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勇者召喚に巻き込まれたけど、異世界は平和でした 作者:灯台
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どこか放っておけない可愛らしい人だ

 風の月16日目。風の月も半月が過ぎ、いよいよ折り返しである光の月が近付いてきた。
 まぁ、この数ヶ月が異常なほど濃かったせいもあって、正直「え? まだ半年もたってなかったの!?」って気分ではあるが……

 この5ヶ月足らずの間に、俺には本当に多くの変化が訪れたと思う。前を向いて歩けるようになったのも勿論だが、最近はこの世界の常識というのに順応出来てきた気がする。
 というのもやはり、自分自身の気持ち……今後俺がどうするかという事をハッキリ決めたおかげで、ある意味吹っ切れたとも言えるのかもしれない。
 まぁ、ともかく俺はこの世界に来て多くの変化を経験したし、それは俺だけじゃなくて、俺の周りに居る人達も色々と変わっていった。

 しかし、まぁ、変えようと思っても変わらないものというものはあるもので……

「……はぁ」

 まもなく日付が変わろうかという深夜。俺は一つの部屋の前で溜息を吐く。
 俺の視線の先にある扉の下からは微かに光がもれており、この部屋の中に誰かが居るという証明にもなっていた。
 仮にこれが、誰か個人の部屋というなら夜更かしぐらいする事もあるだろうっと、そんな考えで済んだ訳だが……現在俺の前にある扉は、執務室の扉……要するに仕事をする部屋。

 そしてこの部屋が、屋敷の中でも最も長い時間使用されているというのは、言うまでもなく周知の事実……まぁ、分かり切った事ではあるが、中に居るのはリリアさんだ。
 本当にあの人は……ちょっと働きすぎなんじゃないだろうか? この前一緒に旅行に行って、互いにあんまり無理しないようにしようね、みたいな話をした筈なのに……すぐこれである。

 リリアさんらしいというかなんというか、本当に真面目すぎるのも考えものだと思う。
 俺は扉の前で再び溜息を吐き、その場から離れて『自分の部屋とは逆方向』に向かって歩き出した。









 日付が変わって風の月17日目に変って少し経った辺りで、俺はリリアさんの執務室の扉をノックする。

「……はい? どうぞ」
「失礼します」
「え? カイトさん?」

 遅い時間に訪問があったせいか不思議そうな声が扉の向こうから聞こえてきた。
 そしてリリアさんが入室の許可を出してくれた後で扉を開いて中に入ると、リリアさんは俺だとは思っていなかったのか目を大きく開いて驚いた表情を浮かべた。

「……どうしたんですか? こんな時間に」
「いや、それどっちかと言うと俺の台詞なんですが……」
「あ、あはは……」

 不思議そうに首を傾げるリリアさんにジト目を向けながら呟くと、リリアさんは悪戯がばれた子供のような表情で苦笑する。
 そんなリリアさんを見て溜息を吐きつつ、俺は食堂に行って用意してきたものをマジックボックスから取り出す。

「……差し入れです。少し、休憩して下さい」
「え? あ、ありがとうございます」
「ジークさんに多少は教わってますが……味が雑なのは許して下さい」

 俺が用意してきたのは、紅茶とクッキー……まぁ、紅茶は俺が淹れたものだけど、クッキーは市販品だ。流石に短時間でクッキー焼くのは、俺には無理なのでマジックボックスの中にあった物を用意した。
 リリアさんは俺が用意した紅茶とクッキーを見て、少し申し訳なさそうな表情を浮かべた後、素直に俺の言葉に従って書類を処理していた手を止め休憩をする。

 ちなみに、暖かい紅茶とクッキーを用意してきたのは……あわよくば、これで眠くなって休んでくれないかという魂胆もあったが……まぁ、確実性は全く無いのでそうなったら僥倖ぐらいの感覚だ。

「……とても暖かくて美味しいです。ありがとうございます」
「それは良かった……ところで、リリアさん?」
「はい?」

 紅茶を飲んでホッと笑顔を浮かべたリリアさんを見ながら、俺は本題を切り出す事にした。

「俺の記憶が確かなら……お互い無理は控えましょうって話しをしましたよね」
「あっ、え~と……これは、その……」
「リリアさん、目を逸らさないでください」
「い、いえ、どうしても早くに処理したい仕事がありまして……」

 俺の言葉を聞いて、明らかに焦った様子で視線を外すリリアさん……その仕草は大変可愛らしかったが、今は心を鬼にして言葉を続ける。

「へぇ、よっぽど急ぎの仕事だったんですね」
「え、ええ、そうなんです。きょ、今日はたまたま……」
「ルナマリアさんから、今日リリアさんがしている仕事の大半は『本来リリアさんがする必要はない仕事』だって聞いたんですけど……」
「……」

 リリアさんは上手く誤魔化せたとでも思っていたんだろうが、あいにくこっちは昨日も一昨日もリリアさんが同じぐらいの時間まで仕事していたのは知っているし、本来部下に任せればいい仕事もワーカーホリック気味のリリアさんは率先してやろうとしているという言質も、ルナマリアさんから確保してある。

 俺の言葉を聞いたリリアさんは、ダラダラと汗を流し始め、必死に言い訳を考えるように視線を落ち着きなく動かす。

「……リリアさん?」
「ひゃい!?」
「なにか言う事は?」
「ご、ごめんなさい……」

 頭を下げるリリアさんを見て、再び俺の口から大きなため息が出る。
 本当にこの人は真面目すぎるというかなんというか、部下にはしっかり休暇や休憩を与える癖に、自分は全然休もうとしないんだから困りものだ。
 まぁ、それがリリアさんらしさでもあるんだけど……フェイトさんはリリアさんの爪の垢でも煎じて飲むべきじゃなかろうか?

「……はぁ、せめてもう少し仕事の量を減らしてください」
「……うっ、はい」
「……なにか、俺に手伝える事はありませんか?」
「え?」

 とりあえずリリアさんのコレはもう病気みたいなものだ。放っておいても、また遅くまで仕事してるんだろうし……ルナマリアさんの居ない時間帯は、俺が時々様子を見る事にしよう。
 ともあれ今日の仕事は、机の上を見る限りまだ結構残ってるみたいだし、あまり力になれるとは思わないがなにかしてあげたい。

「遠慮せずに言ってください。そりゃ、俺ではかえって足を引っ張ってしまうかもしれませんけど……やっぱり、大事な恋人が無理してるのは放っておけませんし、なにか力にならせて下さい」
「……あっ、は、はい……では、その……一つだけ、お願いしても良いですか?」
「はい、なんでも言って下さい」

 俺の真剣な言葉を聞いたリリアさんは、申し訳なさ半分嬉しさ半分の表情を浮かべ、微かに俯きながら小さな声を出す。
 その言葉に俺が頷くのを確認すると、リリアさんは胸の前で両手の人差し指を突き合わせる仕草をしながら、頬を染めながら口を開く。

「……特になにかしなくても良いんで……しばらく、えっと……そ、傍に居てもらえませんか?」
「へ?」
「その、そうすれば、私は、えと……元気になれるので……」
「……ええ、分かりました。俺で良ければいくらでも」

 なんとも可愛らしくいじらしいお願い……あまりにも可愛くて、反射的にリリアさんを抱きしめそうになったが、仕事が全く進まなくなるのは目に見えているし、最悪リリアさんが気絶する可能性もあるのでぐっと我慢しておく。

 そして紅茶を飲み終えて仕事に戻る前に、リリアさんが用意してくれた椅子……仕事をするリリアさんの隣の位置に用意された椅子に腰かけ、真剣な表情で書類に向かうリリアさんを見つめる。
 リリアさんはそのまま無言で書類を進め、時々チラリとこちらを向いて微笑みを浮かべる。

 そしてしばらくそのままリリアさんの仕事を見つめていると、ふと膝に置いていた手に柔らかな感触がして、視線を落とすと……俺の手にペンを持ってない方のリリアさんの手が重なっていた。

「……カイトさん」
「はい?」
「……その、ありがとうございます」
「いえ」
「……えっと、また……いつか、一緒に旅行に行ってくれますか?」
「はい。いつでも」
「……カイトさん」
「はい?」
「……好き……です」
「俺もです」

 拝啓、母さん、父さん――リリアさんは凄く真面目で頑張り屋で、全然休まない困った部分もあるけど……照れ屋で可愛らしく、ちょっとした仕草でさえも魅力にあふれている、そんな――どこか放っておけない可愛らしい人だ。



この甘酸っぱい独特の距離感の二人が好きです。

という訳でリリア編は一区切りです。まぁ、やはりキスまで発展するのはまだ時間がかかりそうですが、手を繋いだだけ前進ですね。
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