約束のお茶会⑩
エリスの提案で令嬢たちが順に自己紹介を行うこととなり、必然的に順番は家格順……つまり、貴族家としての爵位の高さ順に行われることとなった。
今回の茶会は人柄を重視して集めていることもあって、それほど家の爵位としては高くない令嬢も居て、8人の中で家の爵位が最も高いのは伯爵家の令嬢であるコーネリアだったため、コーネリアが最初に自己紹介を行うこととなった。
快人とクロムエイナに分かりやすいように、一度座っていた席から立ちあがった後で、コーネリアは素早く思考を巡らせる。
(これは重要な役割ですね。一番手である私の自己紹介が、恐らく続く令嬢たちの基準になると思えば失敗はできません。考慮すべきはあくまで挨拶ではなく自己紹介、貴族的な作法は省きできるだけ簡潔に伝える事が重要と考えますが、己のことに関する話をどの程度入れるべきか……多すぎても不興を買うでしょうし、かといって少なければミヤマカイト様とクロムエイナ様の印象に残らない。私の顔と名前を憶えていただける程度かつ、くどくなりすぎないように……)
彼女もまた伯爵家の令嬢として社交界の場などを経験していることもあり、またエリスが先んじて話をしておこうと考える程度には優秀な令嬢であるため、短い時間で考えを纏めて微笑みと共に軽く頭を下げる。
「それでは、僭越ながら一番初めは私が……シャロン伯爵家の長女、コーネリア・シャロンと申します。兄が居ますので嫡子というわけでも跡取りと言うわけでもありません。18歳という若輩の身ではありますが、シャロン伯爵家の経営する商会などで手伝いをすることが多くそういった分野には多少の知見があります。今日の出会いが互いにとって良きものとなれば嬉しいです。どうか、よろしくお願いいたします」
基本的に短く簡潔にしつつも、流れの中で年齢やシャロン伯爵家の主要事業も交えての自己紹介……コーネリア自身は咄嗟のものとしては上手くできたと感じていたし、他の令嬢にとっても参考になる自己紹介ではあったが……コーネリアの内心は大きな動揺に晒されていた。
(い、いま、ミヤマカイト様が一瞬怪訝そうな表情に……すぐに表情は戻りましたが、も、もしかして、なにか不興を……家の話題を入れたのが不味かったでしょうか……いえ、ですが、ミヤマカイト様が怪訝そうな表情を浮かべたのは、私が自己紹介を始めた直後……い、いったい、どこに粗相が……)
そう、コーネリアが表面上を取り繕いつつも動揺しているのは、コーネリアが挨拶を始めた瞬間に快人が「ん?」という感じの表情を一瞬浮かべたからだった。
快人は感情が顔に出やすいタイプなので、なにかしら訝しむような、疑問を感じているかの表情はコーネリアに動揺を与えていた。
……だが、実際のところは別に快人はコーネリアの挨拶に疑問を持ったわけでは無かった。というのも実はコーネリアは以前のアルクレシア帝国の建国記念祭の折に、エリスから情報を得て快人の出店に陶磁器を買いに赴いており、ほぼ会話はしていない上に簡単な変装をしていたがそこで一度快人と会っているのだ。
そのせいで快人は挨拶を始めたコーネリアを見て「あれ? どこかで会ったような気が?」と考え、少しして「クリスさんのところに行った時とかに見かけたのかも」と結論付けて表情を戻しただけで、コーネリアの挨拶に疑問や不満を抱えたわけでは無かったのだが、そんなことはコーネリア側には分らないため、コーネリアはまるで刑の執行を待つ囚人のような気分で快人の言葉を待っていた。
「シャロン商会の子だよね? 直接話したことは無かったけど、何度か見かけた覚えはあるよ」
「え、ええ、商会などでクロムエイナ様をお見掛けする機会はありましたので、今回こうしてお話が出来て光栄です」
しかしそこで、クロムエイナが笑顔でコーネリアに声をかけたことが救いとなった。そのやりとりを見て、快人もコーネリアに関して感じた疑問を直接尋ねてみることに決めて、クロムエイナとコーネリアのやり取りが終わったタイミングで声をかける。
「コーネリアさんってお呼びしても大丈夫ですかね?」
「もちろんです」
「えっと、コーネリアさんって前にどこかで会いませんでしたっけ? いや、口説き文句とかじゃなくて、なんとなく見覚えがあるような気がして……」
「あ、あぁ、それはもしかするとアルクレシア帝国の建国記念祭かもしれません。私は、ミヤマカイト様の店で陶磁器を購入させていただきましたので、その際には帽子を被っていたためいまとは印象が違うかもしれませんが……」
「ああなるほど、だから見覚えが……ありがとうございます、スッキリしました。あっ、俺のことも普通に名前で呼んでもらえたら大丈夫なので」
「では、カイト様と呼ばせていただきますね。あの時に購入させていただいた陶磁器は、非常に素晴らしい品でいまも大切にしております」
疑問が解決して笑顔を浮かべる快人を見て、コーネリアは心底ホッとしていた。
(よ、よよ、よかったぁ……てっきりなにか失礼をしてしまったのかと……)
安堵するコーネリアは気付いてはいなかった。いや、気付きようが無かった……いま、コーネリアは快人に対して「ネピュラの作品を褒める」という行為を行った。
それにより、快人の好感度が大きく上がるという胃痛への特急券を手にしたと言っていい状況に気付くことは無かった……この時はまだ。
シリアス先輩「快人の初期好感度を上げるのに最も有効なのは、ペットかネピュラに関して褒めることだが……それによって快人からの好感度が上がると、ボデ胃ブローへの直通ルートが開かれると……とんでもない罠じゃねぇか!?」