クリスマス番外編~素直になった君へ~
クリスマス番外編、三話目です。
今日はクリスマス。この世界においてもクリスマスはかなり人気のある行事であり、どこか浮足立った様子の街行く人達を窓から眺める。
しかし、思い返してみればこの世界に来るまでのクリスマスは辛かった覚えがある。
勿論子供の頃に両親と過ごしたクリスマスは楽しかったが、両親が他界して以降は……クリスマスになるといやに寂しくなって、街を照らすネオンの光まで疎ましく感じられたものだ。
しかしこの世界に来て色々な事があったお陰で、俺自身も変わり……こうして楽しくクリスマスを……
「う~あぁぁぁぁ!」
「……なんで急に叫ぶ?」
「おかしいっすよ! コレ、なんでこんな事になってるんですか!?」
「こんなことって、なにが?」
折角しんみりしつつも幸せに浸っていたのに、その気持ちは静寂を破って叫び出したアリスによってかき消された。
アリスは赤い帽子を被ったサンタバージョンの猫の着ぐるみを身に纏い、両手でその頭部分を抱えながらカウンターに伏す。
なんで店番する時は頑なに着ぐるみ着ようとするんだろう? こればっかりはそれなりに長い付き合いになった今でも分からない。
「店ですよ、店! クリスマスと言えば書き入れ時じゃないっすか! 財布の紐も緩んで、ガンガン買い物してくれる筈じゃないですか!! なのに見てくださいこの店内を!!」
「……別に、客が来ないのはいつも通りじゃないか……」
「そうなんですけどね!? そこはもうちょっと、オブラートに包んでくれても良いんじゃないっすか!!」
アリスにいわれて店内を見渡してみるが、そこはいつも通り静かな空間で……客の一人もいやしない。いや、流石アリスの雑貨店。安定の流行らなさだ。
「うぅ……折角クリスマス限定商品も用意したのに……一体何が問題なんですかね?」
「……店主、かな?」
「え? 私? 私ここのシンボルみたいな感じなんすよ。それ否定されちゃうとなにも残らないんですが……」
「だからこの有様なんだろ?」
「がはっ!?」
俺が真実を告げると、アリスは大袈裟な動きでカウンターに倒れる。
しかしクリスマス限定商品ねぇ……う~ん出来は良いと思うんだけど、そもそも人目に触れない時点で問題外か……
「まぁ、良いや……俺買い物行ってくるけど?」
「……カイトさんが冷たい……私も行きます」
「着ぐるみは脱げよ」
「まっ、カイトさんったら、こんな昼間から美少女に脱げなんて……」
「よいしょっと」
「うひゃぁっ!?」
なんかいつも通りとはいえふざけた言葉が聞こえてきたので、武器の並ぶ棚から長めの槍を取って全力で振るう……まぁ、アッサリ避けられてしまった訳だが……
「チッ……」
「カイトさん、今、殺りにきましたね? 確実に殺りにきてましたよね!?」
「……アレかな? あたった所でなんともないだろうという、強い信頼から来る行為かな?」
「なんて嫌な信頼……アリスちゃんは愛で育つんですよ! もっとこう甘やかしてくれないと――あいたっ!?」
さて、アリスもいつも通りのアリスだし、さっさとクリスマス用の食材でも買いに行く事にしよう。
買い物と言っても買うのは定番の物ばかりなので、手早く終わって戻ってくる事が出来た。
アリスがどうしてもと言うので買ったデカイ七面鳥に、豪華なケーキ、後は材料が色々……例によって例の如く俺の金である。
まぁ、なんせこの馬鹿は今朝方クリスマス記念杯だとかなんとかのモンスターレースで、思いっきりすって来たばかり……本当にちょっと目を離すとすぐこれだ。
どうせ客なんて来ないが、念の為店の前にはcloseの札を出して扉に鍵をかけ、カウンターの奥にある居住スペースへ移動する。
「よっし、折角ですし今回はアリスちゃんが腕を振るいましょう!」
「……おぉ、珍しい。けど、アリスの料理は凄く美味いし、ありがたいな」
「あっ、えっと……そうストレートに褒められちゃうと、ちょっと照れちゃうというか……」
アリスの料理の腕前は超一流であり、あのアインさんと肩を並べる程だ。
ただ本人は「人の金で食べる飯が世界一美味しい」と豪語しており、滅多に料理はしようとしないので、自分からこうして申し出てくれるのは珍しい。
コレもクリスマスというイベントのなせる技なのかもしれない。
そしてアリスは本当に手早く料理を作り、あっという間にテーブルの上には豪華なクリスマス料理が並ぶ。
本来なら二人で食べきれる量では無いのだが、アリスはあの小さい体のどこに入るのか分からない程食べるので、この量でも問題無い……というか、若干足りないようにさえ思えるから恐ろしい。
「ささ、食べましょう」
「ああ……っと、ちょっと待ったアリス」
「ふえ? なんすか?」
「……二人きりの時は?」
「うぐっ……」
さっそくテーブルに座って食事を始めようとしたアリスを止め、含むような言い方で告げると……アリスは恥ずかしそうに頬を染め、何度か躊躇うように視線を動かす。
そして少しすると溜息を吐きながら、顔に付けているオペラマスクに触れ、それを外す。
「こ、これで良いんすか?」
「うん」
「うぅ、やっぱ、慣れたとはいえ恥ずかしいです……」
サファイアのような青い目を落ち着きなく動かしながら、赤い顔で呟くアリス。
アリスとは以前二人きりの時だけはマスクを外すという約束をしており、そのお陰かどうかは分からなかったが、最近ではアリスの方も少しは慣れてきたみたいだ。
「……カイトさんだけっすからね……こんな恥ずかしいお願い聞くの……」
「分かってる。ありがとう」
「あぅ……」
素顔になったアリスと一緒にテーブルに座り、用意されたクリスマスムード一色の料理を食べ始める。
少し高めのワインも空けて、とびっきり美味しい調理に舌鼓を打っていると……アリスがポツリと呟く。
「……カイトさん……今日は、ありがとうございます」
「うん?」
「い、いえ、ですから……私とこうして、クリスマスを過ごしてくれて……」
「……」
恥ずかしそうに顔を俯かせ、ギリギリ俺に聞こえる程度の小さな声……それを聞いた俺は、自然と口元に笑みが浮かぶのを自覚しつつ、同時に気恥ずかしさも感じて言葉を返す。
「……なんか凄く珍しく素直だ」
「おっと、ここでまさかの貶しが入りましたよ。アリスちゃんはいつも素直で可愛い美少女ですからね!」
「……うん。今日は本当に可愛いと思う」
「う、うぅ……だから、そういうストレートなのは……」
自分から言っておいて、素直に褒められるのは恥ずかしい……なんともアリスらしい返答に苦笑しつつ、俺は椅子から立ち上がりアリスの方へ近づく。
俺の行動の意図が分からないのか首を傾げてこちらを見ているアリスの目を見つめ返しながら、腕の中にすっぽりと収まる小さな身体を抱きしめた。
「ひゃぁっ!? か、カイトさん!? い、いきなり何を……」
「……ありがとう。今日はアリスと一緒で楽しいよ」
「……カイト……さん」
もう、長い付き合いになる……本当のアリスを世界で一番知っているのは自分だという自負もある。
だから、だろうか? ……こうしなければならない気がした。中々素直にならないコイツが、今日は少しだけ心の内を口に出した……だから、それを受け止めたかった。
アリスはそのまましばらく俺に抱きしめられた状態で硬直した後、ゆっくりと俺の背中に手を回して、まるで縋りつくように顔を俺の胸に擦りつけてくる。
「……カイトさん……どこへも行かないで下さい……私を……」
「うん、大丈夫。一人になんてしないから……」
「……はい……大好きです。カイトさん……」
クリスマス……ここ数年は辛い気持ちで過ごしていたこの日……だけど今年のクリスマスは、愛しい少女の精一杯の愛情を受け取り、凄く幸せに過ごす事が出来た。
アリスは中々素直になりませんが、デレると可愛い。