専用ブラシの購入⑫
ニーズベルト、エインガナのふたりと、快人とコーネリアのふたりの会話は、ある意味当然ではあるがコンサートホールで演奏を行うアレグラシンフォニーの話へ移行していった。
場所がコンサートホールに隣接しているといっていい場所にあるカフェなので、双方ともに目的はコンサートホールであることを察するのは簡単であり、そういった会話の流れになるのも必然だ。
「じゃあ、やっぱり、フレアさんとエインガナさんもアレグラシンフォニーの演奏を聞きにきたんですね」
「うむ。まぁ、我の場合は音楽に関してはまだまだ浅学といっていい知識しか持ち合わせておらん故、エインガナに誘われてではあるがな」
「最近はニーズベルトが音楽に興味を持ってくれたおかげで、こうした催しなどに誘えるようになったのは嬉しい限りですね。ニーズベルトが好むロックとは違いますが、アレグラシンフォニーは実力も将来性も兼ね備えたいい楽団ですよ」
穏やかに言葉を交わす快人たちを見ながら、コーネリアは少し落ち着いて来た頭で思考をしていた。
(基本的にカイト様が、ニーズベルト様とエインガナ様と会話をしてくださるのはありがたいですね。エリス様であれば、それこそ六王幹部の方々の情報も幅広く集めて上手く会話を進めることが出来るでしょうが……私にそこまでの知識はありませんし、話題についていけない状況が懸念されますね。ただ、幸いにもいまの音楽の話の流れはありがたいです)
コーネリアはエリスほど幅広い知識を持っているわけではないのだが、芸術や音楽……いわゆる芸能と呼ばれる分野に関してはかなり詳しい。
さらに快人の友人という事で初期好感度が上がっているとはいえ、彼女自身に話が振られることは現時点では少なく、心の中でホッと胸を撫で下ろしていた。
もちろんそういった場面で、的確に「このまま平穏に……」という願いを打ち砕いてくるのが快人である。
「しかし、ミヤマカイトさんたちもアレグラシンフォニーの演奏を聞きにきたとは、まだ決して有名とは言えない楽団なのですが、目の付け所が素晴らしいですね」
「ああいえ、俺の場合はこの街に始めてきたので、コーネリアさんにいろいろ教えてもらった感じですね。アレグラシンフォニーに関しても新鋭の楽団でまだ人気という面では控えめだけど、今後大きく伸びていく可能性のある楽団って教えてもらいましたね。コーネリアさんはかなり音楽とかには詳しそうですし、楽団とかも人気の楽団以外もかなり詳しかったりするんじゃないですかね?」
「……ほぅ、ミヤマカイトさんから見て彼女は知性に優れた方ということですか?」
「知性ももちろん優れてると思いますけど、音楽とかその手の分野に特に精通してる印象はありますね。説明も分かりやすかったですしね」
「……なるほど」
快人の言葉を聞いて、エインガナが明らかに興味を持ったという感じでコーネリアの方に視線を向けた。
(カイト様? カイト様!! 私は、他者の功績を己のことのように語らず伝える貴方の誠実さは大変素晴らしいと思いますし、まだそれほど親しいとは言えない間柄の私の得意とする分野を見抜く慧眼も凄いと思うのですが! 思うのですが!! 時には、嘘が……あえて控えめに伝えたり隠したりすることが、なにかを救うこともあるのですよ!? 主に私の胃の痛みとか、精神的な面とかを……)
先程までとは違い「快人の友人」としてではなく、コーネリア個人に興味を持った様子のエインガナの視線にコーネリアは心の中で悲鳴を上げつつ背筋を伸ばす。
「コーネリアさん、でしたね?」
「は、はい!」
「普段からよく音楽の鑑賞などを?」
「ええ、個人的にそういった分野は好んでおりまして、アレグラシンフォニーに関しては、風の月にあった芸術祭で知りました」
「ああ、西部の交易都市で行われる祭りですね。私も何度か足を運んだことがあります。芸術祭と言えば、アルクレシア帝国ではなくハイドラ王国でも……」
エインガナの口調はあくまで穏やかであり、趣味の話題を広げられることを楽しんでいる様子ではある。ただコーネリアから見れば、やはりエインガナはとてつもなく格上の存在であり、まだほぼ初対面といっていい現状では迂闊な発言で不興を買わないように、かなり集中して会話に応じる必要がある。
特に今回は家名も名乗っているので、コーネリア個人の話では済まない可能性もあるため、表面上は微笑みつつもかなり必死だった。
(……カイト様、か、可能であればフォローを……私はエインガナ様に関してはあまり詳しくなくて、なにが不興を買ってしまうか分からなくて恐ろしいのです。だ、駄目そうですね。ニーズベルト様と楽し気に会話していらっしゃいますし……)
出来れば要所要所で快人にフォロー……会話に加わって貰いたかったのだが、根本的に快人はさほどこの世界の音楽事情に詳しくない。そして、エインガナとコーネリアが同じ趣味の話題で盛り上がっている……ように見える状況では、邪魔をしないという選択肢を選ぶのは必然だった。
もちろん感応魔法でコーネリアの緊張などは察しているので、本当にいっぱいいっぱいになったり、会話に詰まったりすれば助けてくれるのだろうが……逆に言えばそうなるまでは会話に加わってくる可能性は低いため、コーネリアの苦難はまだしばらく続きそうだった。
シリアス先輩「あ~知識とかの関連だとエリスの方が上で、こういった場面でも差は出てくるのか……そういえばエリスは、ラサルと遭遇した時に付け焼刃程度の知識なら死霊術関連も語れるっぽい感じだったし、マジで知識の幅は広そう」
???「あとエリスさんは、精神的にタフというか、割とすぐに持ち直して落ち着いて対応できる強さもあるので、総合的に見てエリスさんの方が上ですね」