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思い出を積み重ねていけばいいと思うから


 風呂場でのハプニング……というか、大体ルナマリアさんのせいで発生した事態により、現在俺とリリアさんは非情に気まずい状態になってしまっていた。

 リリアさんは部屋に籠ったりこそしなかったが、リビングの端で両手で顔を覆って座りこんでしまっており、俺の方もどう声をかけて良いかが分からない。


 リリアさんの現在の心境は察して余りある……リリアさんは、俺と本当の意味で恋人になりたいと、全霊の勇気を振り絞り混浴という手段に打って出た訳だが、それは全て勘違い……いや、諸悪の根源によって仕込まれた偽情報である事を知り、現在はもう恥ずかしさでどうすればいいか分からないと言った感じだろう。

 

 最悪気付いた時点で終了していればよかった。それなら上手くフォローすれば、怒りがルナマリアさんを焼き尽くすだけで終わっていた。

 しかし、リリアさんはそこで痛恨の気絶をしてしまい……全裸を俺に見られてしまうという、穴があれば入りたい程の羞恥を味わう事になってしまった。


 よって偽情報を伝えたルナマリアさんへの怒りを、裸を見られた恥ずかしさが上回り、現在のように耳まで赤い状態で顔を隠して座りこんでしまっている。

 いっそ俺をスケベだとかそんな風に責められたら楽だったのかもしれないが、リリアさんもあの状況で俺が裸を見てしまったのは不可抗力である事はしっかり理解しており、性格的に八つ当たりをするような人では無い……そうなると感情が行き場をなくしてしまうという訳だ。


「……あ、あの……リリアさん?」

「ッ!? な、なな、ななな、なんですか!?」


 しかしこのままでは埒が明かないので、俺はなんとか会話の糸口を掴もうと声をかけるが……リリアさんは飛び跳ねるように肩を動かし、震える声で返事をしながらもこちらは振り向かない。


「えっと、あの……不可抗力だったとはいえ、本当にすみません。しっかり考えれば、もっとほかに上手い方法があったかもしれませんし……今回の件は俺の責任です」

「ち、違います! カイトさんはなにも悪くないです!! 元はと言えば、私がルナの言葉を真に受けて……あんな……あんな……はしたない事を……」


 やはりこちらは振り向かないままだったが、リリアさんの肩は小刻みに震えており、何かを恐れているようにも感じられた。

 ただ、雰囲気からして俺を恐れているというわけではなさそうだ……だとしたら一体何を……


「……き、嫌いに……なりましたか?」

「え? な、なにをですか?」

「こ、こんな、世間知らずで……情けない……駄目な私を……」

「……」


 恐る恐るといった感じで告げるその言葉を聞き、ようやくリリアさんがなにを恐れているのかが理解出来た。

 リリアさんは昔のトラウマに近い出来事が原因で、人に怖がられたり嫌われる事を極端に恐れている節がある。

 そして責任感が強いのが災いし、自分が駄目だから嫌われたと、そんな風に認識してしまうんだと思う。


 リリアさんにとって俺は、生まれて初めて出来た恋人……友人より深い位置に居る存在と言っていい。

 だからこそリリアさんは俺に嫌われたくないと……ちゃんとした恋人になりたいと、そう思って今回の機会に混浴に踏み切ったんだと思う。

 それで今は、嘘の情報を鵜呑みにした自分に対し、俺が幻滅してしまうんじゃないかと……震えているんだろう。


 そんなリリアさんのいじらしい本心を理解すると同時に、スッと心が軽くなったような気がして、同時に思考がクリアになってくる。

 そうなってしまえば自分がなにをするべきか理解するのは早く、即座に行動に移し、ゆっくりとリリアさんに近付き……座りこんでいるその体を後ろから抱きしめる。


「ひゃぁっ!? か、かか、カイトさん!? い、いい、一体、なな、なにを……」

「……それはこっちの台詞ですよ。一体何を訳の分からない事を言ってるんですか……俺が、こんな事ぐらいでリリアさんを嫌いになるなんて、ある訳が無いですよ」

「……え?」


 そう、俺が今リリアさんにしてあげられる事は、なにより彼女を安心させてあげる事だと思う。

 恋人らしさなんてのは、まだ俺にはよく分からないが……それでも、震えている恋人の体を抱きしめてあげられるぐらいの甲斐性はあるつもりだ。


「リリアさんが俺の為に色々考えてくれて、勇気を出してくれたのは……本当に嬉しいですよ。でも、そんなに焦らなくて大丈夫ですから……」

「……カイト……さん?」


 リリアさんは事恋愛に関しては、俺でも分かるぐらい奥手なんだと思う……本来ならもっと、ゆっくり段階を踏んで、一つずつ心の壁を取り除いていかなければならないのに……焦りと恐れからそれを急ぎ、少し失敗してしまったんだと思う。

 だからこそ、今のリリアさんに必要なのは、確かな安心……そして、俺が見せられる精一杯の度量だ。


「……俺は、どこにも行きません……急かしたりもしません。いくらだって待ちますから……少しずつで、良いんですよ」

「……」

「世間一般の恋人がどうだとかは、俺にもよく分かりませんけど……俺達には、俺達のペースがあると思います」

「……はい」


 出来る限り優しく穏やかに言葉を続けていくと、少しずつリリアさんの体から力が抜けていく。


「リリアさん一人が焦って抱え込んで、無理に頑張る必要なんてないんですよ……俺達は恋人なんですから、一緒に色々考えて、相談して進んでいきましょう」

「……カイトさん」

「俺達なりのペースで良いんです……一つ一つ、思い出を積み重ねて……一歩ずつ、お互いに近付いて行きましょう。ね?」

「……はい」


 その言葉と共に、リリアさんは顔を押さえていた手を離し……後ろから回している俺の手に、そっとその手を重ねる。


「……カイトさん、本当に良いんですか? 私は臆病だから、一杯時間がかかってしまいますよ? きっと、いっぱい待たせてしまいますよ?」

「良いに決まってるじゃないですか……そういう所も含めて、リリアさんらしさ、ですよ。俺は、そんな貴女を好きになったんですから……待つ事なんて少しも苦じゃないです」


 確認するように告げるリリアさんの言葉に、俺は優しく……それでいて力強くハッキリと答える。

 すると俺の腕を握るリリアさんの手に少し力が籠り、そのまま少し沈黙してから、リリアさんはポツリと呟くように言葉を発する。


「……私は、本当に幸せ者ですね」

「そう、思いますか?」

「はい……だって、こんな意気地のない私に、焦らなくて良いと、いくらでも待つと言ってくれる素敵な男性が居て……その男性が、恋人なんですから……」

「……リリアさん」


 それは本当に幸せそうな声で、聞いている俺の方まで暖かく幸せな気持ちにしてくれた。

 そしてリリアさんは、俺の手に指を絡め……恋人繋ぎのように握りながら、真っ直ぐな好意を込めて言葉を続ける。


「……きっと、時間がかかってしまうと思います。でも、私も、頑張ります……私はカイトさんの恋人なんだって、胸を張って言えるように……」

「はい。俺も同じ気持ちですよ」

「ありがとうございます……いつか、私が自分に自信を持てる日がきたら……カイトさんのすぐ傍に行けるだけの勇気が出たら……その時は……私の全部を……貰ってくれますか?」

「はい。喜んで」


 拝啓、母さん、父さん――雨降って地固まる……とは少し違うかもしれないけど、ハプニングがあったお陰で、また一つリリアさんの事を知る事が出来たと思う。お互い初めての事も多くて、中々歩幅を合わせて進んでいくのは難しい気もするけど、きっと大丈夫……これから先も、焦らず、俺達なりのペースで、こうして――思い出を積み重ねていけばいいと思うから。





シリアス先輩「なに現実世界でクリスマスイブだからって、いつも以上にいちゃついてんだ!!」

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