香織と映画鑑賞㉖
まどろみの中で、香織の意識がゆっくりと浮上する。最初に感じたのは心地よい温かさであり、ぼんやりとした頭が徐々に覚醒するような感覚と共にゆっくり目を開ける。
(なんか、あったかくて気持ちいい……よく寝れたってことかな? あれ? でもまだ暗……早く目がさ――)
部屋はまだ暗かったが、いままで眠っていたこともあり香織の目はある程度暗闇難れていたのと、星明りか月明かりかは分からないが、微かに差し込む光もあってある程度見ることが出来た。
そして目を開けた香織の視界に飛び込んできたのは、まずはゆったりとした服を着た男性のものらしき胸元……顔を上げると、そこには眠っている快人の顔。
(……………………?????)
思考がフリーズするとはまさにこのことだろう。予想だにしない状況に、香織の脳は一時的に一切の思考を停止させた。
もしこれがパソコンの画面であれば、砂時計がぐるぐると回転していることだろう。思考が追い付かないとか、状況が理解できないという以前に、思考が完全に停止してなにも考えることが出来ないというのが正しい。
そのまま数十秒完全に思考を停止していた香織だったが、ほどなくしてフリーズしていた頭が再起動して動き始める。
(……は? え? な、なになに!? どど、どうなって……い、いったいなにが……わ、私いまどういう状態になってるの!?)
反射的に叫んでしまいそうだったのを必死に押しとどめたのは、無意識の中にでも眠っている快人への配慮が残っていたからかもしれない。
だからと言って混乱が軽減されるわけでもなく、香織は声こそ出していないが大慌てといった様子で、凄まじい勢いで目を動かし、己の状態を確認した。
暗くてよく見えない部分もあるが、見える範囲の状況と体の感触からおおよその状況は理解できた。現在香織は快人の胸元に抱き着くように眠っており、香織の背中にも快人の手が回っていて……端的に言えば抱き合った状態で眠っている状態だった。
(え? そ、そんな、まさか、私……三段跳びどころか、ロケットで吹っ飛ぶような速度で関係を進めて、寝起きのコーヒーコースに!? い、いや、待って、落ち着くんだ私……確かにお酒は入ってたけど、ほろ酔い程度だったし、多少の思考力の低下とかはあるだろうけど一夜の過ちを犯したり、記憶を失ったりするようなレベルで酔ってたわけじゃないよ。ちゃんと、覚えてる……だから、寝る前の状況も思い出せば……)
動揺によって思考が一瞬飛躍しかけたが、とりあえず必死に思考を落ち着かせる。不思議と快人に抱きしめられている状況だと、リラックスできるような感覚があり、恥ずかしさで顔は血か沸騰するかのように熱くはなっているが、それでもなんとか思考を巡らせることはできた。
寝る前の状況、現在の状況、そこから推測される流れを考えた後で……香織はなんとも言えない表情で頬をヒクヒクと動かした。
(……あっ、これ、完全に私の方がやらかして快人くんに迷惑かけたパターンだ。た、たぶんだけど、ココアを飲んだ後で私が寝ちゃって……快人くんのことだから、無理に起こしたりせずに私をベッドに寝かせてくれようとしたんだと思う。快人くんは優しいし、たぶん私をベッドで寝かせて自分はソファーとか別室で寝るって考えたんじゃないかな?)
香織は快人の人となりはよく把握しているし、信頼している。少なくとも眠っている異性に対して獣欲をぶつけたりとか、そういったことを考えるような存在ではなく、現在の同衾状態も不可抗力によるものが大きいと予想することはできた。
そして、その不可抗力がなんなのかを考えてみれば……どうしても、原因は己にあるようにしか思えなかった。
(多分アレだよね。いろんな恋愛作品を見てきた経験から現在のシチュエーションを推測すると、寝てる私が無意識に快人くんの手を掴んだとか、快人くんに抱き着いたとかしたパターンだと思う。そして、私なんか滅茶苦茶ぐっすり寝てた感覚あるし、起きなかったんじゃないかなぁ? それか、起こすのは忍びないと思って私が自然に起きるか離れるまで待ってたけど、その間に眠くなってそのまま寝ちゃった感じだと思う)
状況と快人の性格を考えてみれば、ある程度の推測はできたし、ほぼ正解と言える状態だった。
(……うん。状況は分かった。分かったけど……それはそれとして……どうしようこれ……たぶんというか、最初に抱き着いたのは間違いなく私だし、悪いのも私だとは思うけど……寝てるうちに快人くんの方も私を抱きしめるような形になってるから……身動きができない)
状況を理解できたからと言ってそれを打破できるとは限らない。現在香織は快人に抱き着いた上で、快人から抱き返されている状態であり、全身がほぼ密着しており動くのもなかなかに難しい状態といえた。
いや、もちろん快人を起こす覚悟で無理矢理体を離す事はできるのだが、迷惑をかけたであろうと確信できている状態で、明らかに深夜と思わしき時間帯に快人を起こしてしまうような行動を取る気にはならなかった。
(……で、でもでも、これはちょっと駄目だよ、快人くん!? なんか、エッチすぎる感じだし、み、密着度が凄いよ……えっと……これ、快人くんが起きるまでこのままな感じ……なのかな? あれ……いま何時?)
なお、現在の時刻は深夜2時であり、自然に快人の目覚めを待つとするならまだまだ時間は大量にあった。
マキナ「素晴らしい! 私はいま!! 猛烈に感動している!!! 愛しい我が子を気遣ったのだろう!? 我が子が愛しい我が子を、恥ずかしさを飲み込んでまで慈しみ!! 敬い!! 愛を深める!! 私の望む世界が、いま目の前にある!!!」
キャラメルポップコーン「……それ純愛に吹っ飛ばされる奴のセリフじゃねぇか……」




