約束のお茶会㊱
リッチ男爵家の屋敷の一室、他の部屋と比較して広く話し合いが行いやすいその部屋で、転移魔法により早々に帰還したリッチ男爵夫妻が、マリーから話を聞いて絶句していた。
まさに言葉もないというのはこのことだろうか、唖然とした表情で硬直していたリッチ男爵は、しばらくの時間を要して再起動する。
「……ロード商会に、死王配下幹部に、豊穣の女神様……その上、リプルの返礼品で最新型の転移魔法具……だ、駄目だ。眩暈がする……」
「……私もです。もう正直、聞かなかったことにして寝室で横になりたい」
青ざめた顔で呟くリッチ男爵に、夫人も頭を抑えながら絞り出すように告げる。何が恐ろしいって、話がしたいと言ってきているのは、全てリッチ男爵家から見れば圧倒的に格上の存在なのだ。
圧倒的な財力を持ち、アルクレシア帝国内でも凄まじい影響力を持つ五大商会の一角であるロード商会、六王の一角である死王アイシスの配下幹部、アルクレシア帝国にとって最重要ともいえる豊穣の神殿に座す女神……本来なら、そのいずれもアルクレシア帝国貴族内で下から数えたほうが早い立場のリッチ男爵が、関わりを持つなどありえない相手だ。
「あ、ああ、あの、お父様……こ、これって、私も参加しないと駄目……ですよね?」
「名指しで指名されている以上、マリーは参加する他ないだろう。あまりにも相手の立場が上過ぎるから、こちらは指定されている私とマリーのふたりのみが最善だろう。用件が判明しているのは、死王陣営のラサル・マルフェク様だけか……」
「はい。こちらは、ミヤマカイト様の手紙に書かれていました。リプルをある程度まとまった数仕入れたいということなので、大きな問題は無いかと……その、私たちが粗相をしない限りは……あの、私、最低限の教育しか受けてないので、じ、自信が……」
「安心しなさい、マリー……私も同じだ。いずれも辺境の貧乏男爵が話せるような相手じゃないから、私もどうしていいかまったくわからない」
とりあえず指定されているのはリッチ男爵とマリーであり、話にはそのふたりのみで応じる形になる。もちろん拒否できるようなランクの相手ではないので、会わないという選択肢は存在しない。
ただやはり、用件が全く不明というのは言いようのない不安を駆り立てる。
「……ロード商会はいったいなにを……ウチの領にはリプルぐらいしかないぞ?」
「しかも、これ、部下の方がいらっしゃるのではなく、サタニア・ダークロード様本人がいらっしゃるんですよね? 私の名前が指定されているということは、ミヤマカイト様絡みだとは思うのですが……まるで心当たりが……」
まさか、ラズリアから話を聞いたサタニアが、男爵領に転移ゲートを作るため土地の売買契約を持ち掛けようとしているなど、想像できるはずもなく、リッチ男爵たちは首をかしげる。
「豊穣の女神様の方は、都合のいい日にいつでも足を運んでくれればいいと書かれているので、それこそ明日にでも訪れることは可能ですね」
「そうだな、こちらも用件がまったく分からないが、お待たせするわけにもいかないし、可能な限り早く赴こう。ラサル・マルフェク様と、サタニア・ダークロード様へは私が手紙の返事を書いて、日程を相談する。こちらも可能な限り早めの日程を組む必要があるだろうから、マリーもそのつもりでいてくれ」
「わ、分かりました」
謎は多いが、それでも男爵家の方針の決定権を持つリッチ男爵が話に加わったことで、今後の予定に関しては決まっていく。
男爵夫人も、マリーも胃が痛く、エリスから渡された胃薬をさっそく飲んではいたが、とりあえずこれで方針は決まったと……そう思った直後、慌てた様子のメイドが部屋に駆け込んできた。
「お話し中失礼いたします! 至急、確認していただきたいことが……」
「な、なにがあった?」
「こちらの雑誌をご覧ください。私の私物なのですが、それなりに人気のある雑誌で、本日発売のものを購入して読んでいたのですが、こちらのページに……」
「「「!?!?」」」
メイドがテーブルの上に置いた雑誌、開かれたページを見て男爵夫妻とマリーは大きく目を見開いた。
『要注目! 急激に注目が集まっているリッチ男爵家のリプル』
そう書かれた見出しを、マリーたちはありえないものを見るような目で見ていた。それもそうだろう、リッチ男爵家のリプルは確かに質はいいが、本当に近隣の都市に卸している程度でまったく有名ではない。
よく言えば隠れた名品と言えるかもしれないが、それでも別に飛び抜けて高品質というわけでもない。リッチ男爵家のリプルと近い、あるいは上回る品質のリプルだって他に存在する。
少なくともこうして記事になるようなレベルの品ではない……筈だった。
『いま、魔界などを中心に急速に噂が広まっているのが、リッチ男爵家のリプルだ。理由は不明ではあるが、妖精の大農園の経営者やセーディッチ魔法具商会の重鎮、七姫の一角である妖精姫ティルタニア様を始めとした六王幹部、その他にも多くの方がこのリッチ男爵家のリプルについて話していたという情報を入手した。まだ、噂になって日が浅く詳細情報までは入手できていないので、今後の展開に注目していきたい。噂段階ではあるが、この件にはマリーという人物が関わっているらしいのだが、こちらも情報を集めている段階だ』
少しゴシップっぽく書かれている記事を見て、リッチ男爵夫妻とマリーは顔面蒼白といっていい状態だった。そう、彼女たちは預かり知らぬことではあるが、快人から「よかったら知り合いに勧めてあげて欲しい」と言われたラズリアとティルタニアが、積極的に知り合いに紹介したことで……ちょっとしたブームが訪れようとしていた。
胃痛の悪魔「ここでトラップ発動! 追加攻撃!!」
シリアス先輩「人の心とか……ないのか?」