商会と専用ブラシ⑨
ネピュラが考案しカナーリスがこの世界に合わせて作成した品は、確かにトリニィアに存在する技術で作られてはいたが、それは非常に画期的なものであり魔法具業界に大きな革命をもたらす品だった。
「……元々は専用ブラシに取り付ける品として考案されて、その関係てカイトに許可を貰った以上先にそちらから行うのが筋だ。そして、カイトはシャロン伯爵家にかなり配慮しているみたいだったから、共同開発という形で予算を組もうかと思うんだが、どうだろう?」
「賛成ですな。ミヤマ殿への配慮もありますが、それ以外にもクロム様の思惑にも適しているかと……確かに画期的な技術であり、先にテトラ殿が述べた案なども実現は可能でしょうな。しかし、実用段階まで完成させるにはまだ試行錯誤や調整が必要……開発過程においてあちら側の魔法具技師の技術向上にも繋がるでしょうし、こちらの魔法具部門から出す人員にとっても良い刺激となるでしょうな」
「……規模は大きめにやってもらっても大丈夫だ。予算はボクが潤沢に用意するし、それを踏まえても莫大な利益が見込める。シャロン伯爵家への説明や交渉は、近くトロワが訪れる予定だからそちらに頼もう」
「そうですな。もちろんクロム様も交えて会議を行ってから正式に決定する必要はありますが、概ね商会の方針としてはそれでいいでしょうな」
革新的な魔法具技術の改革に関しては、きっかけとなったヴィクター商会の専用ブラシという要素を重視して、快人とその友人であるコーネリアの顔を立てる意味でも、共同開発という方向性を取る方針でテトラとゼクスの意見はまとまった。
もちろんそれはシャロン商会にも莫大な利益をもたらす案件なのだが……大いなる胃痛に晒されるであろうコーネリアにとっては、幸か不幸か判断に迷うところである。
そして今後の方針がある程度まとまったところで、テトラは悩むように顎に手を当てて考える。
「……う~ん、しかし、さすがに想定できる利益の規模が大きすぎる。カイトは権利は不要と言っていたけど……そういうわけにもいかないね。ただ権利を買い取るにしても、現時点では構想の段階だし金額の産出が難しい。特許料などの一部を譲る形に持って行きたいけど……う~~~ん、金に関してはあんまり欲しがらないんだよなぁ、あの子……」
「ミヤマ殿は凄まじいとはいえ個人ですからな。商会などを経営していたり、大きな金額を使う趣味があるわけでもない。現状でも手持ちの金銭は持て余し気味のようですからな」
「……発案者や開発者に権利を渡すとしても、分割術式の時もそうだったけど、結局全部カイトのところに流れるわけだし……カイトに話をする際にアニマにも同席してもらって、権利はカイトが持ちつつも発生した金銭はアニマに渡すような形にするのが現実的かな?」
アニマは一時期クロムエイナに経済学を教わっていたこともあり、その際に金脈の覇者と呼ばれるテトラも指導に参加したことがあり、知り合い同士である。
大金であってもアニマに渡せば、上手く運用するだろうという考えはあるので、その方向に話を持って行くのが一番いい気がした。
そのまま少し、考えを纏めるように沈黙した後……テトラは突如両手でガッと己の頭を抱えた。
「……んぁぁぁぁ!」
「ど、どうしましたかな、テトラ殿?」
「……こ、この、ボクに……金脈の覇者とも謳われるボクに……どうやって金を稼ぐかじゃなくて、どうやって金を渡すかで悩ませるなんて……はぁぁぁぁ……もぅ、あの子、本当に好き……大好き」
特に発狂したとかそういうわけではなく、単純に頭の中で考えがまとまったのと同時に、快人への好感度も高まったため思わずそれを衝動のまま口にしてしまっただけのようだった。
「……ただ惜しむらくは、ボクの好意をほぼ冗談と受け取ってるんだよね」
「揶揄ったりするような言い回しをするからでは?」
「……いや、それに関してはボクも悪癖だと自覚しているんだけど……どうも特別に好きな相手には、意地悪な言い回しをして反応を見たくなっちゃうんだよ。誇張したり捻った言い回しをしてるだけで、嘘は言ってないんだけどね。でもまぁ、いまのこの感じも楽しいし、500年ぐらいはこんな関係もいいなぁと……悩ましいね」
まるで惚気るように快人のことを楽し気に語るテトラを見て、ゼクスは微笑まし気に苦笑を浮かべていた。
アルクレシア帝国首都にある大きな屋敷、シャロン伯爵家の屋敷の一室で長女であるコーネリア・シャロンはゆっくりと目を開けた。
「……なんでしょう? とても、恐ろしい夢を見たような……この、体の奥底から湧き上がってくる寒気は……風邪? い、いえ、私は仮祝福を受けているので、風邪をひくはずが……気のせい……ですかね?」
ベッドから起き上がり、窓に近付いてカーテンを少し開ける。朝焼けの空に雲などはひとつもないのだが、なぜだろうか……いまのコーネリアには、空が曇天よりも暗く見えた気がした。
その胸騒ぎの正体を知るのは、彼女が身支度を終えた後……憐れむような目で、複数の手紙を抱えてメイドのアンネが部屋にやってきてからだった。
胃痛の悪魔「……始まる。カーニバルが……」
シリアス先輩「胃への死刑執行の時か……」




