香織と映画鑑賞⑦
血の気が引くとは、まさにこのことだろう。アルクレシア帝国皇帝、クリス・ディア・アルクレシアはいま恐るべき状況に居るといっていい。
「……えっと、まぁ、個人的な小規模なものですが、茶会を企画しようと思ってて……思いついた相手に声をかけてる段階なんですよ」
まず賢帝と名高く、情報収集能力も極めて高いクリスは、エリスとの茶会で行われたやり取りに関しても把握はしている。
なので、その席で快人が茶会を企画しようとするような発言をしていたのは知っていたが、いまの快人の発言は状況が大きく変わったことを示していた。
(……エリス令嬢との茶会では、もし機会があれば企画してみよう程度の話だったようですが、参加者に声をかける段階ということは……もう既に、ミヤマ様の中で茶会の実行自体は確定となっている可能性が高いですね。あくまでミヤマ様個人の茶会であり、公的な場ではないため三界や三国のバランスに配慮する必要は無い……)
動揺しつつも、クリスの思考は超速で回る。茶会が開催されることそのものより、問題となってくるのは参加者であり、クリスとしてもそこが最も気になる部分ではある。
「まだ声をかけ始めたばかりなんですが、いちおう現時点で確定してるのはシロさん、エリスさん、オリビアさんですね。もちろん無理にとは言いませんが、クリスさんもよかったら参加しませんか?」
確定している参加者を聞いて一瞬「エリスが地獄に単身で放り込まれている」という感想が思い浮かんだが、それ以上に優先して考えるべきことがある。
(シャローヴァナル様に教主様という時点で凄まじいですが、それで終わるとはとても思えません。ミヤマ様の想定では小規模の茶会……おそらく参加者は20人以下程度になると予想できます。そしておそらくではありますが、現時点でミヤマ様は深く考えて参加者を選定しているわけではなく、たまたま会ったり思いついた相手に声をかけている段階で、参加者のランダム性がかなり高いですね。予想ではありますが、10人を超えたあたりで、後は誰を呼ぶべきかという思考になってくるとは思います)
クリスはかなり正確に状況を読んでいる。現時点で快人は、誰と誰と呼ぼう等の理由や根拠に基づいて誘いをかけているのではなく、いまクリスに誘いをかけているのもたまたまこのタイミングで会って、茶会の事を思い出したからである。
そして、この誘いはクリスにとっては天国と地獄が同時に目の前に広がっているような状態だった。まず、クリス個人の思いを率直に表現するなら、胃を痛めることが確実と言えるような茶会に参加したくはない。
だが、国のトップ……皇帝としては……あまりにも得られる利益が大きすぎて、参加しないなどと言う選択をするわけにはいかない。
現在確定しているだけでもシャローヴァナルにオリビアと、本来ならまともに交流を持つことすら難しい相手であり、茶会という性質上ある程度の会話は行えると思えば……胃痛と引き換えに得られる利益は凄まじいといっていい。
(ミヤマ様にとって、思い付きの簡単な企画という認識である以上、声がかかる参加者のランダム性は高いですが、それでもある程度予想できる相手はいます。まず、リリア公爵は確定でしょう。リリア公爵の立場的にも隣の家で行われ、名だたる方々が参加する茶会に出ないわけにはいかないでしょう)
本人の意志や胃へのダメージはともかくとして、リリアの参加はほぼ確定と考えられる。あとそういった理由を抜きにしても、そういった場面にリリアが巻き込まれないとは考え辛いので、クリスはリリアはほぼ確実に参加すると予想した。
(ミヤマ様との関係、エリス令嬢の茶会へ参加した実績、茶会を企画する話を聞いていたことからクロム様も参加の可能性は高いでしょう。そしてミヤマ様主催の茶会となればエデン様、マキナ様……どちらで来るかは分かりませんが、彼の御方も参加を希望する可能性が高い。そして、エデン様が参加されるとした場合はストッパーとして幻王様も参加すると考えていいでしょう)
いまパッとクリスが思い浮かぶ参加の可能性が高い者は、リリア、クロムエイナ、マキナ、アリスの四人……既に確定している三人とクリスを合わせれば八人。クリスが予想するランダム性の高い参加者の枠は残りふたつほどとなるが、そこに関しては予想が難しかった。
(恐ろしい話です。どう考えても参加者は凄まじい方々ばかり、その分交流を持つことで得られる利益も凄まじい……)
進む先は地獄と天国である。地獄『か』天国ではない。地獄と天国は同時に存在しているのだ。とてつもない胃痛と引き換えに凄まじい恩恵を得るという。
つまりいまクリスの前にある選択肢は、0か100か……香織のように誘いを拒否して一時の安寧を得るか、胃痛と引き換えに利を得るか……ある意味で、選択肢など無いに等しかった。
「……とても光栄なお話ですね。せっかくの機会ですし、ありがたく参加させていただきます」
「分かりました。じゃあ、詳しい日程が決まったら連絡しますね」
心配そうな表情を浮かべている香織に微笑みつつ、クリスは茶会に参加することを快人へ伝える。ふたりが帰ったら、さっそく貰った胃痛に効く紅茶を飲もうと心に誓いながら……
シリアス先輩「この先に待つのが地獄だと理解していても、国家のトップとしては参加しないという選択を選ぶわけにはいかない面子……とても可哀そう」
???「本当にカイトさんは思い付きで声かけてる段階なので、誘われること自体が貴重……運がいいとも言えなくは無いですけどね。あと、ナチュラルに私……アリスちゃんをマキナ係と認識するのは止めていただきたい」




