広がる余波⑧
快人が同郷のふたりと、なんだかんだで楽しく過ごしていた頃、渦中のリッチ男爵家領に関連する者たちも着実に動き始めていた。
アルクレシア帝国にあるロード商会本部の最奥、長であるサタニア・ダークロードの私室で向かい合っているのは同じ十魔の一角であるグラトニーだった。
「……というわけで、お前にも協力してもらいたい」
「ミヤマカイト様の利になるというのであれば、私が協力を拒むことなどない。すぐにでも動けるが?」
「いや、さすがにそうすぐには無理だ。まずリッチ男爵家に転移ゲートを建設する計画を話して承認を得て、アルクレシア帝国に申請した上で必要な土地を買い取る。転移許可申請などは、そもそもが我ら幻王配下の管轄、こちらはスムーズにいくだろうが、大型建造物の建設許可申請や、周辺への通告などを考えれば、最短でも準備には一ヵ月はかかる。建設に着手できるのはそれ以降だな」
「……権利関係はお前に任せる。建設に関しては私の次元獣を使えば、2日もあれば問題なく完成するだろう」
グラトニーは時空間魔法の達人ではあるが、それだけでなく次元獣という己の血肉を元に作り出した独自の兵力を抱えており、伯爵級上位クラスの実力をもつ最高傑作のナターシャを始め、強力な能力を有する次元獣を多く従えており、それらを動かせば巨大な転移ゲートであってもゼロの段階から2日で術式調整も含め完成させることは可能だった。
だが、そんなグラトニーの言葉にサタニアは首を横にする。
「いや、駄目だ。転移ゲート設立のみが目的であればそれで構わないが、今回は合わせてアルクレシア帝国西部……リッチ男爵家領の物流や金銭の巡りも調整する必要がある。労働者を雇用し派遣、現地での金銭消費を増加させることによってリッチ男爵家領内を動く金の総量を増やす」
「……ふむ」
「そして、ロード商会のみがひとり勝ちしているような状況も不要な敵を作りかねん。ある程度他の商会にも商戦などを含めた行動の猶予を与える必要がある。リッチ男爵家領内に他の商会が販売拠点や店舗を置く時間などを考えれば、おおよそ3ヶ月後が望ましい……と、私は考えていたのだが……つい先ほどシャルティア様から、転移ゲートの完成は『半年後』にするようにとの指示が入った」
「シャルティア様が?」
サタニアの読みで、ロード商会がひとり勝ちし過ぎて反感を買わない程度に他の商会にも稼ぐ猶予を与えつつ、物流や雇用、消費の改善を行った上で転移ゲートを完成させるなら3ヶ月後と考えていたが、そこにアリスから時期の指定が届いた。
「ああ、なんでも『好感の持てる対応だったので、目論見通りに儲けさせてあげるつもり』とのことらしい。シャルティア様が目を付けた商人に稼ぐ機会を与えるとのことだろう」
「そうか、なんにせよシャルティア様の指示であるならそれは絶対だ。転移ゲートの完成は半年後だな」
「ああ、その際にはまた改めて声をかける」
「心得た」
グラトニーは協力を確約し、サタニアも満足げに頷いて転移ゲートに関する話し合いは終わる。双方ともにアリスへの忠誠心が極まっている者であり、アリスの指示に疑問や異論は欠片も無く、転移ゲートの完成時期は半年後に確定した。
時を同じくして、アルクレシア帝国の皇城の執務室では皇帝であるクリスが遠い目をしながらいくつもの書類に目を通し、目元を抑えて首を振るという奇妙な動きをしていた。
それを見た側近が、なんとも言えない憐れむような表情を浮かべながら声をかける。
「陛下、嘆いたところで報告の結果は変わりませんよ」
「……過去にもっとミヤマ様が帝国と関わりを増やしてくれたら望ましいと発言していた己を殴りたい気分です。こんなに? わずか数日で……ここまであちこちが動くのですか……しかも、まさか西部……予算案の再検討は必須ですし、国としてもなんらかの行動を起こさないわけにはいかないのですが……ロード商会が入ってきてしまったのが、厳しいですね」
「さすがと言うべきか、まさかこちらより早く情報を仕入れているとは驚きでしたね。できれば、転移ゲートは国家主導で設立したかったですが……すでに、建設許可申請の事前伺いという名の牽制の手紙が届いてしまいましたね」
「そこはもう諦めるしかないでしょう。初動があちらの方が圧倒的に早かったのですから、下手に関わってもロード商会と揉める結果にしかなりません」
クリスも当然ながら自国内の商人たちの動きは把握しており、それどころかエリスが開催した茶会も把握して参加者の動向にはかなり注意を向けていた。
リッチ男爵家のマリーが快人にリプルを贈ったという情報ももちろん掴んでいたが……まさか、快人がそれを知り合いに配りつつ宣伝を行い、その結果リッチ男爵家のリプルがほんの数日でとてつもない注目を集め始め、嗅ぎ付けた商会が動き出して、帝国西部全体に影響を及ぼすほどの事態になるとは予想できなかった。
その中でもロード商会の動きがとにかく早く、国家としては莫大な利益を生むことが予想される転移ゲートの建設にはなんとか関わりたかったのだが、それも難しい状態になってしまった。
「どりあえず、リッチ男爵家領の周辺環境の整備は必須でしょう。予算を多めに割いて、少なくとも大型の荷馬車が問題なく通れる程度には整備する必要があります」
「はい。財務大臣及び主要財務官には指示を出しているので、すぐに会議は行えるかと……あと気になるのは、豊穣の女神様の動きですね」
「……リッチ男爵とマリー令嬢を神殿に招待……神族が商戦に加わってくるとは思えませんが……いったい何の目的で……」
クリスが得ている情報では、可能な限り早急に話がしたいという豊穣神側の要望に従い、今日リッチ男爵とマリーが豊穣の神殿を訪れることになってより、そこでどんな話が展開するのかを想像し……クリスは、無意識にお腹を撫でるように手を動かしていた。
シリアス先輩「当然と言えば当然だが、帝国内で起こってることだし、この胃痛戦士もそりゃ影響は受けてるよな」




