約束のお茶会⑱
かつてかの賢帝クリス・ディア・アルクレシアは六王祭の場でひとつの学びを得た。それはすなわち「快人に対してペットの話題を振るのは危険」というものである。
いや、快人の好感度を上げるという意味合いでは決して間違いではない。快人はペットであるベルフリードとリンドブルムを溺愛しており、あまり高級嗜好では無い快人が唯一金に糸目をつけずに最高の品を揃えようとするのがペット関連である。
快人と親しい間柄であれば、ペットの話題を振れば間違いなく盛り上がるので有効ではあるのだが、まだ出会って間もないこのタイミングでペットの話題を振り、あまつさえ自分のペットを飼っている同士と認識されるのは……胃痛的な面で言えば、非常に危険といえた。
だが、悲しいかな、いまこの場にそれに気付ける者はいない。クロムエイナは快人がテンションの上がる話題程度にしか考えていないだろうし、唯一可能性があるのはエリスだが、彼女がペット関連の話題を快人に振ったのは誕生日パーティの席であり、その時はプレゼント受け渡しの時間という制限があったためあまり長く話しておらず気付くのは無理だった。
「一種のステータスとして高位の魔物を飼う貴族は多く、シャロン伯爵家でも複数の魔物を飼っておりまして、幼少の折から触れ合っていたからでしょうか、魔物の世話をするのが好きになってしまいまして、いまは自分でもいくつかの魔物を飼っております。個人で飼育しているのは小型種の魔物ばかりですが、シャロン伯爵家として飼っているものの中には、大型種もいますよ。まぁ、大型種は私ではなく専門の使用人が世話をしていますが……」
「へぇ、小型種というとファニーラビットとか、プチデビとかがそうですよね?」
「ええ、仰る通りです。丁度話題に出たプチデビも飼っています」
「プチデビ可愛いですよね。俺も前に魔物の触れ合いイベントで見たんですが、人懐っこくて可愛らしい感じでしたね……ああでも、プチデビって毛が少し特殊な感じで、手入れとかは大変じゃないですか?」
「たしかに、あのフワフワとした毛並みがプチデビの魅力ですし、手入れには気を使いますね。うちのプチデビは固いブラシを嫌がるので、柔らかいものを用意してブラッシングするようにしています」
穏やかに解答しつつも、コーネリアは内心それなりに動揺していた。というのも、明らかに快人の食いつきが違うというか、饒舌になっておりテンションが上がっているのも感じ取ることが出来たからだ。
少なくともこれまでに行った会話とは明らかに違うテンポで会話が進行しており、コーネリアは少々焦りつつもそれを表情には出さずに会話を続ける。
「あ~やっぱりそういう個体差もあるんですね。俺もベルのブラッシング用のブラシとかは、見かけたブラシは基本全部かって試してみてるんですが、好き嫌いはある感じでしたね。確か魔物の毛には微弱な魔力が含まれていて、ブラシの素材によっては不快感を覚えたりするとか……」
「そう言われていますね。特に魔物の素材を使って作ったブラシなどは、好き嫌いがハッキリ分れるようです」
「ちなみに、コーネリアさんのオススメのブラシとかってありますか?」
「私……というよりシャロン伯爵家で飼育している魔物のブラッシングは、基本的に特注の専用ブラシを使用しています」
「……特注の専用ブラシ……すいません、ちょっと詳しく教えてもらっていいですか?」
「え? あ、はい」
それは大変に鋭い眼光だった。社交界において様々な経験を積んできたコーネリアでさえ、思わず少し気圧されるほどの熱意が籠った目が、専用ブラシについて知りたくて仕方ないと雄弁に物語っていた。
「魔物の毛を数本提出することで、その魔物の毛に合わせた専用のブラシを作るという企画を実行して大きな赤字を出した商会がありまして、そこに作ってもらっていますね。確かに専用ブラシは個々の魔物に合わせた最高の出来で、市販のブラシよりは確実に質が上なのですが、劇的なほどに違いがあるというわけではなく、値段は普通のブラシとは文字通り桁が違うほど高価でして……有り体に言えば需要が無かったのです。完全な特注になるので極めて高価で、その割に魔物に強い拘りがある者が見ないと違いが分からないレベルでしたので……」
見る者が見れば分かる程度の違いではあり、そのために数十倍から数百倍の価格の専用ブラシを買うかと言われれば、購入する者は多くない。
そして完全なハイグレード品であり、制作にも手間やコスト、設備投資が大きくかかり、その割に需要がイマイチだったことでその商会は大きな赤字を出した。
「その商会に立て直し資金の援助を行ったのが、シャロン商会でして……せっかく設備や人員を用意したので規模を縮小して、紹介のみという形でいまも専用ブラシの作成を行っておりまして、それを利用して制作してもらっています」
「……あの、それ俺も利用できますか?」
「ええ、もちろん。よろしければ、私が紹介しますよ」
「ありがとうございます! えっと、コーネリアさんの都合がいい日に案内してもらうならいつ頃がいいですかね?」
「え? そうですね、直近で言えば今月の23日目などは空いておりますが……」
「じゃあ、コーネリアさんさえよければ是非その日に!」
「あ、はい。お任せを……」
ここで快人とコーネリアの互いの認識に差があり、紹介という内容に関してコーネリアは紹介状を書くという意味合いで告げたのだが、快人の方は「商会に連れていって貰える」と認識した。
それならばそれで紹介状を書く旨を伝えれば問題が無かったのだが……ここで少し前に気を抜いたが故の油断が牙をむいた。凄まじい食い付きで勢いよく話す快人に気圧され、コーネリアは深く考えずに返答してしまった。
(……はれ? え? あれ? これ、私がカイト様を直接案内する形というか……え? あの、ふたりで出かけるような流れになってませんか? い、いえ、私の方に異論はないのですが、カイト様はまだ出会って間もないような、腹の内で何を考えてるか分からないような相手と出かけるのは嫌な……感じは一切無いというか……え? な、なぜこんな好意的な雰囲気で……はれ?)
コーネリアに対する第一印象がよく、ペットの話題で盛り上がった同士のようにも認識されており、コーネリアに対する快人の好感度は高く、一緒に出掛けることに忌避感などはまったくない様子だった。
逆に予想だにしていなかった快人からの好感度の高さに、コーネリアは微笑みを浮かべつつ大混乱していて、それを見ていたエリスが……なんとも言えない表情を浮かべていた。
シリアス先輩「奇跡の胃痛カーニバルがセットされた……コーネリアの冥福を祈る」
~胃痛戦士列伝・番外~
【宮間快人】
胃痛力:★★★★★★★★★★
吸引力:★★★★★★★★★★
耐久力:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
不憫さ:★
胃薬量:★
胃痛を与える力:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
胃痛の元凶にして、本人も結構胃痛フラグを抱えているというかヤバい変態にも沢山好かれているし、リリアやエリスが胃を痛めているような要因全部と知り合いな上に、マキナとか幻王配下の変態とか胃痛案件は大量に抱えているので、胃痛力も吸引力も極めて高い……はずだが……コイツの場合は精神力が強すぎて耐久力が異常なのでまったく問題ない。
本人はたまに精神的に疲れた気とかになってるが、実際は全然疲れていないし平然としている。
短時間とは言え週5の頻度で現れるエデン、夢の中でしょっちゅう話してくるマキナ、たまに襲来する変態や脳筋ゴリラ、順に襲来してくる異世界の神々と、本来なら胃が死滅してもおかしくないフラグをガッツリ抱えているのだが……精神滅茶つよな上に、適応力も凄いのでまるで問題にしていない。
なんなら最近は慣れたこともあって、マキナが暴走して常人なら発狂するレベルの狂気をまき散らしてドロドロと異様な長セリフで語り掛けても、「こういうところが無ければマキナさんも親しみやすいいい人なんだけどなぁ」と、のほほんと聞き流してるレベルには化け物である。