依頼の品⑱
あとになって冷静に考えてみればというのは、誰しも経験しうることである。快人からの誘いで映画を見ることを快諾した香織は、お菓子を買いに行く途中で考える。
(楽しみだなぁ、久しぶりの映画。何見ようかな? やっぱり、ここは好きな恋愛映画……あ~でも、快人くんは退屈かな? それならアクション映画とかの方がいいかも。私は、久しぶりの映画だしどのジャンルでも楽しめ……い、いや、ホラー映画はパスかな。怖い系はともかく、ビックリさせるような感じのやつは苦手だし……)
香織にしてみれば本当に10年以上ぶりの映画であり、気持ちが弾むような感覚でどんな映画を見ようかと考えていた。
そのタイミングでふと、隣を歩く快人に視線を動かし……頭に閃きの如く単語が思い浮かんだ。
(……あれ? これ……デート? ど、どうだろう? 映画館デートとか定番中の定番って気がするけど……ああいやでも、映画館に行くわけじゃなくて私の店で見るわけだし……お家デートでは? 若い男女……若い……まだギリ20代だし、オリビア様の祝福で実質若返ってるみたいなものだから、若いってことでいいよね? と、ともかく、若い男女が家でふたりで映画を見る……完全にデートなのでは?)
久しぶりの映画にテンションが上がっており、いままでその発想に思い至らなかったのだが……今日は香織の店は定休日であり、戻れば快人とふたりきりと言っていいので自宅デートと考えてしまうと、そうとしか思えなくなってきた。
大げさに意識しすぎと言ってしまえばそれまでなのだが、一度そういう方向に思考が傾くと、どんどんいろんな考えが頭に浮かんできた。
(ど、どうなんだろ、これ? 一緒に映画見よう的な誘いは快人くんからだったわけだから、実質デートのお誘いを受けた? いやでも、店で見ようって提案したのは私だから快人くんにお家デートの意図があったってわけじゃないとは思う。ああでも、オリビア様に会ってこれで解散ってならない辺り、もうちょっと私と一緒に遊びたいとか、そんな風に思ってくれた可能性は……あるかも?)
もちろん快人の方に特に深い意図は無く、香織もこれまでの付き合いからおそらくそうだろうとは思っていた。だが、デートをする意思が全くないと断言できるわけでもなく、もしかしたらそういう意図があるのかもという可能性は残っている。
元々快人に対してはかなり好意的な意識を持っていた上に、オリビアの祝福により悩みだった三十路が近付いて見た目に年齢を感じ始めていたというのが解消された状態である。
朝のシャワーの際に鏡を見て思った事ではあるが、己を絶世の美女だというほど自惚れてはいないが、それでも「そこそこ可愛いのでは?」程度の自信は持てるぐらいには、最近の肌事情の改善は凄まじく、だからこそ妙に恋愛的な方向に意識が向いてしまっている状態と言えた。
(……う、う~ん、快人くんの性格を考えると普通に私の気分転換のために誘ってくれたって考えて間違いないとは思うんだけど……も、もしかしたら、ちょっとぐらい私のことを女性として意識してる……って可能性がゼロとは言い切れないわけで……ど、どうだろ? 私はどういう心づもりで、挑めばいいんだろう?)
正解と言える行動は、変に意識せずに普段通り……というのは香織にも分かっているが、一度考え始めたことは中々頭から消えてくれない。
「……あの、香織さん? いくつか店を通り過ぎましたが、どこの店に?」
ぐるぐると答えの出ない思考は巡る。香織には快人のように感応魔法は無く、恋愛経験にも自信は無いため思惑を読み取るのは難しい。だが、恋愛系の物語などが好きということもあり、恋愛関連の知識だけはそれなりに多いので、思考が完結しない。
(そもそもだよ、私と快人くんじゃ恋愛経験値は段違いなわけだし、それこそ快人くんがその気であれば、あっという間に私は流されて、それこそ一線超えちゃう可能性だってあるわけだよ。いや、私のガードが緩いとかじゃなくて、快人くんがプレイボーイ過ぎるって言うか、普通にカッコいいし優しいし、これまでの付き合いでちょっと……ああいや、かなりいいなぁって思いはあるわけだから、イケイケで来られたら押し切られる気しかしないよ)
根本的に快人への好感度は高く、オリビアも一緒ではあったとはいえ過去にデートも経験している。年上として主導権は握りたいと思う反面、強気で押されるのもそれはそれでいいかもしれないと感じている己も居て、香織はなんとも悩ましい表情を浮かべていた。
「……聞こえてない? えっと、この先に行くと馬車道もあるので……」
考え事に没頭しているせいか、呼びかける快人の声に反応できておらず、香織は難しい表情のままで歩き続けていた。
(いや、快人くんがそういう肉食系じゃないってのは分かってるけど、時々グッて来る感じに頼りがいがあってカッコいいとこ見せてくれたりするし、リードされちゃうのもそれはそれで、ありかなぁ……い、いや、思考が飛躍し過ぎだよ! あくまで家で一緒に映画を見るだけだって、あはは、ついつい馬鹿なこと考えちゃったなぁ……)
そのまま香織は、馬車などが通過する用の道に向けて足を進めており、そのままでは危険だと判断した快人は香織の手を掴んで強引に引き寄せることにした。
「香織さん!」
「……ふぁっ!? あ、え? えぇぇ、な、なになに!? か、快人くん、本当にビーストモードに……」
「いや、考え事し過ぎて馬車道に飛び出しそうだったので……抱き寄せるような形になって申し訳ない」
「……へ? え? あ、あ~……そういう……」
急に快人に抱き寄せられるような形になって、一気に思考が吹き飛び顔を赤くしていた香織だったが、快人の言葉でようやく己の状況を理解した。
そして次に湧き上がってくるのは、とてつもない羞恥である。
「……恥ずかしくて死んじゃう」
「あ、えっと、申し訳ないです」
「違うんだよ、抱き寄せられたことじゃなくて……そっちはむしろ、止めてくれてありがとう」
「う、うん? じゃあいったい……」
「お願いだから深くは詮索しないで、本当に顔爆発しちゃう……」
恋愛関連のほぼ妄想と言っていいような思考に夢中になっていたことは、冷静になって思い返すと顔から火が出そうなほどに恥ずかしく、香織は首をかしげる快人の前でしばし真っ赤な顔を手で覆っていた。
シリアス先輩「く、くそぅ……甘すぎるだろ、このブッシュドノエル……ダメージを負いそうだ。もっとビターなやつは無いのか!」
マキナ「私は甘いケーキの方がいいなぁ。いや、ビターチョコとかもそれはそれで美味しさはあると思うんだけど、やっぱチョコレートケーキは甘いのがいいよ」
シリアス先輩「クリスマス番外編が終わったと思ったら、こっちも甘くなりそうだし、私の地獄はまだ続くのか……ブラックコーヒーくれ」
マキナ「はい、どうぞ」
シリアス先輩「ありがと……」




