専用ブラシの購入⑧
ヴィクター商会で専用ブラシの申し込みは無事完了した。当たり前ではあるが、注文して即ブラシが出来上がるわけではないので、後日発送という形になる。
そう、それが極めて正常な形である。最近その辺りに万能すぎて頼んだら即用意してくれるカナーリスさんが居るので、少し間隔が麻痺してきてるが時間がかかるのは当然なので、楽しみに待たせてもらうとしよう。
「なんというか、想像以上に早く終わりましたね」
「そうですね。ブラシの材質や組み合わせなどを考える時間が、全種注文という形で短縮されたので、ある意味では必然ともいえますが……」
「確かに、普通はそこに一番時間がかかりますよね」
言われてみればその通りであり、本来であればブラシの形状だとか材質だとかを予算と相談しながら選ぶのが一番時間のかかる部分だ。
しかし、俺はそこを全種類すべての組み合わせという力技で省略したので、注文が早く終わるというのも当然の結果である。
「まぁ、とりあえず来る時に話してた通り、アレグラシンフォニーの演奏を聞きに行きましょうか……あっ、でも公演時間みたいなのもありますよね」
「ええ、公演時間と席の空き具合に関しては、アンネに調べてもらう様に伝えておいたので……どうでしょうか?」
「はい、コーネリアお嬢様。こちらが、本日の公演時間を纏めたものです。直近ですと、この時間帯ですね。この公演時間の席に関しては、最上位の席は埋まっていますが、それ以外はそれなりに空きがある様で、チケットも問題なく購入可能かと思います」
お、おぉ、流石というか準備がいい。コーネリアさんはヴィクター商会で注文を行っている間に、アンネさんに公演時間や席状況などを調べてくるように指示を出していたみたいで、いま求めている情報がすぐに提示された。
そんな事を思っていると、不意にアリスが目の前に姿を現した。
「カイトさん、チケット買いません? ここに最上位席が並びで2枚と、その最上位席の後方で護衛に適した席が1枚あるんですが……」
「……う~ん、そりゃいい席の方がいいだろうし、買うのは問題ないんだけど……お前のその顔、なんか企んでる時のやつだろ?」
「はて? ああちなみに転売とかそういうのは気にしなくていいですし、あそこのコンサートホールの権利は私が持ってるので、その権限で確保したやつです」
現れたアリスは3枚のチケットを手に持ってひらひらとさせながら笑みを浮かべており、その笑みは悪ふざけをする時のものなので、なにか思惑はありそうな気がする。
ただ席自体はいい席なのは間違いなしだし、配置もいいとは思う。けど、う~ん、やっぱなんか企んでる気がするんだけど……。
「……コーネリアさん、どうします? いい席なのは間違いないと思うんですが、たぶんなんか企んでます」
「それは、まぁ、幻王様ほどの知略に富んだ御方であれば、行動ひとつとっても様々な思惑があるのは必然かと思いますが……」
「いや、そういうのじゃなくて、なんか面白がってる類のやつなんですよね……でも内容までは、よく分からないですね」
「幻王様が勧めてくださる席なら間違いはないと思いますし、幻王様の意向という意味でもその席がよいかとは……実際に最上位席なので、鑑賞には適していると思います」
俺はアリスのことをよく知ってるので、間違いなくなにか面白がってるとは思うんだが……その内容が分からない。コンサートホールの特定の席に座って楽団の演奏を聴くことに、いったいなんの面白味を見出しているのか……俺が本気で嫌がるようなことはしないだろうが、どうにも怪しさがある。
ただ、コーネリアさんの方はアリスの悪ふざけとかはよく知らないので、幻王にはなにか崇高な思惑が……みたいな感じで、席を買うのに賛成っぽい。
「……まぁ、じゃあ、アリス。その席買うよ」
「はいはい、まいどあり~定価でいいっすよ」
コーネリアさんの言う通り実際に席はいい場所なので、訝しみつつもチケットを購入した。すると、お金を受け取り終えたアリスは、フッと微笑んだ後でコーネリアさんの肩をポンッと叩く。
「……まぁ、正直可哀そうだと思うので、情報面の操作とかフォローしておいてあげますね」
「……げ、幻王様……あ、あの、なんでそんな憐れみの目を……私、これからなにかその席で悲惨な目に?」
「いや、快人さんならたぶん席とか関係なく発生というか、席に行く前に起こりそうな気がするんで、関係ないと言えば無いんですが……まぁ、頑張ってください!」
「げ、幻王様? 幻王様っ!!」
グッとサムズアップした後で姿を消したアリスを、コーネリアさんは青ざめた表情で呼んでいたが、再度姿を現すことは無かった。
シリアス先輩「……メギドたちの近くの席ってことか?」
???「というか隣ですね。まぁ、本当にチケットは関係なくその前……劇場の前とかで遭遇するでしょうし、むしろ偶然会った知り合いと近くの席って意味では、いい方向でのフォローですよ。ゴリラさんとか、カイトさんが居るとなったら、強引に近くの席に来る可能性もありますし……」
シリアス先輩「まぁ、たしかに、お前がなにかしなくても絶対に遭遇するってのは間違いないし、結果はむしろフォローを約束するだけコーネリアにとってはプラスか……」