専用ブラシの購入⑯
待ち合わせ場所は、コンサートホールから少しだけ離れた人通りの少ない場所ではあるが、それでも周囲にはそれなりの人が見えた。
軽く雑談をしながら待っていると、少し優位がざわつくような気配がして、コーネリアは反射的に背筋を伸ばした。
(い、いよいよ……ほ、本当に大丈夫なのでしょうか? ニーズベルト様のお言葉を疑うわけではないのですが、戦王様と対面すると思うと、どうしても背筋が冷たくなります)
程なくして前方から歩いてくるのは、背の高い老紳士と角の生えた小柄な少女……傍目に見れば普通に老人と孫のようにも見えるのだが、進路上に居た人間は素早く道を開ける。
メギドは人化した姿もかなり有名であり、それが複数あることも知られているが、直接会ったことが無いものでも割とすぐに分かる特徴がある。
それは、その存在感である。メギドは認識阻害や情報隠蔽の魔法を使うことは無く、わざわざ身にまとう魔力を抑えたりもしない。少女の姿であろうと、その巨大な魔力と存在感は健在であり、戦王が人化した姿というのはすぐに分かるほどだった。
例えばこれがクロムエイナなどであれば、認識阻害魔法を使ってなければ彼女を一目見たい、話がしたい、あるいはサインなどを貰いたいという人が大量に集まって騒ぎになるのだが、メギドに関してはそれは当てはまらない。
むしろ基本的に一般人はメギドを避ける。理由は単純で、メギドを不快にさせた場合は文字通り殺されるからであり、無闇に声をかけたりせず道を開ける。六王の中で一般人に飛び抜けて恐れられているのはアイシスだが、メギドもそれに次ぐ程度には恐れられているのでそれも必然ではある。
人が避けたことで視界が開けて見やすくなると、メギドはこちらを見て明らかに嬉しそうな表情を浮かべた。
「おぉ! カイトじゃねぇか! こんなところで、奇遇――いてっ!? おい、なにしやがる!」
「こんなところで大声を出すな馬鹿者。無駄に注目を集めるだけじゃろうが……」
「別に周りなんざどうでもいいだろ……邪魔なら、散らすか?」
「やめい」
快人を見つけて、明らかにテンションが上がった様子で大きな声を出したメギドの頭にマグナウェルの拳が落とされ、その光景を見ながらコーネリアはこれからこの注目の中で六王ふたりと対面するのかと、お腹を押さえて遠い目をしていた。
「こんにちは、メギドさん、マグナウェルさん。偶然フレアさんとエインガナさんに会ったので、ご一緒させてもらいました」
「ってことは、アレグラシンフォニーの演奏を聞きにきたわけか、いい目の付け所だな。まだ粗削りな部分はあるが、いい楽団だからな」
「誕生日の祝い以来じゃな、偶然とはいえこうして会えたことは喜ばしいのぅ」
とりあえず快人が声をかけると、メギドもマグナウェルも上機嫌な様子で言葉を返す。そして、その直後にメギドがチラリとコーネリアの方を向き、コーネリアは思わす背筋を伸ばした。
「……んで、テメェは誰だ?」
かつてアルクレシア帝国の建国記念祭の時の香織や茜がそうであったように、メギドは声にドスが効いているというか、メギドのことをよく知らなければ不機嫌と思えるような話し方をする。
特に快人に対しては非常に上機嫌で話す為、快人と会話していた時からの落差が凄まじく、コーネリアも大量に汗を流しながら内心でなにか失礼をしてしまったのかと焦っていた。
「メギドさん、コーネリアさんが怖がってるじゃないですか」
「あ? なんでだ?」
「だから、前も言いましたけど、メギドさんのことをよく知らないと怒ってるように見えるんですよ……コーネリアさん、大丈夫ですよ。メギドさんは怒ってるわけじゃなくて、ごく普通の状態です」
「そ、そうなのですね……し、失礼しました」
快人が間に入ってくれたことで、コーネリアはホッと胸を撫で下ろす。
(じ、寿命が縮むかと思いました。てっきり、なにか不興を買ってしまったのかと……そういうわけではないのですね。で、できればこのまま、カイト様だけが話すような形が望ましいのですが……無理……ですよね)
とりあえず快人の言葉を信じて、メギドが怒っているわけではないというのには納得したが、ここからどうすればいいのか……果たして自己紹介などをしていいものなのかと悩んでいると、快人がメギドとマグナウェルに告げる。
「メギドさんとマグナウェルさんにも紹介しますね。彼女は、今日一緒に来た友人のコーネリア・シャロンさんです」
「コーネリア・シャロン? ああ、アイツの何代か後のやつで名前は受け継いだ感じか……パーティじゃ見かけなかったが、カイトの新しい女ってことだな!」
「……友人って言いましたよ?」
「あん? でも、デートしてんだろ……あぁ! まだ抱いてねぇってことか! でもまぁ、デートに応じるってことは抱かれてもいいってことだろ?」
「メギドさん、ちょっと俺の方から話通しておくので、クロに恋愛関連の補習してもらってください」
「な、なに? なんでだ!?」
やり取り自体は軽快でコミカルではある。だが、メギドの声が非常に大きく、快人の声は普通であるため……遠巻きに見ている者たちには、コーネリアが「快人の新しい女」という発言はバッチリ聞こえているだろうが、快人の否定の言葉は聞こえていない可能性が高い。
そして、周囲にはちらほら貴族らしい……コーネリアにとっては見覚えのあるような人物もいて、コーネリアは胃を貫くような痛みと共に眩暈を感じていた。
シリアス先輩「相変わらず恋愛に関しても脳筋MAXなゴリラ……」
???「ともかく思考が単純で回りくどいことを嫌うので、クロさんも指導には苦労してましたよ」