専用ブラシの購入⑥
コーネリアと快人が辿り着いたヴィクター商会の本部は、大きく荘厳……という感じではなかったが、地方役場のように必要なものが纏められ、隅々まで清掃が行き届いた機能性を重視した綺麗な建物だった。
様々な魔物の絵が飾ってあるコーナーや、魔物用品らしき品を販売しているスペースもあり、魔物関連の商会の本部であると傍目に見ても分かりやすい建物だった。
当然今日快人とコーネリアが訪れることは周知されているため、商会長が直々に出迎えてふたりを応接室に案内する。
「改めまして、ようこそ当ヴィクター商会に……本日は魔物用の専用ブラシに関してのお話という事で、当商会の専属魔物学者も同席いたしますので、予めご了承ください」
「よろしくお願いします……魔物学者さんですか?」
「ええ、専用ブラシの作成には魔力鑑定などの専門的な作業も含まれるためです」
「なるほど」
快人の疑問に答える商会長の表情には、緊張が見て取れる。それもそのはずだろう、なにせヴィクター商会にとっては明確に上の立場であり、絶対に失礼があってはいけないシャロン商会を有するシャロン伯爵家の長女が、直々に案内する相手であり、事前に「絶対に失礼のないように」と何度も繰り返し指示が来るほどの相手となれば、緊張もして当然だろう。
ヴィクター商会の商会長は貴族ではないが、魔物のペットに関連する品……そもそも魔物をペットとして飼えるのが裕福な貴族が中心であるため、貴族との交流も多いため快人の話は聞いている。
どれも眉唾な話ばかりであり、半信半疑な部分もあったのだが……コーネリアが明確に快人を格上として扱い、失礼が無いようにと事前に厳命してくるという事は、少なくともシャロン伯爵家の長女であるコーネリアよりも立場は上であるのは間違いない。
「今回は、ミヤマカイト様のペット用のブラシに関するご相談と伺っておりますが、間違いないでしょうか?」
「はい……あっ、ちなみに竜種の鱗用のブラシとかも作れたりするんですかね?」
「もちろんでございます。ペットとして飼うことが出来る竜種は限られておりますが、貴族にはかなり人気がありますので、鱗用や角用の専用ブラシもお作りすることが出来ます」
「そうなんですね。安心しました。えっとじゃあ……ベヒモスの特殊個体と白竜とレインボードラゴンの特殊個体用のブラシを作って欲しいんです。持ってきた毛と鱗がこちらですね」
「「「ッ!?」」」
快人が告げた言葉を聞いて、商会長と魔物学者、そしてコーネリアも驚愕の表情を浮かべる。商会長と魔物学者は、快人が口にした魔物のあまりのレベルの高さに……コーネリアはレインボードラゴンという言葉に……。
(……レインボードラゴンの特殊個体? カイト様が飼っているのは、ベヒモスの特殊個体と白竜……レインボードラゴンの特殊個体は、ジークリンデ様のペットだったような? いえ、確かカイト様とジークリンデ様は恋人同士ですし、ジークリンデ様に頼まれてという可能性もありますか……)
一瞬予想外のことに驚きはしたが、すぐにジークリンデのことを思い出して思考を纏めるコーネリアの前で、快人は持ってきた毛と鱗の入った瓶をテーブルの上に置く。
「そ、それでは少し確認をさせていただきますね……し、失礼します」
魔物学者が恐る恐るといった様子で、特殊な魔法具の眼鏡をかけて最初はベルフリードの毛を手に取る。
「……とてつもない魔力量ですね。毛でこれなら本体の魔力は、成体のベヒモスの数倍……特殊個体というのはここまで違うものなのですね。ああ、失礼……ええ、含まれている魔力も十分ですし、問題なく専用ブラシを作成することが出来ると思います」
凄まじい魔力を有するベルフリードの毛を見て驚きつつも、続けてリンドブルムの鱗の入った瓶を手に取り、その中身を見て……首を傾げた。
「……白竜? これが、白竜の鱗? おかしいですね。通常の白竜とも特殊個体の白竜とも、特徴が合致しないというか……初めて見る鱗のように感じられますね」
「ああ、えっと、確かリン……うちの白竜は、食事の影響で特殊な進化をしてるみたいなんですよ」
「なるほど、確かにそういった例はありますね。魔力の含まれた食材を長期にわたって摂取することで変異するという事例は過去にもあります。ただ、そういった例は食材に含まれる程度の魔力に影響を受ける……魔力の小さな魔物が大半で、白竜クラスの魔物を変異進化させるとなると相当な魔力の籠った食材ですね。参考までに、どのような食材かお伺いしても?」
「えっと、一日一個、世界樹の果実を食べさせてます」
「……」
快人の言葉を聞いて、魔物学者は未知の言葉を聞いたような表情で硬直した。商会長はすでに泡を吹きそうな表情である。
それもそうだろう、世界樹の果実は、とてつもない品であり、世界樹の果実をひとつ手に入れるために長い年月を費やす富豪も多い。なにせ、単純に凄まじい価値だが……お金があれば買えるという品でもないため、手に入れるのは非常に困難である。
それを一日一個ペットに与えていると言われると、唖然とするのも必然だろう。魔物学者は冷や汗を流しながらチラリとコーネリアの方を向くと、コーネリアは神妙な表情で頷く。
その反応を見て、快人が口にした言葉が冗談でもなんでもないことを理解した魔物学者は、明らかに動揺しながらも必死に口を開いた。
「………………あ、ああ……なる……ほど……世界樹の果実ほどの魔力がある食材なら……へ、変異も頷けますね」
魔物学者として培ってきた己の常識が粉砕されるような気持ちだったが、とりあえず己の役目はブラシ作成に必要なだけの魔力量があるかどうかを見定めることだと、それ以外は考えないことにした。
シリアス先輩「なんか、名も無きモブが出合い頭に胃をぶん殴られてた……」
【白界竜リンドブルム】
親馬鹿が惜しみなく世界樹の果実を毎日与え、元の世界に帰ってる間もジークに大量に世界樹の果実を渡して餌やりを頼んでいたため、世界樹の果実の魔力をガンガン取り込んで、もはや完全に新種と言えるレベルに変異進化した特殊な竜種。治癒のブレスを使えるし、本体の魔力量も桁違いに多い。
その上、最近はネピュラの世界樹の果実も食べているため、バフ効果のあるブレスも使えるようになったヒーラー兼バッファーみたいなドラゴン。
実はもう既に人化の魔法が使えるぐらいの魔力量には到達しているのだが、ファフニルも魔力の多く含まれた食材を食べろとは言ったが、まさか毎日世界樹の果実を食べてるとは予想もしておらず、六王祭で会ってから2年程度でそこまでの魔力量になるとは予想してなく「10年ぐらい経ったら様子を見に行くか」程度に考えているため、まだまだ魔力を伸ばそうともりもり食べてるので……魔族認定受けるレベルまで魔力量は上がりそうである。