クリスマス番外編~愛しき女神に祝福を~
クリスマス番外編二話目です。ご注意を。
クリスマス……その起源は神の子であるイエス・キリストの降誕を祝う祭りであり、俺の生きた世界においても非常に有名な記念日と言えるだろう。
ただ、当然ながらこの世界……トリニィアにイエス・キリストは存在せず、本来ならクリスマスという行事は存在しない筈だ。
しかしこの世界には10年おきに俺の居た世界から勇者役を招く勇者祭という大イベントがあり、その際に訪れた勇者役達から、俺達の世界のものが多く広まっており、クリスマスもその一つと言える。
勿論この世界のクリスマスは、イエス・キリストの降誕を祝うという意味合いでは無い。
この世界には神の子は居なくても、神は実在する為、クリスマスは神々に感謝を奉げるお祭りのように認識されている。
ちなみにこの世界のクリスマスは天の月25日目であり、実は勇者祭の日程とバッチリ重なる。
なので勇者祭のある年には行われないので、俺も今年になって初めて知る事になった。
そして、その神々の頂点、この世界を統べると言っても過言ではない創造神……シロさんは、抑揚のない声で静かに告げる。
「……時空神、サンタクロースになってください」
「……も、申し訳ありません。シャローヴァナル様、意味が良く……」
シロさんに招待されてやってきた神域……なんでもクリスマスのパーティーをするとかそういう話だったと思ったんだけど……きてみたら、クロノアさんがいつも通り無茶振りをされていた。
神に感謝しているトリニィアの人々には、とても見せられない光景である。
「クリスマスと言えば、サンタクロースが必要です。なので、貴女にサンタクロース役を命じます」
「は、はい! シャローヴァナル様の御心のままに……」
「では……」
「なぁっ!?」
どこかゲンナリとしている気はするが、クロノアさんはシロさんには絶対服従なので、肩を落としながら了承する。
するとシロさんは軽く指を振り……クロノアさんが赤と白の衣装に変わる。
「しゃ、シャローヴァナル様!? ここ、これは、一体!?」
「サンタクロースです」
「いや、違う気がします」
シロさん、それはサンタクロースじゃなくって、サンタのコスプレじゃあ……だってミニスカートだし……しかも、クロノアさんの足がやたら長いので物凄くミニに見えて目のやり場に困る。
「み、ミヤマ……見ないでくれ……後生だ……」
「……今日もお疲れ様です」
羞恥に耐えるように顔を赤くするクロノアさんから目を逸らし、完全にクリスマス一色に染まった聖域を眺める。
巨大なクリスマスツリーに、綺麗に降る雪……何故だかその雪は触っても濡れず、景色だけを綺麗に染め上げていく……まぁ、早い話がシロさんは何でもありだ。
「靴下も用意しました」
「……滅茶苦茶でかくないですか?」
「はい。これにサンタクロースが望むプレゼントを入れてくれます。楽しみです」
「え? わ、我がですか?」
おっと、ここで追加の無茶振り、クロノアさんが明らかに動揺している。
それもその筈だ、何せシロさんが期待しているという事は……神族であるクロノアさんにとって、絶対に失敗する訳にはいかない重要な案件となる。
しかし、シロさんの望むプレゼント……なんだろう? 正直まったく想像がつかない。だってシロさんは基本なんでも造り出せる訳だし、わざわざなにかを欲しがるなんて……
そんな疑問を感じていると、クロノアさんは恐る恐るといった感じで巨大な靴下についているカードを手に取り、そこに書かれている事を確認して……ガックリと肩を落とした。
「……あの、シャローヴァナル様?」
「なんでしょう?」
「……これは、我がどうにかできるものでは……」
「そうですか、そうでしょうね」
クロノアさんはアッサリ自分には無理だと告げ、シロさんも特に咎めたりする様子もなく頷く。
一体シロさんがカードに書いていたのは何だったのかと首を傾げる俺の前に、クロノアさんがそっと……どこか哀れむような表情でカードを差し出してくる。
二つ折りになっているカードを受け取って、その中を開いてみると……シロさんらしい本当にカッチリと整った字でこう書かれていた……『快人さんのキス(ロマンチックな雰囲気で)』……
「……は?」
おいおい、ちょっと待て、なにこの無茶振り……いや、括弧さえなければ問題無かった。しかし括弧の中のロマンチックな雰囲気でという一文が、とんでもなくハードルをあげている。
ま、まさか、ここに来て俺に無茶振りが飛んでくるとは思わなかった……シロさん、なんて恐ろしい。
「……期待しています」
「……は、はい。努力します」
抑揚のない声で告げるシロさんの言葉が、あまりにも重いプレシャーとなってのしかかってくるのを感じつつ、一先ずパーティーを楽しむ事にした。
神域で行われたパーティーの参加者は、勿論最高神の三方と俺のみで、シロさんを入れて5人でのパーティーとなった。
フェイトさんはひたすらクロノアさんの事を笑っており、非常に楽しそうで……ライフさんは穏やかに微笑みながらも、何故か胸元がやたら開いたドレスを着てきていて、その暴力的な程の魅力により、図らずも俺はまた理性との戦いを強いられる事になった。
そんな騒がしいパーティーも一段落し、俺はシロさんと二人で雪の降る神域の景色を眺めていた。
「シロさん、今日はとても楽しかったです。招待してくれてありがとうございます」
「いえ、こちらこそ……ですね」
シロさんは相変わらず抑揚のない声と無表情で景色を眺めていたが、流石に俺ももうそれなりに長く一緒に居る訳だし、シロさんが楽しんでいるというのは十分に伝わってきた。
決して居心地が悪い訳ではなく、どこかくすぐったいような沈黙が訪れ、俺とシロさんはただ静かに降り積もる雪を見続ける。
「……大変ではありませんか?」
「え? なにが、ですか?」
「……私に付き合うのは、大変ではありませんか?」
「……」
それはこの独特の雰囲気がそうさせるのか、シロさんにしては珍しく自信の無い感じの……不安げな声に聞こえた。
感情が読みにくいとはいえ、シロさんだってロボットという訳ではない。不安に思う事もあるだろうし、悩みの一つだってあって当然だと思う。
そんなシロさんの言葉を聞いて、俺は体をシロさんの方に向け、美しい金色の瞳を見つめながら口を開く。
「確かに、大変ですし、振り回されてばかりな気がします」
「そうですか……」
「けど、それ以上に楽しくて幸せです」
「……え?」
「俺はシロさんといると楽しいですよ。もっと一緒にいたいって思います……だから、全然苦ではないです」
「……」
嘘偽りの無い気持ちを伝えてから微笑むと、シロさんは少しだけ目を見開いて俺を見つめ……微かに笑みを浮かべた。
「……私は、今までどれだけの年月を生きてきたのでしょう。多くを見て、多くを知り全能の傍らにさえ立ったというのに……未だ全知には程遠いようです」
「……」
「いえ、或いはこの世に『全知などはない』のかもしれませんね。世界は移り、変わり、幾重にも新たな知を果てない夢を生み出し続ける」
そこで言葉を区切った後、シロさんは世界の美が凝縮されたかのように、あまりにも美しく優しい笑顔を浮かべる。
「私には感情など無い、そう思っていたのが遠い昔のようです……今、私は楽しいと感じ、そして幸せだと実感している……貴方が、それを教えてくれました。ありがとうございます」
「だったら、俺もお礼を言わないといけませんね。俺もシロさんに出会えて、本当に幸せです……ありがとうございます」
「ふふ……はい」
見る者を魅了する暖かな微笑みを浮かべた後、シロさんはそっと目を閉じ、俺はゆっくりとその肩を抱いてシロさんを引き寄せる。
そしてそっと……俺なりの精一杯の想いを込めて、愛しき女神へ聖夜のプレゼントを贈った。
甘くなってきた気がします。