約束のお茶会㉟
床にへたり込んだままで、マリーは絶望したかのような目で転移魔法具を見る。
「……あの……これ、推定でいくらぐらいでしょうか?」
「術式によって差があるとは思いますが……ああ、説明書がありますね。ふむ……なるほど……マリーお嬢様、恐らくですが最新に近い術式かと思います。おそらく、人界から魔界への転移も容易に行えるクラスですね」
「ひ、ひぇ……」
「どう見積もっても、白金貨数百枚クラスかと……」
「あわわわわわ……う、うちの屋敷より余裕で高いじゃないですか!?」
メイドが告げた言葉を聞いてマリーはガタガタと青ざめた表情で震える。ハッキリ言って彼女では見たことが無いほどの超高級品であり、推定価格を聞いただけで血の気が引く思いだった。
「こ、ここ、これが返礼品? いやいやいや!? だって、リプルなんて1個2Rぐらいですよ! 私が贈ったリプルなんてせいぜい銅貨6~7枚……それの返礼品が、白金貨数百枚……あ、あまりにも高価すぎて、怖くて仕方が無いです。あ、あの、貴女は私の専属というわけでは無いですが、お願いが……」
「ええ、ご安心を。旦那様方が戻られるまでは、私がマリーお嬢様と転移魔法具の護衛を行います。とはいえ、さすがにこのクラスの品はあまりにも高価すぎるので、窃盗などで狙う者はほぼ居ないというか、狙うにしてもリスクが高すぎて避けると思いますが……」
リッチ男爵家の屋敷よりも高価な転移魔法具……このままここに置きっぱなしというわけにもいかないので、一旦はマリーの持つマジックボックスに収納することになるのだが、それほどの高級品を所持しているというのはマリーにとっては恐ろしくて仕方なかった。
別に誰かに狙われているだとか、窃盗犯がリッチ男爵家に侵入してくる可能性があるとか、そういうわけではないのだが……高級品過ぎて不安になっている状態だ。
「……あの、マリーお嬢様。彼の御方は、マリーお嬢様をその……女性として望まれていて、遠回してな意味合いで高級品を送ってきたという可能性は?」
「絶対ないです。ミヤマカイト様がそういった金銭で女性を手にしようというような方では無いというのもそうですが……根本的な話として、私にそんな価値は無いです。いや、卑下しているとかではなく客観的な価値として、貧乏男爵家の四女に白金貨数百枚なんて価格は付きません。仮に私が絶世の美少女だったとしても有り得ないです。なんなら、私に関してはリッチ男爵家としても若干扱いに困るレベルですしね」
リッチ男爵家は貴族家としての力は強くない。少なくとも子息全員に貴族として相応しいポストや嫁ぎ先などを用意する力はない。
実際跡取りである長男と、農園の管理を任されている長女……それぞれの補佐として次男、次女辺りまでは、男爵家が仕事を用意できるが、それ以下はほぼ自力でなんとか仕事に就くしかない。
マリーにしてみても、経理を勉強しつつ国家資格の習得を目指しており、上手く難しい国家資格を取れれば農園の経理部などに入れるが、なかなかに狭き門なので難しい。
「それこそ私は、国家資格を取れなければ、どこかの商会に事務で入るか……なんにせよ、一般市民と変わらないぐらいの立場になる可能性が高いですからね。横の繋がりも少ないので、どこかに嫁ぐような話にもならないでしょうし……リッチ男爵家は貧乏ではありますが、生活に困窮してるとかではないので金銭を目的とした政略結婚や愛人契約という事はあり得ませんが、もし仮にそういうのがあったとしても、私に関しては白金貨1枚行けばいい方で、白金貨2枚になれば相当高値で売れたってレベルです。この転移魔法具とは、全く釣り合ってないですよ」
「なるほど……いっそ、将来はメイドになってみますか?」
「メイドは経理の国家資格取るより難しいじゃないですか……そもそも私は魔法が使えないので無理です」
この世界におけるメイドとは、知識、技能、戦闘力を高い次元で兼ね備えたエリート職と言える存在である。普通の使用人とメイドには大きな差があり、世界メイド協会の厳しい試験を突破した選ばれし者しかメイドと名乗ることはできない。
当然高給取りであり、リッチ男爵家も普通の使用人はある程度いるが、メイドは給料の関係上5人しか雇用できていない。
「……しかしそういう事であれば、やはりリプルの返礼品なのですね。なんとも、凄まじい」
「……本当に胃がキリキリと痛みます。材料を買って自作したという話でしたが、そもそもこの魔水晶自体が桁違いに高価ですよね」
「このサイズの純度90%以上は、金額もそうですが魔水晶関連に強いコネが無いと買うのも難しいでしょうね。このサイズは加工するのも超一流の技術が必要ですし、このクラスを余裕で仕入れることが出来るのは魔法具商会の中でもセーディッチ魔法具商会ぐらいでは?」
「ミヤマカイト様は、クロムエイナ様と恋人ですからね。セーディッチ魔法具商会への伝手も強いでしょう……あの、念のため……いちおう確認したいんですが……これ……男爵家として所有するのは……ダメ、ですかね?」
「彼の御方は、マリーお嬢様に贈られたのですよね? となると、それは失礼にあたるかと……」
「です、よね……私の資産が、お兄様やお姉様を越えてしまったんですが……本当に……お腹が痛いです」
この転移魔法具の所有権が誰にあるかと言われれば、当然快人はマリーに対して贈ってきたのだから、マリー以外が所有するのは快人を軽んじていると取られかねない。
つまりこの転移魔法具はマリーが所有するしかなく、男爵夫妻などもそう判断するだろう。それは頭では理解できるのだが……胃は全力で拒絶しているのか、キリキリと激しい痛みで訴えかけていた。
シリアス先輩「メイドは選ばれしエリートたち……ま、まぁ、それはさておき計算しやすくするために、快人が贈った転移魔法具が白金貨300枚ぐらいとして、マリーが贈ったリプルが銅貨6枚分と考えると……5万倍返しか……そりゃ、胃も悲鳴を上げる。そして、そろそろ男爵夫妻の帰還かな?」