……参考資料になにかヒントが無いものでしょうか?)
そう考えつつ、オリビアは参考資料として用意した本や雑誌を手に取る。ここまではチョコレート作成のための料理本を中心に見ていたが、もう少し広く知識を得るためにバレンタイン特集などが組まれた雑誌にも目を通し……『特別な相手には愛を伝えるハート形のチョコレートを!』という見出しを凝視して硬直した。
(……特別な相手に愛……なるほど……しかし、この形は……いえ、試しもせずに想定だけで判断を下すのは愚かな行為です。物の試しに一度作ってみましょうか……)
あまりにも露骨すぎる形であるという思いはあったが、それでも特別な相手に~という文を無視することはできず、オリビアは試しにハート形のチョコレートを作成してみることにした。
容器から拘り、ハートの形をした箱に、一口で食べれるサイズの小さめのハートのチョコレートを複数入れる形にした。
基本のチョコレート、ホワイトチョコ、ストロベリーチョコ、快人の好む柑橘系のジュレを中に入れたチョコなど、様々な種類のチョコをハートの形にして作成して、箱に入れて確認をしてみる。
……どこからどう見ても、本命度100%のバレンタインチョコだった。
(……こ、これは、あまりにも浅ましすぎるのでは? このような、あからさま過ぎる品を贈るなど、もはや痴女の行いではないでしょうか?)
僅かな肌の露出でも恥ずかしがるほどに清楚といえるオリビアにとって、そのあまりにも見た目からして愛情があふれるほどに詰まったチョコレートは受け入れがたかった。
それならば、また素材にまで時間を戻して改めて作り直すべきではあるのだが……あるのだが……オリビアは顔を赤くしてそれまで以上に思い悩む表情に変わっていた。
ハッキリ言ってこのチョコレートは恥ずかしすぎるし、快人に直接渡せる気がしない。面と向かって快人にこんなチョコレートを渡そうものなら、恥ずかしさで気を失う自信すらある。
だが、それでも……完成品を見てしまうと……どうしても、快人への気持ちを表現するのであれば、これ以上の正解が無いという感覚もあった。
つまりこのハート形のチョコレートを諦めるということは、快人に贈る品を妥協するという行為に等しく、その選択肢をオリビアが選べるはずもなかった。
(わ、渡すのですか? これを? それは、いや、しかし……ざ、雑念が……心を落ち着かせなければ……)
綺麗に包装したハートの形の箱を厳重に状態保存をかけて特別な空間にしまった後、オリビアは雑念を振り払うための祈りに移行した。
それはもう、想像を絶するほどの荒行であり……たまたまオリビアの用事があって訪ねてきた神官が、常人なら毎秒死ぬようなその荒行にドン引きして……「やはり、教主様は我々の届かぬ遥か高みにいるのだ」と、そんな思いを浮かべていたのを、オリビアが知る由もない。
決戦の日は訪れた。バレンタイン当日では、快人にも多くの予定があって困らせてしまうだろうと、あえて前日に快人に大聖堂に来てもらった。
大聖堂の教主の間にやってきた快人が、最初に見たのは……入るなり地面に頭を擦り付けるように土下座をしているオリビアだった。
「……あ、あの、オリビアさん?」
「本日は、私の都合でミヤマカイト様にご足労をいただくという不敬ともいえる行いに快く応じていただき、感謝の言葉もありません。ミヤマカイト様の慈悲深さたるや、三界を照らす太陽の如きと称するべきでしょう。ここに現れた際のお姿も、まさしく至高の美と称するものであり、まともな感性を持つ者であればあまりの神々しさに自然と首を垂れるのも必然と言え……」
「と、とりあえず、落ち着きましょう。なんかよく分かりませんが、過去一レベルでテンパってることだけは分かりましたから……とりあえず、立ってください」
「御身の前にたつ栄誉をいただけるとは、実が震えるほどの感動を覚えます。矮小なこの身が向かい合う形で立つのは、それこそ美に対する冒涜ではありますが、お言葉に甘えて……」
「……オリビアさん? えと、本当に一度落ち着きましょう。深呼吸とかして……」
状況はよく分からなかったが、とりあえずオリビアが過去一テンパっているというのは理解した快人は、なんとかオリビアを宥めようとした。
そのかいもあって、少し経てば……まだある程度の固さは残るものの、オリビアはなんとか持ち直した。
「……えっと、それで、今日はなにか用事があるってことでしたけど?」
「は、はい! み、みみ、ミヤマカイト様に敬愛の念を伝えるべく! わ、私も、異世界の行事ごとを参考に……こ、ここ、こちらをご用意させていただきました! お目汚しとは思いますが、ど、どうか、お受け取りいただけると……」
顔を真っ赤染めて震える手で差し出したハートの形をした包みを見て、快人は一瞬キョトンとした後ですぐに状況を理解した。
「あっ、もしかしてバレンタインのチョコですか? ありがとうございます、嬉しいです」
「ぁっ……ご気分を害さなかったようで、ホッといたしました」
「いやいや、気分を害するどころか本当に嬉しいですよ」
「ぁっ、ぁぅ……喜んでいただけたのでしたら……わ、私も……幸福です」
満面の笑顔でチョコを受けとる快人を見て、オリビアは安堵を幸福が混ざったような表情ではにかむ様な微笑みを浮かべた。
その姿は、誰がどう見ても敬虔な信者というよりは……恋する乙女であった。
シリアス先輩「なっ、ぐあぁぁぁ!? ば、馬鹿な、昨日無かったから油断を……2/14を過ぎてからのバレンタイン番外編はルールで禁止じゃないのか!? 教えはどうなってるんだ! 教えは!!」




