広がる余波㉛
伝えるべきことは伝え終えたと言わんばかりに必要な伝達を終えたアリスが姿を消し、部屋の中はアリスが現れる前の状態に戻った。だが、部屋の空気まで同じとはいかない。
アリスが現れる前までは、どちらかと言えばマリーに対しクリスやエリスが対応のアドバイスをしつつ話し合うという形ではあったが、その条件は大きく変わった。
シャローヴァナルが関わる事態の影響力を考えれば、クリスもエリスも無関係でいることはできない。
「……シャローヴァナル様への献上に関しては光明が見えたとはいえ、その後の黄金リプルの扱いに関してはかなり慎重に動く必要があります。神族が造り上げた神秘の果実となれば、宗教的な意味合いも持ってくるでしょうし、神教が動く可能性もありますね。国としてまだ対応がしやすいのは、なにかしら理由を付けてマリー令嬢に爵位を与えて独立させてしまう形なのですが……さすがに難しいですかね?」
「は、はい。マリーには貴族家当主に必要な教育の類は一切行っていませんし、他もあくまで下級貴族の令嬢として問題なく振る舞える程度で、当主として政治や社交の場に加わるのは……」
「……かえってマリー令嬢の負担を増やすだけ、ですね。学ぶにしても時間がかかりますし、とても黄金リプルの菓子には間に合わないとなれば、その手段はとれませんね」
皇帝であるクリスとしては、西部全体の動きも考えると黄金リプルの件は切り離して対応できた方が楽だったのだが、難しそうな表情を浮かべるリッチ男爵の言葉にすぐに同意したように、彼女自身もそれは難しいと考えていた。
リッチ男爵家の令嬢となる以上は、貴族の派閥的な話にも配慮しなければならないので対応に関しても手順が増える。
それこそ、マリーがエリスのように当主に必要な教育を終えているのであれば、爵位を与えて独立させて重要人物として国の庇護下に入れてしまいたかった。
「……上級貴族が下級貴族に干渉しているという類の文句は出るでしょうが、黄金リプルの件に関してはハミルトン侯爵家が動くのが最善でしょうな」
「そうですね。ハミルトン侯爵には手間をかけてしまいますが、それが一番マリー令嬢やリッチ男爵家にとっては負担が少ない形になるでしょう」
顎に手を当てて考えるような表情で呟いたハミルトン侯爵の言葉にクリスも同意する。そのやりとりですぐに意図を察したエリスも、少し考えるような表情で口を開く。
「……表向きの形式だけでも、黄金リプルに関してはリッチ男爵家とハミルトン侯爵家の共同という扱いにして、ハミルトン侯爵家が我が主導しているような印象を与える。黄金リプルを欲しがる要求がリッチ男爵家に届いたとしても、『卸先の決定権はハミルトン侯爵家にあるのでそちらに申し入れて欲しい』と断れるようにする形ですね。確かに、決定権がリッチ男爵家にあると思えば強権を振りかざそうとするような者が現れないとも限りませんしね」
「ああ、シャロン伯爵家関連の件は、シャロン伯爵家には自己対応できるだけの力があるから関わる気は無かったが……リッチ男爵家の話に関しては、男爵家のみでの対応は難しいだろう」
「はい……お恥ずかしながら、私も当主とはいえ貴族的な駆け引きの場からは遠く、とても上手く立ち回れるとは……ハミルトン侯爵家に主導していただけるのなら、本当に助かります」
エリスとハミルトン侯爵の言葉に、リッチ男爵は明らかにホッとした様子で頷く。もうとうの昔にこの件は、リッチ男爵に対応可能なレベルと越えており、ハミルトン侯爵家が動いてくれるのは願っても無いことだ。
「詳しい内容は今後詰めていくとして、黄金リプルの件に関してはハミルトン侯爵家として協力を約束する。だが、西部開発関連に関しては、こちら主導とはいかんだろう」
「「……西部開発?」」
ハミルトン侯爵が告げた言葉を聞いて、リッチ男爵とマリーは揃って「なにそれ初めて聞いた」というような表情を浮かべた。
マリーは当然ではあるが、リッチ男爵も商人などへの伝手も少なく情報網も弱いため、西部開発の情報に関してはまだ掴んでいない状態だった。
その様子を見て、クリスが軽く頷いてからリッチ男爵とマリーに説明する。
「確定というわけではなく、状況を見ての推測ですが……おそらくロード商会が、西部開発……具体的には、リッチ男爵領に転移ゲートを建造しようとしているような動きが見てとれます」
「て、転移ゲート!?」
「え? えぇ……ロード商会……え? リプルの買い付けじゃ……」
完全に寝耳に水だったらしく、リッチ男爵もマリーも明らかに驚愕した表情を浮かべる。だが同時に、ロード商会から会って話したいという内容の手紙を受け取っていたことを思い出す。
リッチ男爵とマリーの考えとしては、リプルの買い付け交渉であり……まさか、転移ゲートという話が出てくるとは想像もしていなかったため、状況についていけない様子だった。
そんなふたりにたいして、クリスは己の予想も含めて西部の開発が進む動きと、今後の展望を説明し……それを聞いたリッチ男爵とマリーは、顔面を蒼白にして震えていた。
シリアス先輩「……大丈夫? もうマリーの胃無くなってるんじゃない?」
???「なにが恐ろしいって、時系列的にまだカイトさんとマリーさんが知り合って、10日も経過してないんですよね」
シリアス先輩「胃痛の悪魔が、悪魔過ぎる」




