広がる余波㉗
目を覚まして最初にその視界に映ったのは、まったく馴染みのない景色だった。
「……知らない天井ですね。こ、ここは……」
ベッドの上で上半身を起こしたマリーは、周囲をキョロキョロと落ち着きなく見渡す。彼女が居たのは、男爵家の彼女の部屋の倍以上あろうかという広い部屋であり、家具なども一目見るだけで高級品と理解できるような品が揃っていた。
マリーの服も高級感のある寝巻であり、ベッドのサイズも含めなにもかも彼女の普段の生活とはランクが違う様相だった。
少なくとも実家であるリッチ男爵家ではなく、どこかの高給宿というわけでもなさそうだった。少なくともマリーが現在いるような部屋を宿泊目的で借りれるほどの財力は、リッチ男爵家にはない。
(……え? 本当にどこですかここ? 私はいったい……た、たしか、お父様と合流して……馬車の中で意識が遠のいて……)
とりあえず状況を確認しようと思考を巡らせ始めたマリーだったが、その直後に部屋の扉がノックされ入室許可を求める声が聞こえてきたため、情報が欲しかったマリーはすぐに入室の許可を出した。
すると扉を開けてメイドが入ってきて、マリーに一礼をする。
「おはようございます、マリー様。身支度などのお手伝いに参りました」
「あ、えっと……申し訳ありません。状況がよく分かってなくて、ここはどこでしょうか?」
「こちらは、ハミルトン侯爵家本宅の客間となっております。マリー様は、馬車内で気を失われまして、エリスお嬢様の指示でこちらの部屋をご用意させていただきました。お疲れだったご様子で、マリー様は一晩ぐっすりと眠られておりました」
「あ、あぁ……なるほど……そ、それは、ハミルトン侯爵閣下にもエリス様にもご迷惑を……」
「いえ、旦那様もお嬢様も無理もないと仰られておりましたので、お気になさらずとも大丈夫です。ただ、目覚めてすぐのところを恐縮ではございますが、マリー様のご事情に関して詳細を伺いたいとも仰られておりますので、準備ができ次第会議室の方にご足労いただくこととなります。もし、空腹なようでしたら軽食をお持ちいたしますが……?」
メイドの言葉にマリーは納得した様子で頷く。確かに、馬車内でリッチ男爵に伝えた内容は断片的であり、特に一番気になるであろう快人とのやり取りはマリー本人に尋ねるほかない状態であることは理解できた。
マリーも一晩眠ったおかげで精神的にある程度落ち着きを取り戻しており、少なくとも昨日よりは冷静に説明ができる状態と言える。
「……いえ、あまり空腹ではないというか……こ、これからお腹がもっと痛くなりそうなので、軽食は大丈夫です。ただ申し訳ありません。飲み物を一杯頂けると……」
「すぐにご用意いたします」
マリーの言葉を受けて、メイドは一度退出した後ですぐに紅茶の用意をして戻ってきた。ベッド近くのテーブルに移動して、淹れてもらった紅茶を飲んで一息つくマリーの元に、メイドが非常に質のいい……だが、男爵令嬢が着ていてもおかしくはないランクの服を持ってきた。
「エリスお嬢様が、こちらの服をマリー様にと……昨日着られていた服は、こちらで洗濯の上でリッチ男爵家に送らせていただきますので、本日はこちらをお召しになってください」
「あ、ありがとうございます」
「お着替えの手伝いは必要でしょうか?」
「あ、いえ、大丈夫です。普段もひとりで着ているので……」
「畏まりました。私は一度下がらせていただきますので、御用などがございましたらそちらの魔法具に触れてくださればすぐに参ります」
一礼して退出するメイドを見送り、マリーはこれからのことを考え思わず遠い目をした。
紅茶を飲み終えて身支度をした後で、メイドに案内されて会議室に辿り着くと、そこにはすでにリッチ男爵、ハミルトン侯爵夫妻、エリスという主要な者が揃っていた。
「おぉ、マリー。体調はどうだ?」
「大丈夫です。ハミルトン侯爵閣下並びに、侯爵夫人、エリス様にもご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「どうか、お気になさらないでください。マリー様の気持ちは、本当に痛いほどによく分かりますので……むしろ、まだ休んでいたいでしょうに呼び立てるような形になってしまって申し訳ありません。ある程度の情報はこちらでも得ているのですが、やはり当人であるマリー様に聞かなければ分からない部分も多いので、カイト様のとのやり取りに関して詳細をお聞かせください」
頭を下げるマリーを緊張させぬように、元々多少なりとも交流のあるエリスがフォローを入れ、ハミルトン侯爵夫妻も同意するように頷く。
「えっと……最初からすべて説明すれば大丈夫でしょうか?」
「ええ、そうしていただけると助かるのですが……申し訳ありません。少々事情が変わりまして……元々今回の件は加護も絡む案件なので、クリス陛下とも連携する必要がありまして、直接的な関わりは無いでしょうがマリー様の話に関して、クリス陛下も聞きたいとのことですので、一度皇城に移動してから説明していただく形になります」
「ひぇ……わ、分かりました」
エリスの言葉に恐縮しつつ頷くマリーは、無意識にお腹に手を当てていた。なにせ、彼女にとって人生初めての登城であり、皇帝であるクリスと直接やりとりをするのも初めてであるため、もう既に胃の痛い思いだった。
胃痛の悪魔「箸休めは終わりだ……再開しよう」




