広がる余波㉒
快人がマリーと遭遇になにかが起こる可能性が高い……実際はもう既になにかは起こっているのだが、ハミルトン侯爵家の一室は、一種の厳戒態勢に移行した。
使用人たちにある程度指示を出し終えたタイミングで、エリスがハミルトン侯爵の方を見ながら口を開く。
「……お父様。思いついた対策は行ったとはいえ、我々はこの件に対してあまりにも経験が不足しています。いまのままでは、新兵がベヒモスに挑むようなものでしょう。そこで提案なのですが、助力を願う……こちら側が下手の印象は出てしまいますが、ここはリリア公爵に意見を求めるのはどうでしょうか?」
「……賛成だ。ミヤマカイト様の案件を抜きにしたとしても、今後を思えばアルベルト公爵家との繋がりは強めておきたい。実際に影響力ではすでに向こうが上、我々が頼み込む側という印象を与える行動を取っても、そこまで反発は無いだろう」
快人関連の事態において、確実に己たちより経験値があるであろうリリアにアドバイスを求めることを提案するエリスに、ハミルトン侯爵も同意する。
ハミルトン侯爵家は派閥のトップという事もあり、他国の貴族に下手に出ている印象を与えると、派閥に属する貴族にも影響が及ぶ。
ハミルトン侯爵家派閥が、アルベルト公爵家派閥に劣るという印象を抱かれるという懸念はあるが、それを考慮した上でもアドバイスを求めるべきだと判断した。
エリスがハミングバードで連絡を取って事情を説明すると、かなりの短時間でリリアからの返事が届いた。
『エリス令嬢及び、ハミルトン侯爵閣下の苦労は、本当に痛いほどに理解できます。しかし、私の経験上、首都内の大物の捜索などは無駄に終わる可能性が高いでしょう。なぜか、その手の先んじて対策しようとする動きや警戒をすると、ワザとではないかと疑いたくなるほどに掻い潜るのがカイトさんなので……しかし、そう思って捜索や警戒を怠ると、急に大物が首都に現れたりするので、調査と警戒自体はしておくべきと思います』
リリアの経験から導き出される答えとして、ハミルトン侯爵家が必死に首都内に訪れている大物などを探しても、それらしい人物は見つからないだろうというものだった。
『非常に残酷な言い方をするようですが、過去の経験から申し上げるなら……カイトさんに対して警戒や対策を講じても、ほぼ無意味と言えるかと思います。警戒すれば本当にワザとなのではないかと疑いたくなるような、的確に予想外のところから刺してくる方なので、事前に阻止などは不可能であり、発生したことに可能な限り素早く対応する他無いと思います』
おそらくこのトリニィアにおいても、最も多く、最も酷く、快人から胃痛を受けてきた存在であり、快人を要因とする胃痛関連の有識者といって間違いないリリアが、過去の経験から導き出すのは……快人に対策は無意味であり、激流に身を任せるように発生した事態に対応すべきというものだった。
「……リリア公爵の結論としては……対抗策はないそうです」
「……そうか……アルベルト公爵がそう言うのであれば……本当に無いのだろうな」
ハミングバードの返事を見て、遠い目をしながら呟くエリスに同じような目をしたハミルトン侯爵も頷く。そしてそこにさらにリリアから追加のハミングバードが届く。
『カイトさんの動きや影響に関して、ある程度先読みができるのはアリス様……幻王様クラスでないと難しいので、我々が頭を悩ませてもほぼ無意味というのはあります。注意して欲しいのは幻王様の動き……というよりは、様子です。幻王様はカイトさんに不利益が無い限り、先読みが出来たとしてもなにもアドバイスなどはしてくれないのですが……そんな幻王様が稀に、カイトさんに影響がなくともこちらのフォローをしてくれるケースがあり、それは大変に危険な状態です。それはすなわち、幻王様の目から見て『さすがに哀れ』と判断したという事なので、相応の大事になる可能性があります』
その文章を見て、エリスとハミルトン侯爵は今回のケースを考えてみる。幻王からの情報であろうと思わしき、快人の目撃情報は入ってきた。だがそれだけであり、あくまでハミルトン侯爵家の手のものが情報を得て、それが隠蔽されずに伝わってきただけであり、フォローが入ったわけではない。
となれば、今回のケースはそれほど大事にはならない可能性が高いのかと、そう安堵しかけたタイミングでさらにリリアから追加のハミングバードが届く。
『いただいた情報で考えると、今回のケースはマリー令嬢はそれなりに大変でしょうが、そこまで大きなことにはならないはず……なのですが……いえ、これに関してはなんの根拠もなく、単純な私の勘なので冗談半分に聞いていただきたいのですが、なんとなくその……今回の件は、最初はある程度問題なく対応できる形で来て、数日たって油断したところに対応不可の一撃が来るようなパターンのような気も……いえ、考えすぎかもしれませんが……ともあれ、エリス令嬢及びハミルトン侯爵閣下並びにリッチ男爵家の皆様にとって、よい結果になることを祈っております』
あくまで根拠はなく勘であると前置きした上での胸騒ぎを伝えるような内容に、エリスもハミルトン侯爵も顔を青くする。
「……なんでしょう。いままで見た、どんなホラー作品よりもこのハミングバードが恐ろしいです」
「……対応不可の一撃……対応不可なら、実際に発生してもなにもできないのか……いや、発生すると決まったわけではないが……」
言いようのない不安を覚えつつも、忠告してきたリリア側にも根拠などはないため、なんとも言えない不穏な空気を残しつつ、エリスたちはとりあえず目下の首都での事象への対応を話し合っていった。
【快人の目撃情報関連】
基本的に貴族や国の情報網に、快人の目撃情報……リアルタイムのものが引っかかることは少ない。原因はもちろん幻王ことアリスであり、快人が不自然なほどに一般人には顔も知られておらず、貴族たちの間でだけ有名なのもアリスによる情報操作の影響である。
それは快人が街中などに赴く際にも発揮されており、快との情報を遮断や隠蔽、あるいは六王祭やメイドオリンピアのような衆目を集めている類の情報で荒れは、あえて様々な容姿や名前の情報を広めて情報を錯綜させたりという形で対策を取っている。
なんなら必要に応じて快人に認識阻害魔法や情報隠蔽魔法をかけたりしているので、本当に陰でいろいろ献身的にサポートしており、そのかいもあって快人が一般人の間で有名になっていたりはしない。
ただし、リグフォレシアのようなパターンでは面白がるというか、率先して快人をからかい倒してピコハン制裁を喰らったりするといった悪ふざけを見せる場面もあるので、スーパー認識阻害眼鏡の有用性もある。
ただそういう悪ふざけ考慮しても、遥かに益の方が大きいほどに献身的にサポートしてくれているし、快人に対しては一言もそんなことを言わずに陰でこっそり動いでいるのがアリスらしい。
快人の方も察しており、悪ふざけなどには呆れつつも、情報関連には全面的に感謝している。




