約束のお茶会㉞
ひと先ず、己宛てに届いた返礼品の確認ということで、マリーは屋敷の玄関のすぐ近くにある届いた荷物などを保管する部屋にメイドと共にやってきた。
「……ずいぶん大きな箱ですね。それにこれは、封印術式が施された箱ですか……」
「ええ、封印解除のキーは手紙に記されているのではないかと思います。そちらは、マリーお嬢様個人宛ての手紙なので、我々は中を確認しておりません」
リッチ男爵家に届いた荷物や手紙に関して、男爵家宛てに届いたものに関しては基本的にメイドや使用人が中を確認してから連絡する。ロード商会やラサル、エルンから届いた手紙は男爵家宛てだったためので、内容を確認した上でマリーに伝えたのだが、個人宛ての手紙に関してはメイドたちが勝手に中を確認するわけにもいかないので、危険術式などのチェックを行った上でマリーに確認に来てもらった形だ。
「とりあえず、手紙を読んでみましょう」
返礼品の入った箱と共に届いたマリー個人に宛てた快人からの手紙、いまのこの状況に関わる内容が書かれている可能性が高いそれを、マリーは緊張した面持ちで開く。
初めは簡単な挨拶と、リプルを送ってくれたことへの感謝、友人にお裾分けしたことなどが書かれていた。
「ミヤマカイト様が当家のリプルを気に入ってくださったのは喜ばしいですね。さて、ここから先が返礼品に関しての内容ですね。えっと……『以前マリーさんが移動に苦労しているという話をしていたのを思い出しましたので、材料を購入して友人の協力を得て転移魔法具を作成しましたので、それをお礼として』……はい?」
「……転移……魔法具?」
手紙に書かれていた内容が信じられず、マリーは思わず唖然とした表情で手紙から顔を上げて控えていたメイドの方を向く。メイドもマリーと同じく明らかに信じられないといった表情であり、ふたりはそのままほぼ同時に返礼品が入っているであろう箱を見た。
「……あ、あの……転移魔法具って……安くていくらぐらいでしたっけ?」
「型落ち術式の中古品でも……白金貨10枚は越えるのではないかと……」
「待ってください。待ってください……衝撃的な内容過ぎて受け止められないです……だってそんなっ……送ったリプルと価値の差が……あまりにも……」
「ざ、材料を購入して制作したということなので、ある程度費用は抑えられているのかと……お、思いますし、確かに転移魔法具ほど高価な品というのなら封印術式を施した箱で送ってくるのも納得がいきます」
転移魔法具は、魔法具の中でもぶっちぎりで高価なものであり、貴族であっても所有しているのは高位貴族ぐらいというレベルだ。
いや、リッチ男爵家も型落ちの中古品の転移魔法具ぐらいなら購入はできるが、性能も低く魔水晶の経年劣化の関係上、そう長くも使えない中古品を白金貨数枚から数十枚払って買うのは、あまりにも無駄なので購入はしていない。
「お、恐ろしくなってきましたが、まずは手紙を全て読みましょう。えっと……ああ、ここから当家に届いた手紙に関する内容がありますね」
とりあえず先に手紙を読み進めることにすると、続いてアイシスの配下のひとりがリッチ男爵家のリプルを非常に気に入ったので、死王陣営としてある程度まとまった数を仕入れたいらしく、取引などを担当するラサルが近々男爵家を訪ねると思うので、よろしくお願いしますという風な内容が書かれていた。
「なるほど、それで死王陣営のラサル・マルフェク様がいらっしゃるのですね。それならお父様の他にお姉様にも同席してもらう形で……えっと……えっと……ロード商会と豊穣の女神様に関しては……なにも書かれてないですね。う、う~ん、と、とりあえず、ひとつだけでも情報を得られたのはよかったです」
ラサルの来訪理由については快人の手紙に記載があったが、ロード商会とエルンに関する話はひとつもなく、マリーは戸惑ったような表情を浮かべていた。それでも三つの内のひとつは、両親が戻る前に内容が判明したので、ほんの僅かにだが気は楽になった。
「……ああ、術式解除のパスがありますね。お願いします」
「畏まりました。罠や危険術式はありえないと思いますが、念のためマリーお嬢様は少しお離れください」
マリーから手紙を受け取ったメイドが、マリーが十分離れたのを確認して箱に触れて封印術式を解除する。そして一度マリーに目配せをして頷いたのを確認してから、箱を開けた。
「あばばばば、ひ、ひぃぃぃ……あひぃ……」
「マリーお嬢様! お気をたしかに!」
「む、むむむ、無理……無理です」
中から現れた転移魔法具を見て、マリーは体の力が抜けてペタンと床に座り込み、引きつった表情で悲鳴を上げた。
それもそのはずだろう。マリーもメイドも転移魔法具と聞いても、低性能で低価格の品だとそう思っていた。だが、いま彼女たちの目の前にあるのは、黒い色の巨大な魔水晶が使われた見事な魔法具だった。
「……お願いです。私の目がおかしいって、そういってください。黒い魔水晶に見えるんです」
「……マリーお嬢様、お気持ちはお察しいたしますし、私も動揺と体の震えが止まりませんが……その……間違いなく純度90%以上の……最高級品の魔水晶です」
マリーとメイドは再び顔を見合わせ、青ざめた表情を浮かべた。体の中で胃が悲鳴を上げているのが分かる気がしたが、それをどうすることもできず。呆然と転移魔法具を見つめていた。
シリアス先輩「大丈夫? リッチ男爵夫妻帰ってくる前に、マリーの胃が死滅しそうなんだけど……」