広がる余波⑩
豊穣の神殿に辿り着いたリッチ男爵とマリーは、神官の案内によってエルンが待つ本殿へと向かっていた。リッチ男爵の方は何度か訪れたので落ち着きはあるが、マリーの方は初めて訪れる本殿の厳かな雰囲気に気圧されているのか、若干落ち着きなく周囲に視線を動かしていた。
しばらく歩いて豪華な扉の前に辿り着くと、神官は扉に向かって一礼をした後で告げる。
「……お連れいたしました」
「入ってもらってください」
「畏まりました。お二方、室内へどうぞ」
エルンの声が聞こえ神官は一礼した後で扉を開けて、リッチ男爵とマリーに入室を促す。そしてふたりが入室したのを確認し、神官は部屋に入ることなく扉を閉める。
広くいくつもの木々が生えている室内の奥には、豊穣神エルンの姿があり、リッチ男爵とマリーはある程度近付いて祈りの姿勢になる。
「楽にしてもらって構いません。こちらの椅子にどうぞ……本日は、急に及び立てしてしまって申し訳ありません」
「い、いえ、豊穣の女神様にお会いできて光栄です」
「は、はい」
緊張しまくっているリッチ男爵とマリーだが、エルンは基本的に温厚で穏やかであり、優しい笑みを浮かべながら二人に椅子を勧め、両者の前に紅茶を用意する。
「リッチ男爵は、過去に何度か新年の祝福でお会いしたことがありますが、マリー・リッチさんとは初めての対面ですね」
「は、はは、はい! マリー・リッチと申します」
「よろしくお願いします。基本的に神族は特殊な場合を除いて名乗りませんが……貴女は、ミヤマさんの御友人でしたね。であれば、名乗らぬのも失礼ですか……豊穣神エルンです。今日の出会いが、今後のよき関係に繋がりますように」
「は、はひっ!?」
神族にとって名前は権能と共にシャローヴァナルに与えられた非常に重要なものであり、本来は本祝福を行った相手や、神界にとって極めて重要な相手にしか名乗らない。
それをこの場で名乗ったという事は、マリーの存在を神界にとって重要なものだと認識しているという宣言に等しい。
(一回お会いして話しただけなんですか!? い、いえ、友人と呼んでもらえましたし、手紙のやり取りなんかはしましたが……か、カイト様の友人って、こ、こんなことになるほどなのですか……)
心底驚いたという顔をまったく隠せていないマリーだが、エルンは特に気にした様子も無く微笑みを浮かべ、ふたりの対面の席に座る。
「さて、簡単な挨拶が終わったところで、おふたりが気になっているであろう本題に移りましょう。すなわち、なぜ今回おふたりをここにお呼びしたかという内容ですね。ある程度はお察しかとは思いますが、ミヤマさんに関わることです。確認ですが、マリーさん、ミヤマさんにリッチ男爵家のリプルを贈ったことに間違いはありませんか?」
「は、はい。贈りました……あっ、そ、その、なにか粗相とか……」
「いえ、咎めるわけではありません。むしろ、そのリプルをミヤマさんは高く評価しておりましたし、私の上司である生命神様もひとつ、ミヤマさんからお裾分けをいただいておりました」
「ひっ、ひぇ……」
青天の霹靂とはまさにこのことであり、マリーはいま一瞬確実に呼吸が止まった。確かにリプルは多めに贈ったし、快人が知り合いにお裾分けしたりするのは想定内ではある。
だが、まさかそれを……最高神にお裾分けしたなどと想像できる筈もなく、とんでもないことになってしまったと、そんな思いだけが頭の中を渦巻いていた。
「生命神様もミヤマさんがアルクレシア帝国のリプルを気に入ったのは喜ばしいと仰っていましたが、同時に懸念もしておりました。すなわち、ミヤマさんの影響力によりリッチ男爵家のリプルの需要が高まりすぎてしまうのではと……おふたりも、そのような兆候を感じているのではありませんか?」
「た、たしかに、思いもよらぬ方々から手紙をいただきましたが……まさか、そんな……」
エルンの話を聞いて、ようやくリッチ男爵の頭の中でロード商会や死王配下からの手紙という異常事態がひとつの線で繋がり始めた。確かに、マリーが受け取った手紙に死王配下がリプルを購入する気であるという内容は記載されていたが、ロード商会の動きは謎だった。
だが、いまの話でリッチ男爵家のリプルの需要が高まったことで大商会であるロード商会も動いたのだと……そう結論付けた。
そう、残念ながらリッチ男爵は商人との繋がりも薄く、商人たちの動きを把握したりもしていないため、単純にロード商会もリプルの買い付けが目的と考えてしまっており、まさか転移ゲートを作る話とは思わず、実際に聞いた時は腰を抜かしそうになるのだが、この時はその間違いに気付く余地もない。
「そうして需要が高まることを見越し、またミヤマさんの友人への配慮なども合わせ……リッチ男爵家領の加護を強化しようというのが、生命神様を含む神族の出した結論です」
「「……」」
「今回はその範囲の細かな打ち合わせと、時期についての話を行うために来てもらいました」
エルンは心優しく穏やかではあるが、ライフの配下らしい神族的な面も持ち合わせている。ここにリッチ男爵をマリーを呼んだのは『提案』をするためではなく『決定事項を連絡するため』であり、ライフが決定した時点で加護の強化は確定済みであり、その詳細の打ち合わせにふたりを呼んでいた。
もちろんそんな話は予想すらしていなかったリッチ男爵とマリーは、仲良くあんぐりと口を開けて呆然としていたのだが……。
シリアス先輩「でもこうしてみると、各貴族家の経験の差も顕著だよな。エリスとかハミルトン侯爵は胃痛になりつつもそれでも毎回素早く対策とか打ち合わせは勧めてるし、コーネリアとシャロン伯爵はある程度まではエリスたちと同じだけど一定のライン越えると厳しい感じで、リッチ男爵とマリーは完全に対応できずに激流に飲み込まれてる感じがある」
???「まぁ、どのパターンでも結果は胃痛に収束するので、変わらないっちゃ変わらないんすけどね」
シリアス先輩「無慈悲すぎる」




