広がる余波④
香織さんがお茶のおかわりを用意してくれて、香織さん自身も席に座って茜さんの話を聞く姿勢になる。
「まず、アルクレシア帝国西部のリッチ男爵家領がある辺りは、ウチの商会も過去に何度か仕入れはしたことはあるけど、ポテンシャル自体は高い土地やねん。土壌もええし、気候もアルクレシア帝国の中では安定しとるから、質の高い農作物が収穫できる。品質なら、アルクレシア帝国内でもトップクラスと言ってええやろうな」
「へぇ、でも、リッチ男爵家って貧乏なんだよね? いや、貧乏って言っても貴族の中でだから、一般人と比較するとお金持ちなんだろうけどさ」
「品質が良ければたくさん売れるって話でもないからな。結局のところ宣伝による話題性やイメージ、販売戦略含む需要と供給のバランス、その辺りがしっかりしてないと派手に売れることはないわ。そもそも、品質は高い言うても、別に世界一とかそんなレベルちゃうし、農作物の質が高いシンフォニア王国とかも含めたら、同じぐらいの品質で安いもんや、品質で上回るもんもあるからな」
実際ラズさんとかも、リッチ男爵家のリプルは高評価だったので本当に質は良くて美味しいのは間違いない。でもやっぱり、それだけで売るのは難しく宣伝とか知名度とか、そういうのも重要になってくるんだろうが、当然しっかりした宣伝を行うにはお金がかかるので、リッチ男爵家にはそれを行うだけの資金力は無いという感じなのだろう。
さらには物流も悪いという事だし、大きく売り出すにしても越えるべきハードルが多そうな感じである。
「物流も悪いんですよね?」
「そうやな、そこも大きな問題やな。まずリッチ男爵家領内に転移ゲートが無いし、あの辺はワイバーンの生息地やから飛竜便も飛ばん。その上、山が多いせいか道もあんまり広くてしっかりしたんが無い上に、高低差のある場所も多くて、とにかく大量の荷物を運ぶんに向いてないんよ」
茜さんのように転移魔法で荷物を運べるならともかく、転移魔法具自体も高価だし農作物の輸送に使うにはコストがかかりすぎるので難しいのだろう。
「私は、そういう商売はよく分からないんだけど、開発して物流をよくしようってなったりはしないの?」
「そりゃ、利益が見込めるならそういう話も出てくるやろうけど、魔物の生息地が多い場所の街道を整備したりやとか、転移ゲートとか作るのとかには莫大な金がかかるし、それに見合うだけのリターンが期待できへんかったら、誰も出資とかはせんわ。国にしてみても、もっと他に優先して開発すべき場所がいくらでもあるし、そこそこ質のええ作物が採れるぐらいの辺境に、予算組んで大金放り込んだりはせんよ。せやから結果として、ポテンシャル自体はそこそこあるけど、物流改善にかかる金額には見合わん辺境……ってのが、リッチ男爵家の評価……やった」
そこで言葉を区切る茜さんの意図は分かる。過去形という事は、現在は状態が変わっているという意味だろう。
そう思っていると、茜さんは若干呆れた顔で俺の方を指さす。
「やけど、そこにこの爆弾魔が、話題性と需要をぶち込みよった。快人にしてみれば、知り合いに貰いもん分けて勧めた程度の認識やろうが、お前の知り合いの知名度が世界規模過ぎんねん。うちらの世界でも有名人が使用したりとか贔屓にしたりとか、そういうのは話題性として強くて、ブームの火付けにもなるやろ?」
「テレビCMとか広告とかも有名人を起用したりするよね」
「そうや。そんでそこにめっちゃ金もかかるわけやし、そもそも世界規模の知名度を持つ相手なんてよっぽどのコネでもなければ起用できん。ところがこのアホは、死王様やら伯爵級やらにばら撒きよったし、死王様に至っては購入する気でおる上に、農作物関連やとぶっちぎりの知名度の妖精の大農園のラズ様に知り合いに勧めてくれとか軽い気持ちで言うたんやろ? あの人のコネクションがどんだけ広いか分かって……へんから、こうなってるんやろうなぁ」
「やっぱ、ラズ様って凄い人なの? 私の印象だと、優しくて可愛らしい方ってイメージだけど……」
「農作物やったら世界のトップやし、顔もとにかく広いから、ラズ様が注目してるってだけで話題性はヤバいわ。そこに死王様の話やら、他にも快人やラズ様が進めた相手とかの知名度も考えれば、そう遠くないうちにブームに火が付くのは確実やな」
正直茜さんの言う通り、ラズさんが顔が広いというのは知っていたが、業界的にそこまで有名人だとは思っていなかった。
ちょっとでもマリーさんのところの売り上げ増加に繋がればいいなぁと、お裾分けした人に勧めてみたわけだが、想像以上にとんでも無いことになってる気がする。
「何度も言うけど、あの辺のポテンシャル自体は高いねん。だから、話題性と需要に火が付けば、跳ねるだけの素質は十分にある。んで、需要が生まれて加熱していけば、当然あの地域自体の発展も始まるわけで……ロード商会が動いてるのはその辺りやろうな。たぶん、ロード商会はリッチ男爵家領に転移ゲートを作る気やと思う。これから発展していく可能性が高い土地の、物流の根幹を握っとればそらもう大儲けやわ。もちろんそんなん、転移ゲート作れるほどの大金を早急に動かせるロード商会やからこそやけどな」
「あ~なるほど、私もちょっとわかってきたかも。話題性で需要が高くなって、注目度も高くなれば他の商会とかもその辺の地域に出店したり、販売拠点置いたりするようになって発展していく。それで、ロード商会によって欠点だった物流が解消されれば、一気に大発展していくってわけだね」
「そういうことやな。本来そんだけのブームやら話題性やらを作るには、それこそ馬鹿みたいな大金がかかるわけやけど……それをこのバケモノは、ちょっとリプルを知り合いにお裾分けしただけで作り出しよったわけや」
「……やっぱり、快人くんって……快人くんだなぁ」
なんとも言えないような呆れた表情で俺を見る香織さんと茜さんに対して、俺はなんとも気まずい気持ちで目線を逸らした。
シリアス先輩「話では省かれてたけど、それだけ注目が集まったらアルクレシア帝国も当然土地開発に動くし、マジでリッチ男爵家領の発展はほぼ確状態ってわけか……その上、なんかしようとしてる豊穣神もいるし……」




