約束のお茶会⑪
根本的な話として、令嬢たちはエリスからある程度快人の人となりは知っており、心優しい人物だというのは知っていた。そしてイレギュラーであるクロムエイナも、温厚と有名であり実際に茶会の席においても優し気な笑顔を浮かべつつ、令嬢たちの自己紹介に一言二言答える形で対応しており、最初のコーネリアが指針となる流れを作ったことも相まって自己紹介は順調に進んでいった。
すでに6人の自己紹介が終わり、残りはふたり……家格の順に挨拶を行っているということは、必然的に最後に残るのはこの茶会に置いて最も貴族としての立場的に低い者……リッチ男爵家の四女であるマリー・リッチ男爵令嬢だった。
(……緊張が凄いです。むしろいまだになぜ私がこの場に呼ばれたのか……ウチなんて少し土地がある平民みたいな男爵家ですし、私四女ですし……いちおう作法として習いはしましたが、正式な茶会に参加するのも初めてですし……エリス侯爵令嬢様とも一度挨拶をした程度ですし、そもそも私が話しかけられるような立場の相手じゃないですし……いや、何度も確認したので私が招待されたのは間違いないとは理解してるのですが……)
マリーは、かなり小さな領地を持つ歴史だけはそれなりに古い男爵家の生まれであり、間違いなく貴族令嬢ではある。だが、貧乏男爵家の四女など貴族らしい生活をしている訳もなく、もう既に侯爵家のテラスという場所だけで天上の世界にでも来たかのような心持ちだった。
いちおうマリーの他にも、子爵家の三女なども居るのだが、そちらは子爵家としてはかなりお金を持っている家であり、名前の響きとは裏腹に貧乏男爵であるリッチ家とは財力のレベルが違う。
実際いま着ているドレスも、他の令嬢たちは茶会と言う席であることやエリスのアドバイスもあって、派手さを抑えた落ち着いたデザインにあえてしているのだが、マリーの場合は姉に借りてきただけのドレスであり、ランクは圧倒的なほどに低い。
(な、なんで、ウチみたいな弱小貴族にまで名前が聞こえてきてるミヤマカイト様が参加する茶会に呼ばれた上に、め、めめ、冥王様とまで同席!? お父様、お母様……マリーはもしかすると、今日不敬で首を刎ねられるかもしれません)
ちなみにマリーが招待された理由としては、性格的に心優しいことと……あまり貴族らしい生活をしていないため、価値観などが一般市民に近いこともあって、快人の事を思えばそういった一般人に近い感性の者も居たほうがいいのではないかと考えた故の選出だった。
とはいえやはり場違い感は凄まじいと、そんな風に感じながらマリーは自分の番が回ってきた事で立ち上がって一礼する。
「リッチ男爵家の四女で、マリー・リッチと申します。正直当家は貴族としての家格は低く、半分農家みたいな家でして、このような素晴らしい茶会に参加するのも初めてなので恥ずかしながら緊張しております。至らない点もあるかと思いますが、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「よろしくね。半分農家ってことは、なにか農作物を育ててたりするのかな?」
マリーの挨拶に快人とクロムエイナが笑顔で答えて、そのあとでクロムエイナがマリーの発言にあった農家という部分に関して尋ねる。
「あ、はい。それなりの規模のリプル農園を営んでいます」
「へぇ、俺リプルはかなり好きというか、果物の中では一番好きなんですよ」
「そうなのですか? それでしたら、ミヤマカイト様さえよろしければ、いくつか贈らせていただきますが?」
「え? いいんですか? もしアレでしたらちゃんと買いますよ」
「いえ、せっかくこうしてお会いすることが出来たので、その記念ということでプレゼントさせてください。味は保証いたします」
「そういうことでしたら、ありがたくご厚意に甘えさせてもらいますね」
それは本当にマリーにとっては些細なやり取りだった。リッチ男爵家には代々受け継がれてきた大きなリプル農園があり、毎年余るぐらいにリプルは収穫できているので、快人がリプル好きなのであればプレゼントしようと、本当にそんな軽い考えだった。
そしてこれが、後に貧乏男爵家と言われたリッチ家に莫大な富をもたらし、多大な功績と引き換えに幾度となく胃痛に悩まされることになるマリー・リッチの転機だった。
シリアス先輩「また新たなる胃痛被害者が……これ、どのムーブが正解だったんだ?」
???「悩ましいところですけど、普通に購入してもらうのが一番だったかもしれませんね。それをプレゼントしちゃうせいで、後々カイトさんから『お返し』という名の、ボデ胃ブローが確定したわけですし……」
シリアス先輩「うちの主人公、胃に対する地雷原かなにかか?」