閑話・這い寄る終焉(胃の)
快人がヴィクター商会で専用ブラシについて話を聞いていた頃、商業都市内を並んで歩くふたりがいた。
「ふむ、やはりいろいろ新鮮じゃし、なにもかも物珍しいわい。ワシはこの分体を手に入れてから、すっかり観光が好きになってしまったのぅ」
「まぁ、テメェのサイズじゃいままでは迂闊に街になんて入れなかっただろうしな。そりゃ、見るものすべて珍しいだろうさ」
「うむ。以前はそもそもこのサイズになることが不可能じゃったからな。それはそれで問題ないと思っておったが、この分体を手に入れていろいろ体験してみると、いままで随分もったいない時間を過ごしていたとそう感じるのぅ……まぁ、早い段階で街や娯楽に興味を持っていても、この分体が手に入らんかったじゃろうがな」
「過去なんざ気にしてもしょうがねぇだろ。いまは分体手に入れて動き回れるようになったんだから、せいぜい楽しみゃいいんだよ。せっかくニーズベルトとエインガナが音楽鑑賞に誘ってくれたんだから、小難しいことなんて考えなくていいんだよ」
「たしかに、それはそうじゃな」
方や落ち着いた雰囲気のロマンスグレーの老紳士、方や巻き角の生えた小柄ながら強烈な威圧感と存在感を放つ少女……マグナウェルの分体と人化しているメギドだった。
ふたりがこの街にいる理由は単純で、ニーズベルトとエインガナが最近分体を手に入れていままでできなかったことをいろいろ楽しんでいるマグナウェルを音楽鑑賞に誘い、たまたまそのタイミングでマグナウェルと酒を飲んでいたメギドも一緒にやってきた形だ。
そして楽団の公演時間までまだ時間があるため、ニーズベルトとエインガナ、マグナウェルとメギドという形で分かれてのんびりと観光を行っていたところだった。
「……それにしてもメギド、お主はなんでその少女の姿なんじゃ?」
「ああ、カイトがこの姿を気に入ってんだよ。確かにクロムエイナとかシャルティアみりゃ想像できるが、この体系が好みに合ってるのかもしれねぇな。だから、いざカイトがこの姿の俺を抱きたくなった時に抱きやすいようにってことで、最近は人化するときはこの姿になってることが多いな。いや~俺自身も意外だったんだが、俺は惚れた相手には結構尽くすタイプなのかもしれねぇな!」
「それは尽くしているという表現でよいのか? まぁ、ワシに恋愛云々はよう分からんが……またクロムエイナやシャルティアに叱られんようにすることじゃ」
「う~ん、どうにもまどろっこしいんだよなぁ……俺はカイトに惚れ込んでんだし、カイトだって俺のこと嫌ってるわけじゃねぇんだから、手っ取り早く肉体関係持った方が話がはえぇと思うんだけどなぁ……まぁ、いいさ、時間かけるのもそれはそれで楽しいからな。それで、マグナウェル、どこに行くんだ? 俺はこの街には何度か来たことがあるから、行きてぇ場所があるなら案内してやるぜ」
「うん? そうなのか? お主はアルクレシア帝国は嫌っておると思っておったが……」
マグナウェルの認識としてはメギドは貴族主義が強いアルクレシア帝国は嫌い気味であり、あまりアルクレシア帝国の街に訪れているというのがイメージし辛かった。
「いや、別に全部を全部嫌ってるわけじゃねぇし、なんならいまの皇帝は結構気に入ってるぞ。あれこれ改革してて、国を変えてやろうって気概がいいよな。ひとつ前のやつはカスだったがな……クロムエイナが絶対にやめろって言ってなけりゃ、さっさと殺してたな」
「前皇帝? あまり記憶に残っておらんのぅ……小物じゃったという印象しかない」
「ああいう、派手に悪事をやらかすでもなく私腹を肥やしまくるでもなく、なにもかも中途半端で姑息にチョロチョロ小遣い稼ぎしてるタイプが一番ムカつくんだよな。勇者祭以外の場所で俺の視界に入りやがったら、半殺しにしてやろうとは思ってたな。まぁ、それはそれとしてこの街は結構好きだぜ。昔のシャロン伯爵が結構思い切った施策をやったからな……いまとなっちゃ珍しくはねぇが、それでも当時は革新的で感心したもんだし、挑戦心がよかったな。まぁ、最近のシャロン伯爵家は安定したからか博打はあんま打たなくなったがな」
「博打を打たんで安定しとるなら、それがええじゃろ」
「……まっ、それもそうだな」
マグナウェルの言葉にメギドは苦笑を浮かべて頷く。メギドは挑戦的な行いをする者は基本的に好きだし、挑戦した結果成功を収めた者も認めているため、シャロン伯爵家に対してはそれなりに好印象な様子だった。
「んで、どこいくんだ?」
「ふむ、コーヒーが飲みたいのぅ。最近気に入っておってな、店によって味が違うので中々に面白い」
「コーヒーか、いくつかいい店を知ってるから、案内してやるよ」
「ほっほっ、それはせいぜい期待させてもらうとしよう」
楽し気に笑いながら街を歩く六王ふたり……その存在が、コーネリアの胃をこれでもかというほど痛めつけるとは、この時点では誰も知りはしなかった。
シリアス先輩「あっ……終わったわコーネリア……六王ふたりに六王幹部ふたりと一気に遭遇するわけか……こ、これが一撃必殺タイプの圧倒的パワー……」