約束のお茶会⑤
いよいよというべきか、茶会の時間が近づいてきてエリスは身だしなみを含めてもう一度最終チェックをした後は、静かに心を落ち着かせてその時を待った。
快人からは転移魔法でハミルトン侯爵家に向かうという連絡を事前に貰っているので、エリスは快人にハミルトン侯爵家の別邸に通じる門の前の世界座標を伝えてあるし、門番を務める者たちにも快人の姿絵などを見せてすぐに連絡をするように伝えてある。
(今回は、ハミルトン侯爵家の派閥に属する貴族子息のみで固める形になったので、門の前などで偶然カイト様に遭遇といった事態が無いように、子息たちには少し早めの時間に来るように伝えてすでに全員到着しているので問題はありません。どうしても適した令息は見つからなかったので、結果的に令嬢のみとなりましたが……カイト様の立場と影響力で、わざわざ茶会で愛人探しなどする必要は無いので変な噂が立つことも無いでしょうし、こちらも問題ありません。本当に懸念は同行者に関してのみですが、大丈夫……大丈夫なはずです)
まるで自分自身に言い聞かせるように思考を巡らせていると、テーブルの上の魔法具が音を鳴らす。魔法具は門番が所持している魔法具と対になるものであり、それが鳴るということは快人が到着したということであり、エリスは素早く部屋に置いていた転移魔法具に触れる。
部屋から門までもそれほど距離があるわけではないのだが、やはり少しでも快人を待たせないようにと考えれば転移魔法を用いるのが最適であり、事前に結界に登録しているので転移阻害の魔法具の影響も受けることは無く瞬時に門の前に転移することが出来た。
そして、転移してすぐに快人の姿を見つけたエリスは、微笑みを浮かべながら快人の方を向いて口を開く。
「お待たせいたしました。カイト様、ようこ……そ……」
そのまま穏やかに快人に挨拶を行おうとしたエリスの視界に、快人の隣にいる人物……クロムエイナの姿が映った。エリスは思わず言葉を止めてクロムエイナの方を見て、一度快人の方を見た後で、もう一度クロムエイナを見た。
才女と謳われるエリス・ディア・ハミルトン、渾身の二度見である。
(……クロム様がいる……え? なんで? なんでぇぇぇ!?)
思わず思考がすべて吹き飛ぶほどの衝撃を受けエリスの頭の中は、嵐が吹き荒れているかの如く大混乱ではあるが、それでもわずかに残った理性が挨拶の途中であることをギリギリ思考の端に留めており、混乱しながらも口は挨拶を続けていた。
「し、失礼いたしました。改めて、ようこそおいでくださいました」
「こんにちは、エリスさん。招待ありがとうございます。同行者を連れてきてもいいということだったので、クロと一緒に来ました」
「こんにちは、エリスちゃん。前のパーティ以来だね。また会えて嬉しいよ」
「よ、よよ、ようこそおいでくださいましたクロム様。私も、またお会いできて光栄です」
動揺しつつもしっかりと挨拶をこなしたのは流石というべきだろうが、それでも明るい笑顔を浮かべるクロムエイナを見て、エリスの思考は高速かつ混乱しながら巡る。
(ど、どど、同行者!? な、なぜ、クロム様を……しかもこの様子だと、カイト様だけではなくクロム様も貴族の茶会における同行者の意味は知らず、文字通りの同行者として……な、なぜ? いや、本当に、だってクロム様は過去にどれだけ多くの誘いがあっても、貴族の茶会に参加することなどなく、義理立て程度に皇城等で行われるパーティに時折参加するだけだったはずですし、同行者の意味を知らないことからも確実に初めての参加……あばばば……それはちょっと、話が大きくなりすぎるというか、あまりにも想定外すぎるというか……)
冥王クロムエイナが初めて貴族の茶会に参加したとなれば、その茶会の主催者であるエリスの評判が跳ね上がるのは間違いない。いまですら、抑えられるものならどうにか抑えたいと願うほどに名が広く知れ渡ってしまっている状況で、さらにこの事態となればエリスの胃が悲鳴を上げるのも当然とはいえる。
しかし、それでもやはり精神的なタフさは兼ね備えているのか、エリスは大混乱と胃の痛みを感じながらも、サッと後ろに回した手で後方のメイドにハンドサインによる指示を送った。
それは茶会に席を追加しろという指示であり、快人が同行者の意味を知らないままに誰かを連れてきた際にも対応できるように、事前に必要であればすぐに席を増やせるように準備し、指示のためのハンドサインも決めていた。
「急な来訪になっちゃってごめんね。でも、エリスちゃんが主催する茶会ならボクも楽しみだよ」
「そ、そういっていただけると光栄です」
そして例によって快人が高く評価していることも要因ではあるが、それ以外にもエリス自体の性格が誠実で善良であることもあって、クロムエイナからの評価もかなり高い様子だった。
それ自体は光栄なことではあるのだが、それはそれとして如何ともしがたい胃の痛みを感じつつ、エリスは笑顔が引きつらないように気を付けながら快人とクロムエイナを会場となるテラスに案内していった。
シリアス先輩「もう紅茶飲んだり菓子食べたりできるか不安になるレベルで、胃をぶん殴られてる……」