商会と専用ブラシ⑦
テトラさんとお茶をしながらの雑談は、なんだかんだで楽しく時間が流れていく。テトラさんはこちらを揶揄うような言い回しこそするが、明らかに揶揄いと分かるというか、それに対する俺のツッコミ込みで楽しんでる感じで、声とかは穏やかで物静かな雰囲気だけど結構ノリのいい方だと思う。
「……カイト、少しだけ仕事関連の話をしてもいいかな?」
「え? ええ、構いませんが……」
「……あの専用ブラシの取っ手に付けるものだけど、似たものをウチの商会で作ってもいいかな?」
「えっと、魔法具で再現する感じですよね?」
「……ああ、効果自体はシンプルなものだから、魔法具として再現するのにそれほど手間はかからない。その上でなんだけど、竜種や獣人魔族が自分で使う分には変換の必要は無いけど、カイトのようにペットに使うには変換の必要があるわけだ。せっかくカイトが気に入るぐらいに質のいいブラシなんだし、専用ブラシを作ろうってぐらいペットを大切にしている者なら、欲しがると思うんだよ」
「確かに、目に見えて毛の艶がよくなりますし、欲しがる人は多そうですが……ただ、専用ブラシはあくまでヴィクター商会の品ですし、付属品を勝手に作っちゃうのは大丈夫なんですかね?」
製作者の権利的な部分は、いちおう確認はとるがネピュラもカナーリスさんも好きにすればいいというと思うので問題はない。
ただ専用ブラシはあくまでヴィクター商会の商品であり、個人利用の範疇で使うならともかく、そのアタッチメントともいえる商品の開発許可を俺が買ってに出すわけにはいかない。
「……ああもちろん、ヴィクター商会やシャロン伯爵家には許可を取った上で制作するよ。形式としては、ヴィクター商会とシャロン商会と三商会合同で開発販売をするような形になるかな? ヴィクター商会は魔法具関連には強くないし、シャロン商会はいい商会だけど魔法具の開発技術にはまだ課題が多い。変換用の魔法具を自力で作るにはそれなりに手間と金がかかるだろう。そこを、ウチの商会がサポートする形にしたいんだよ」
「ああ、なるほど……そっちに許可を取ってもらえるなら、俺としては大丈夫ですよ。いちおうカナーリスさんとネピュラには確認してみますね」
「……ありがとう。急に手を待かけさせてごめんね。でも、そうやってすぐに動いてくれる君は、最高にカッコいいよ」
ヴィクター商会やシャロン伯爵家に許可を取ってもらえるなら、俺としてはまったく問題ない。念のためにすぐにネピュラとカナーリスさんにハミングバードを飛ばして確認してみたが、予想通りというかどちらも権利も含め好きにしてもらって構わないということだった。
「俺としてもペットを大切にしている人には、質のいい品が渡って欲しいですし、権利とかは特にいらないのでその辺はヴィクター商会やシャロン伯爵家と相談してください」
「……分かったよ。丁度トロワが近くシャロン伯爵家を訪れる予定だから、その際に提案するように話を通しておくよ」
なんとなくではあるが、敏腕営業のトロワさんが話を持って行くと、それこそその日のうちに契約まで行きそうな気はする。
まぁ、たぶんコーネリアさんとかにとっても儲けが大きくなる話になるだろうし、問題は無いだろう。
その後は、再び他愛のない雑談をしながら紅茶とケーキを楽しみ……そろそろ店を出る雰囲気になってきた。となれば会計があるので、ここは俺が払おうと思って伝票を探すが……あれ? 無い?
「……悪い子だ。キョロキョロとなにを探してイタズラするつもりなのかな?」
「……あっ」
テトラさんの方を向くと、人差し指と中指で伝票を挟むように持ち、不敵な笑みを浮かべていた。こ、この不敵な笑み……ま、まさか、テトラさんも……戦える方なのか?
タイミング的にあまりにも鮮やかな伝票確保という先制攻撃、これはフィーア先生以外と初めて支払いバトルを繰り広げることになりそうだった。
伝票を先に取られるという先手は打たれたが、まだテトラさんはなにも言っておらず先制攻撃と呼ぶには弱い。ならばここで俺が支払うという提案を切り出せば……。
「……おっと、まさかとは思うけど、カイト……ボクに恥をかかせる気かい?」
「え? は、恥?」
「……考えてみてくれよ。今日、このカフェに誘ったのはボクだよ。その上、相談にも乗ってもらった。これで、君に一Rでも出させたら、ボクは大恥もいいところだよ」
「ぐっ……」
出鼻を挫かれた!? し、しかも、ここで「誘ったほうが払う」というシンプルながらに強力なカードをさりげなく切ってきた。
確かに今回は事前に待ち合わせていたりしたわけでもなく、店の相談とかをしたわけでもない。テトラさんが誘って、俺がそれに応じた形……すでに形勢は不利。
しかも、不味い。俺はテトラさんのこの攻撃を返せるだけの手札を持っていない。仮に強引に切るとすれば、最も強力なのは誕生日を祝ってもらったお礼というカードだが……駄目だ。それは確実に返される。
なぜなら、テトラさんにはトーレさんが言いだしたこととはいえ、以前俺がニフティのカフェの席を確保したことに対するお礼という手札もあるのだ。
こちらがお礼というカードを切れば、即座に同じお礼というカードで潰してくるだろう。
「……もし君が、女性に恥をかかせることに興奮する罪深い性癖を持っているとしても、ボクに恥をかかせるならベッドの上でお願いしたいね」
考えてる間に話を纏めにきた!? ま、まずい、返されるとは分かっていても手札を切らないとこのまま押し切られる。
「い、いや――」
「……おっと、待ってくれ。ボクとカイトの仲じゃないか、言わなくても君の思いは分かるよ。優しい君は、一方的に奢られるのは気にしてしまうんだろう?」
「――あ、は、はい」
「……それなら是非、次の機会は君がボクを誘って奢ってくれ。楽しみにしてるよ、ダーリン」
そういって帽子の縁を押し上げて、パチンとウインク……駄目だ、完封された。最初もいまも、完璧にこっちが動こうとしたタイミングで出鼻を着実に潰して、反論をさせることなく封殺。
思い返してみれば、最初に俺が気付かないうちに伝票を持っていた時から、こちらの反応も含めて計算した上で話していたのだろう。
あの時点で自分が払う等の発言をしなかったのは、それを俺が言い出すタイミングで出鼻を潰して一気に流れを決めてしまうため……。
あまりにも鮮やか……まさか、支払いバトル上級者か……くっ、今回は完敗だが、次回はこうならないようにしっかり対策を考えておこう。
シリアス先輩「相変わらずの奢る方を決めるバトル……に隠れて、シャロン商会に更なる特大の一撃が確定してる。哀れ、あまりにも哀れ……」




