香織と映画鑑賞㉕
経験とは有事の際の精神状態に大きな影響を与えるものである。すでに経験した事に遭遇した時と、初めて経験することに遭遇した時であれば、当然ながら前者の方は気持ちに余裕はあるはずだ。
だが、人は慣れることによって失敗をする生き物でもある。ヒューマンエラーという言葉もあるが、過去に幾度として経験した事象であるがゆえに心に油断が生まれ、結果として失敗をしてしまうというのはよくある事態だ。
俺もなんだかんだで様々なハプニングを経験してきたし、恋愛もしてきた。純粋な年齢で言えばまだまだではあるが、それなりに経験は積んできたんじゃないかという自負はある。
だが、どうやら俺は知らず知らずの内にそういった状況に慣れて、心に油断が出来てしまったのかもしれないと、いま強く実感していた。
現在の俺の状況は香織さんに完全に抱き枕にされてしまっており、温かく柔らかな体の感触をガッツリと感じるぐらいには密着してしまっている。
しかも相手は仲はそれなりにいいと思うのだが、恋人というわけでもない年頃の女性であり、本来ならもっと慌てて居てもおかしくないはずだ。
いや、実際最初はかなり慌ててたし、これからどう対処すべきかと頭を悩ませていた。
だが、ある程度時間が経過すると気付いてしまった。なぜか、この状況でリラックスしているというか……心地よさと安らぎを感じてしまっていた。
早急に脱出手段を模索すべきと思う心と、もうこうなってしまったなら仕方ないのでしばらくこのままでいようと思う心が存在しており、どちらに舵を切るべきか悩みながら時間が経過してしまっている。
くっ、フィーア先生もハグにはなんとかって成分が分泌されることによる幸福感のようなものが存在する的な話をしていたし、人の体温というのはやはり心に安らぎをもたらすものなのかもしれない。
実際、それはもう柔らかいし温かいし、いい匂いはするし……気を抜くとついついこちらも抱き返してしまいそうな、そういう心地よさはあるので、これが心に変なリラックスをもたらしている要因かもしれない。
あと、相手が香織さんというのも精神的な面において動揺を抑える役割を担っているのかもしれない。香織さんとはまだ長い付き合いと言えるほどではないのだが、よく話しているし人となりは理解しているつもりだ。
少なくともいま唐突に香織さんが目を覚ましたとしても、話が変にこじれたりしないと確信できる程度の信頼はある。
いやもちろん、香織さんが目を覚ませば恥ずかしさで悶絶するであろうことは想像に容易いのだが、香織さんは切り替えが早く過ぎたことを引きずらない性格なので、ある程度で持ち直してくれると思うし、そのあとに変にギクシャクしたりする心配もないはずだ。
仮に香織さんにとって、この状況が生理的嫌悪感を覚えるとかそんな状況なら話は別だが……たぶん、そうはならないだろうと思える程度には仲はいいと思う。なんなら、オリビアさんに乗せられた形ではあったが、一度ハグもしているわけだし……。
うん、香織さんは本当に性格がいいというか、信頼できる相手なのでその辺りの心配はない。むしろ心配なのは、いま必死に意識を向けないようにしている下半身に意識を向けた結果、状況を悪化させかねない反応をしてしまうことである。
いやだって、そりゃ香織さんぐらい可愛い相手にここまで密着されていたら、俺だって男として色々反応してしまう部分はあるんだ。
だからとりあえずそれを考えないように、できるだけ心を無に知るようにしているのだが……そうすると、思考力もやや鈍るというか……なんか、心地よさも相まって眠くなってきた気がする。
風呂上がりだし、ココアを飲んだし、動揺もある程度落ち着いて変にリラックスしてきたし……なんか意識すると一気に眠気が……ヤバいこれ、寝ちゃいそうだ。
でも、まぁ、本当にこの状況から脱出となるともう香織さんを起こすぐらいしか方法はない。転移魔法具とか使っても、密着していたら香織さんも一緒に転移するだけなので意味はない。
誰かに助けを求めるという手が無いわけでもないが、ハミングバードを送ろうにもガッチリホールドされてて手を動かしてハミングバードをというのも難しいし、誰か第三者にこの状況を見られたら俺はともかく香織さんの羞恥心はさらにとんでもないことになりそうと考えると、その手段が正解かどうかも分からない。
ま、まぁ、もうちょっと待ってみて……それで……えっと……そう、手の拘束が緩んだら……なんかこう、上手いことやって……あっ、ヤバ、眠い……。
マキナ「そして、ここで! 愛しい我が子より先に我が子の方が目覚める未来を確定させれば……よし、完璧だ!」
シリアス先輩「ふざけっ……こ、こいつ、自分の時は暴走一択しかないくせに、アリスの縁日の時といい、他人の恋愛サポートする時だけ、完璧なラブコメ展開に持って行きやがる。く、くそがっ……か、体が、また弾け……」
マキナ「さて、私は勝利のポップコーンを食べながら、続きを見よう」




