クリスマス番外編~聖夜の奇跡~
クリスマス番外編、四話目です。
クリスマス……その行事が勇者役から伝わったのはそれなりに早い段階であり、この世界の人々も今となっては戸惑うことなくクリスマスを祝う。
恋人達は愛を語らい、家族は笑顔で食卓を囲み、商人達は書き入れ時だと気合を入れる。
そんな多くの幸せで溢れる聖夜に、悲しみにくれる者が居た。
魔界の北部に位置する死の大地……そこに居城を構える死王アイシス・レムナント。
彼女にとってクリスマスとは決して幸せな行事では無かった。
なによりも孤独という感情に敏感な彼女は、クリスマスという行事が浸透し始めた頃には既に多くの者に声をかけた。
この日ぐらいは、自分も沢山の笑顔の中で過せるのではないかと……そんな淡い気合いを抱きながら。
しかし現実はどこまでも非情であり、彼女の呼びかけは空しく木霊する事になる。
――ご、ごめん。アイシス、ボク、どうしてもその日は離れられなくて……
優しき冥王は、アイシスの呼びかけに応えられない事を申し訳なさそうに謝罪した。
冥王は三界の友好条約が結ばれてから、人界との橋渡し役として奔走しており、この日は多くの場に魔界の代表として出席しなければならないと、アイシスの誘いを断った。
――申し訳ありません。この日ばかりは眷族を放っておくわけにはいかなくて……
彼女と最も親交の深い界王は、辛そうな表情を浮かべながらそう告げた。
界王は多くの地で信仰の対象となっており、冥王と同じくクリスマスの日は眷族達の催しに参加せねばならないと、アイシスの誘いに応じる事は無かった。
――悪ぃな。うちの血気盛んな馬鹿どもが騒いでんだ。俺が居ねぇと無茶やらかしそうだからよ。
深紅の体毛をかきながら告げたのは、戦いと宴をこよなく愛する戦王。
多くの者が浮かれやすい日でもあるクリスマスには、力を持て余した配下達の相手をしてやらなければならないと、アイシスの誘いをキッパリと断った。
――いや、ワシは無理じゃろうて……死の大地に踏み込めば氷が割れてしまう。それに配下の相手もせねばならん。
あまりにも巨大な体躯を誇る竜王は、そもそもアイシスの居城まで辿り着く事が難しいと答えた。
それに彼もまた多くの配下を持つ身であり、時間を作る事が難しいとアイシスの誘いに首を横に振った。
――行きたいのは山々なんすけど……こういう人が浮かれる日ってのはトラブルも多くて、あまり余裕はないですね。
世界中に多くの配下を持ち、裏側から世界の平穏を支えている幻王は、そう言って残念そうに断った。
彼女もまた忙しい身であり、特に勇者祭やクリスマス、新年等の世界規模のイベントの際には、あちこちを飛び回って配下に指示を出している為、どうしても行く事は出来ないと告げた。
世界が広がった事で彼女と同じ六王は、以前以上に忙しくしており、かつてのように六体揃う事は殆ど無くなってしまっていた。
そして世界が広がっても、アイシスの世界は狭く孤独なまま……クリスマスの日は特にそれを強く意識し、彼女は一人氷に閉ざされた居城の広間で、静かに涙を流す。
アイシス・レムナントにとって、クリスマスはただ孤独なだけのイベントだった。
天の月24日目。クリスマスイブの夜、アイシスは自らの居城でソワソワと落ち着きなく動きまわっていた。
大広間には巨大なテーブルが置かれ、そこには彼女が腕によりをかけて作った大量の料理が並んでいる。
そう、今年のクリスマスは、彼女にとって初めて『誰かと共に過ごす』予定のある日で、彼女は朝一番からずっとソワソワとしていた。
発端は天の月の初め頃、彼女の最愛の人である快人が遊びに来た時の事。
会話の中で偶々クリスマスの話題があがり、アイシスが今まで過ごしてきたクリスマスについて聞いた快人は、今年のクリスマスは一緒に過そうと告げた。
それは彼女にとってどうしようもなく嬉しい言葉で、アイシスはその日から、数多ある蔵書の中からクリスマスの料理について書かれている本を引っ張りだし、今日まで必死に練習をしてきた。
そのかいもあって、二人で食べるにはあまりにも多すぎる料理は、過去最高の自信作に仕上がり、後は快人を待つばかりとなっていたが……
「……カイト……どう……したのかな?」
ポツリと呟きながら大広間にある時計に目を移す。約束の時間は過ぎていたが、まだ快人はここに来ていない。
快人は元々時間にはかなり正確で、今まで遅刻をした事はなく……これが初めての遅刻。それがアイシスの不安をより一層かきたてている。
快人に限って約束をすっぽかす等という事はない筈だが……彼はとても人気者であり、クリスマスには多くの誘いを受けているのではないかと思う。
果して本当にその誘いを断って自分の所に来てくれるのか……もしかしたら、都合が悪くなったとハミングバードが飛んでくるんじゃないか……
そんな不安を感じていたアイシスだが、約束の時間を15分過ぎたあたりで城の前に快人の魔力が現れたのを感じて、パアッと表情が明るくなる。
「……カイト……え? ……あれ? ……魔力……たくさん?」
しかし城の前に現れた魔力は快人のもの一つでは無く、かなりの数の魔力がほぼ同時に現れ、アイシスが首を傾げるとほぼ同時に、大広間の扉が開かれた。
「アイシスさん! ごめんなさい、遅くなって……」
「……カイト! え? ッ!?」
そう言って大広間に入ってきたのは、彼女が待ち望んだ快人だが……訪れたのは彼一人では無かった。
「アイシス~ちょっと早いけど、メリークリスマス!」
『お邪魔します。突然押し掛けて申し訳ありません』
「……クロムエイナ……リリウッド……」
快人に続いてクロムエイナ、リリウッドが大広間に入ってくる。
「おぅ、アイシス! 酒持って来たぞ!」
「なんでそんな強い酒持ってくるんすかねぇ、普通シャンパンとかじゃねぇんすか……」
「……メギド……シャルティア……」
続いて大きな酒樽を持ったメギドと、呆れたように突っ込みを入れるシャルティアが現れ、それと同時に部屋の外から大きな声が響く。
『流石にワシは城に入れん、ここで参加させてもらう事にする』
「……マグナウェル……ど、どうして?」
「私が氷が割れないようにしました。快人さんの頼みです」
「……シャローヴァナル!?」
窓から覗く顔はマグナウェルのもので、本来ならここに来れない筈の彼が来れたのは、同様にこの場に来ているシャローヴァナルの力によるもの。
「……けどさ~時空神は仕事放りだして良かったの? まぁ、私としては最高だけどさ」
「シャローヴァナル様が出向かれるのだ、同行せぬわけにはいかんであろう」
「……まぁ、私は来なくても良かったのですが……」
「……クロノア……フェイト……駄肉」
「ちょっと待ちなさい死神……」
そして神界の最高神達までも現れ、一気に大広間は賑やかになる。
「アイシス、急で悪いんだけど、ボク達もパーティーに参加しても良いかな?」
「……え? う、うん」
「では、料理の追加は私にお任せください」
「……アイン」
クロムエイナ、リリウッド、メギド、マグナウェル、シャルティア、シャローヴァナル、クロノア、フェイト、ライフ、アイン……快人を合わせて11人という客が訪れ、パーティーに参加したいと告げた。
アイシスは最初その言葉が信じられないといった表情を浮かべていたが……少しして目に涙を浮かべ、嬉しそうに頷いた。
彼女にとって孤独な思い出しかなかったクリスマスが、大きく変わった瞬間だった……
パーティーは賑やかに進み、アイシスは幸せの中に居た。
こんなにも大勢で過すクリスマス……自分は孤独なんかじゃないんだと、優しく肯定されているようで、少しでも気を抜けば彼女の目には涙が浮かんだ。
そして快人が食休みに少し景色を見てくるとバルコニーに向かったタイミングで、ふとクロムエイナがアイシスに話しかけてきた。
「……アイシス、実はね。本人には口止めされてたけど……ボク達を集めたのはカイトくんなんだよ」
「……カイトが?」
「うん。天の月7日目くらいからかな? カイトくんが皆の所を回って、なんとか時間を作って欲しいって頼み込んで来たんだ」
「……え?」
穏やかに微笑みながら告げるクロムエイナの言葉を聞き、アイシスは茫然と快人が向かったバルコニーの方を見つめる。
「……アイシスに、どうしても幸せなクリスマスを過ごさせてあげたいんだって……今日もギリギリまで、ボク達のスケジュール調整に走り回ってね。カイトくんの頼みだから、シロやシャルティアも協力してくれて……なんとかこうして皆で遊びに来れたんだ」
「……うっ……あぁ……カイト……」
「ほら、今がチャンスだよ……こっちはボクが見とくから、行っておいで」
「……うん!」
今、アイシスの心には言い表せない程の感動と、幸せが渦巻いていた。
快人が自分の為にそこまでしてくれたのが、嬉しくて、嬉しくて仕方なかった。
クロムエイナに促され、アイシスは急いで快人の居るバルコニーへと向かう。
バルコニーに辿り着くと、快人は穏やかな表情で降る雪を眺めており、その横顔を見て強く胸が高鳴るのを感じながら、アイシスは快人に近付く。
「……カイト」
「え? アイシスさん? アイシスさんも食休みですか?」
「……うん」
穏やかに微笑む快人に言葉を返しながら、アイシスは快人の前まで近付き……そして、そっとその体に抱きついた。
「え? アイシスさん?」
「……カイト……カイト……どうしよう……嬉しくて……幸せで……言葉が……見つからない」
「……」
いつの間にかアイシスの目には暖かい涙が浮かんでおり、溢れ出る幸せをどう表現して良いか分からず、涙を流し続ける。
そんなアイシスの体を、快人はゆっくりと抱き返しながら優しい声で告げる。
「……アイシスさん、今日は楽しいですか?」
「……うん」
「俺も、凄く楽しいです……アイシスさんが誘ってくれたおかげですね」
「……カイト……ううん……全部……全部……カイトのお陰……ありがとう」
クロムエイナが口止めされていたと告げたように、快人は自分の功績だなどと言うつもりはないようだったが、それでもアイシスは愛しい彼にお礼の言葉を伝えたかった。
アイシスの言葉を聞いた快人は、少ししてその意味に気付いたのか苦笑を浮かべる。
「……ばれちゃいましたか」
「……うん」
「余計なお世話かとも思ったんですが、やっぱり……アイシスさんには幸せでいて欲しくて……つい、色々やっちゃいました」
「……カイト……うん……私……凄く……凄く……幸せだよ」
「……それなら、俺も嬉しいです」
「……うん……カイト……好き……大好き……どうしよう? ……カイトの事……好きだって気持ちが溢れてきて……止まらない……離れたくない」
愛しい恋人の暖かな腕に抱かれながら、アイシスは心の底からの笑顔を浮かべつつ、そっと快人の胸に顔を埋める。
「……では、時間の許す限り、このままで……」
「……うん……カイト……」
「はい?」
「……愛してる」
「はい。俺も愛しています」
仲睦まじき恋人に幸せが訪れる聖夜。氷城の主たる彼女にも、とびっきりに幸せが舞い降りてきた。
両手に収まりきらない程の幸せを運んで来てくれる……彼女にとってのサンタクロースの手によって……
たぶんこれが一番長い?